第15話 好きになったらダメ
「これ、テストサンプルができたんです。」
「これは…アイピロー?」
茉白がテーブルに並べたのはワニや他の動物の形のアイピローだった。どの動物も顔にあてるとうつ伏せのようになるポーズをしている。
「あの…前に言ってたワニの商品、まだ企画の途中なんですけど…せっかくなので雪村専務や他の男性の方も使っていただきやすいものにしたくて。」
茉白が説明する。
「前に使い捨てのアイマスクを気に入ってくれたっておっしゃってたし、これなら家とか出張先のホテルとかで使えるので…。動物の種類はとりあえず色々作ってみたので、評判が良いものを発売するつもりです。」
遙斗は茉白の説明を聞きながらワニのアイピローを手に取った。
「そのままでも少しひんやりする感じで使えるんですけど、レンジで温めたり、冷蔵庫で冷やしたりして温冷どちらも使えて…」
「これ、ワニだけ寝てない。」
遙斗が言った通り、シロクマや猫など他の動物は目を閉じているがワニだけ目をぱっちり明けている。
「あ、本番ではワニも寝てる顔になる予定なんですけど…そのワニは雪村専務用に特別な顔にしてもらったんです…」
「特別?何?俺は寝ないで働けってこと?」
遙斗が苦笑いで言った。
「違います。その逆で…」
「逆?」
「雪村専務はやっぱりお忙しい方だと思うので、なかなか安心して休める時間も無いのかなって思うんですけど…このアイピローを使ってるときは…えっと…そのコが代わりに起きてるので、ゆっくり休んで欲しいなって…思って……」
茉白は自分が作った設定を説明しているうちに恥ずかしくなってしまった。赤くなる茉白を見た遙斗は嬉しそうにワニを見つめて微笑んだ。
「…てことは、これ貰っていいの?」
「はい。あ、別に差し上げたから注文して欲しいってことではないので!あ、でも注文して欲しくないってわけでもなくて…」
茉白の言葉に遙斗は笑う。
「モデル料として貰っておく。使い心地が良かったら注文するよ。ありがとう。」
(使ってくれるんだ。)
「あの、米良さんには良かったらこのコを…」
そう言って茉白が遙斗に渡したのは眠っているキツネだった。
「キツネ?」
「米良さんは、動物だったら…キツネっぽいかなって…」
———ぷっ
「よくわかってるね。」
遙斗が屈托のない笑顔を見せた。
商談の帰り道
茉白の心は、来たときとはまた違う感情で喉の奥を締め付けられるような息苦しさを感じていた。
(今回は米良さんの婚約者だったけど…雪村専務だってそう遠くない未来に結婚しちゃうんだろうな。)
(リリーさんみたいなアパレル系のお嬢様とか…化粧品大手のご令嬢とか…由緒正しき家柄の人とか…)
——— 俺は別に雲の上の人間なんかじゃなくて…
茉白は遙斗の言葉を思い出して、首を横に振った。
(雪村専務がそう思ってても、周りがそんな風に思ってないもん…)
(憧れるのはOKだけど、本気で好きになったらダメ…)
先程の遙斗の笑顔を思い出して、
1週間後
株式会社LOSKA
「え、コラボ…?」
茉白は縞太郎に呼び出されていた。
「ああ。茉白がこの前パーティーで名刺交換してきてくれたAmselさんが、雑貨店でうちのポーチやミラーと向こうのコスメ用品を一緒にコーナー展開する企画をしないかって声をかけてくれてね。」
「あ、えっとたしか影沼さん…?」
「うん。影沼常務がとても熱心なんだ。」
縞太郎はニコニコとした顔で言った。
「…でも、お互いよく知らないメーカー同士で店頭展開だけコラボしても、商品がチグハグになっちゃうんじゃない…?」
「なんでも前々からうちの商品を店頭で見てファンでいてくれたそうだよ。」
「そうだったの?」
(…?パーティーのときはそんなこと言ってなかったけど…)
茉白はパーティーの日のやり取りを思い返した。
「先方がうちの商品に合わせて色やデザインの雰囲気が合うものを選んでくれるそうだ。コーナーに付ける店頭POPも向こうで用意してくれる。悪い話ではないから、乗ってみようと思う。」
「ふーん…合わせてくれるならチグハグにはならないかもね。」
(あんなにすぐに連絡くれて、そこまでやってくれるなら…たしかにファンなのかな…?パーティーのときに言ってくれたら良かったのに。)
初めての試みに茉白には不安な気持ちもあるが、なにより縞太郎のニコニコと嬉しそうな顔を見るのが久しぶりだったのでこの企画を応援することにした。
「こんにちは。」
雑貨店の店頭で商品陳列をしていた茉白に声をかけたのは、影沼だった。
この日は縞太郎が言っていた店頭でのコラボコーナーの設営日だ。
「あ、こんにちは。パーティー以来ですね、お久しぶりです。」
「あの時、真嶋さんと名刺交換して良かったですよ。こんなに素敵な企画がすぐに実現した。」
影沼がにこやかな顔で言った。
「こちらこそありがとうございます。POPも作っていただいたのに什器までご用意頂いちゃって…。」
「いえ、うちは社内に什器がいろいろあるので。何よりこちらがLOSKAさんのファンなので協力は厭いませんよ。」
(………)
「それ、パーティーの時に言ってくださったら良かったのに…なんて。」
茉白はニコッと笑って影沼を試すように言った。
「あー、いえ、あの時は酒も入っていて…家に帰って御社のことを検索したら知っている商品がたくさん出てきて、あ、SNSを元々フォローしていたのにもあの場では気づかなかったんですよ。」
「え、そうだったんですか?」
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