第14話 ゴシップ記事

パーティーの週末が明けた月曜


———プルル…

茉白のスマホに、また知らない番号から着信があった。

「はい。」

『Amselの影沼と申しますが、真嶋さんのお電話でよろしかったでしょうか?』

「あ、パーティーのときの…」

黒髪で背の高い男性を思い出す。

『覚えていていただけましたか?早速ですが、お仕事をご一緒できないかと思いまして。』

「え!早速?フットワークが軽いですね。」

『仕事はスピードが大事ですから。』

電話越しに影沼が笑った。

「じゃあ—」

茉白はアポの予定を入れようと手帳を開いた。

『それで、真嶋社長に繋いでいただけないかという相談なんですが…』

「え…あ、そうなんですね。」

影沼は茉白が営業部の主任であることも、社長の娘であることも知っている。

(Amselはうちより規模が大きいし、20代の小娘じゃ力不足って思われちゃったかな…)

「わかりました、真嶋に繋ぎますね。お名前とご要件を伝えておきますので、真嶋に直接電話してください。番号が—」


茉白は少し残念な気持ちになったが、同時にパーティーの記憶…というより、遙斗と過ごした控え室での記憶が蘇る。


——— よく似合ってると思うよ。


——— だったら俺にも米良にするみたいに自然に笑ってくれない?


——— このまま抜け出してドライブでも行きたいとこだけど—


遙斗の言葉を一つ一つ思い出しては、茉白の心臓が早いリズムを刻む。

(本当に現実だったのかなぁっていうくらい、不思議で…素敵な時間だった。)

思い出すと耳が熱くなる。


(次の商談は来週の火曜日…)

パーティーの終わりに約束した次回の商談で、茉白はある物を遙斗に見せるのを楽しみにしていた。



翌週・月曜日

「今度こそ結婚しちゃう感じ?」

「え〜…てゆーか、やっぱり相手もセレブなんだねー」

「イギリスと日本のハーフだって。すっごい美人!」

休憩時間に莉子や他の女子社員が集まってスマホを見ながらザワザワとしている。

「どうしたの?」

「あ、茉白さーん!見てくださいこれ〜!」

そう言って莉子が見せたのは、ネットのゴシップ記事だった。


【シャルドンエトワールイケメン御曹司と人気アパレルブランドハーフ美人令嬢、結婚間近!?】

【高級レストランで堂々デート】


(え…)

タイトルの下には遙斗と相手の女性の写真が貼られている。どこかから適当に探してきたような二人別々の写真だが、華やかな顔立ちの女性で、遙斗の横に並ぶのに相応しいと感じさせる美女だった。

「でもこの手の記事ってよく出てるよね〜」

莉子ではない女子社員が言った。

「まぁね〜。でも今までは女優とかモデルだったけど、アパレルのお嬢様ってとこが今回はリアルじゃない?」

莉子が言う。

記事に書かれたアパレルブランドの名前に茉白の心がスッと血の気を失う。


【お相手は人気アパレルブランドMary's Closetの社長令嬢】

茉白がパーティーで着ていたドレスのブランドだ。


——— 良いブランドだよね、俺も好き。


(だから…褒めてくれたんだ。)


(社交辞令を勘違いしちゃってバカみたい…)

———はぁ…

茉白は小さく溜息をいた。



翌日

シャルドンエトワール本社・商談ルーム

茉白は気持ちを切り替えて商談に訪れていた。

「あれ、今日は米良さんは…」

商談ルームに現れたのは遙斗一人だった。

「ちょっと別件で立て込んでて。」

「そうですか…」

(今日はなんとなく米良さんにいて欲しかったけど…)

仕事には先日のパーティーもゴシップ記事も関係ない、と自分に言い聞かせた。

「えっと…今日は次のシーズンに発売するレイングッズの企画のご紹介で—」

茉白はあれ以来、毎回きちんとした資料を持参して商談に臨んでいる。


「うん、企画の内容はわかった。」

「もう少し商品ラインナップを協議しますのでまだ先にはなりますが…レイングッズは生地のプリントの関係で弊社から工場への発注締め切りも早いので、もし御社からご発注いただける場合は締め切り厳守でお願いします。」

「了解。ところで—」

遙斗の視線が資料から茉白に移る。

「なんか元気がない気がするんだけど。」

説明を終えた茉白に遙斗が言った。

「え?えっと…そう…ですか…?」

「…また困った表情かおに戻ってるし。」

「………」

茉白はどう答えたら良いのか、本当に困ってしまった。

「………」

「あ…そういえばMary'sの新作が発表されてましたね。」

沈黙に堪えられず、茉白はついMary's Closetの話題を出してしまった。


———はぁ…っ


遙斗が若干面倒そうな表情で溜息をいた。茉白は話題選びを間違えた、とすぐに後悔した。

「ネット記事読んだんだ?」

「………はい…」

茉白は観念したように返事をした。

「この間ちょうどメアクロの話題になったタイミングの記事だから、読んだら信じるだろうとは思ったけど。あんなの嘘だから。」

「え…?」

「メアクロのリリーは米良の婚約者だ。」

「え!?」

「あの記事に書かれてたレストランには米良もいて、結婚に関連するスケジュールの相談を受けてたんだ。なのにあんな風に書かれて、今米良の機嫌がめちゃくちゃ悪くて迷惑してるんだよね。」

「………」

「昨日から記事の削除要請とか、関係する人に連絡したり、リリーのメンタルのフォローとか言って奔走してる。いつもは俺のゴシップ記事が出ても放置してるくせに。」

「そう…だったんですか…」

茉白は全身から力が抜けるのを感じた。

「あの記事のせいで元気がなかった?」

茉白のホッとしたような表情を見て、遙斗が聞いた。

「そ…そういうわけでは…」

茉白は否定しようとするが、赤面してしまい口籠る。

「…素直じゃないな…」

遙斗は小さくつぶやいた。


「そうだ、あ、あのっ」

茉白は話題を変えるようにバッグを開けると、商品のサンプルを取り出した。

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