第13話 茉白の表情

「わぁ…」

鏡の中の茉白は、茉白自身にも先程よりも何倍も輝いて見えた。それはメイクのせいでもあり、遙斗と二人きりの空気のせいでもあった。

「立ってみて。」

遙斗に言われ、立ち上がった。

「うん、いいね。さっきより少しナチュラルな感じかな。」

遙斗はメイク台に軽くもたれるように立った姿勢で、また上から下まで確認するように茉白を見た。茉白はいつものように緊張してしまう。

(どうしてこんなことしてくれるんだろう…)


「またその表情かお。」


「え…?」

「真嶋さんは米良には楽しそうに笑うけど、俺と話してるときは困った表情かおか緊張したような表情かおばっかりだな。」

「え…」

「俺ってそんなに怖い?」

遙斗の方が困ったような表情かおで問いかける。

「………」

茉白は首を横に振った。

「え、えっと…その…たしかに雪村専務とお話しすると緊張しちゃうんですけど…それに最初にお会いしたときはたしかに少し怖かった…ですけど…」

「…あれは…たしかに悪かった。」

茉白はまた首を横に振った。茉白はあの時の非はあくまでも自分にあると思っている。

「今は、怖いわけじゃなくて…なんていうか…」

茉白は辿々たどたどしくも、遙斗の誤解を解くための言葉を探す。

「雪村専務はまっすぐで…プロ意識が高くて…緊張してしまうというか…えっと…尊敬、みたいな感じっていうか…それに、こういう場でお会いすると…やっぱり雲の上の人…みたいな感じがして…」

「それはつまり、マイナスの感情じゃないってこと?」

茉白は今度はコクコクと首を縦に振った。

「マイナスの感情なんて全然ないです!!むしろプラス…だと思います。」

「なら良かった。」

遙斗はホッとしたような表情かおで茉白に微笑みかけた。

「ただ、俺は別に雲の上の人間なんかじゃなくて、こうやってここに立ってる。物理的にも、それに人間的にも地に足をつけてるつもりなんだけど…」

「あ、えっと…はい、雪村専務ご自身はそうしてるってわかります…」

(でも…オーラが溢れちゃってるんですけど……)

「だったら俺にも米良にするみたいに自然に笑ってくれない?」

遙斗は茉白の顔を下から覗き込むように言った。

「えっと………………善処ぜんしょ、します…」

茉白はうつむきがちに、頬を赤く染めながら答えた。それを見て、遙斗はまた優しく微笑んだ。

「このまま抜け出してドライブでも行きたいとこだけど—」

(え…)

「それじゃあ招待した趣旨から逸れるからな。」

遙斗はどこか残念そうに言うと、茉白を連れて会場に戻った。遙斗の背中についていく茉白の心臓は高鳴りっぱなしだった。


「あれ?茉白さん、受付でお会いしたときよりさらに素敵になってませんか?」

二人が戻ると、すぐに米良が話しかけてきた。

「米良…お前、どうせ俺が真嶋さんを控え室に連れてくとこ見てたんだろ。お前のそういう白々しい反応するところ、すげー嫌い。」

遙斗が呆れたように言うと米良はいたずらっぽく笑い、気心の知れた仲の良さを感じさせる。

「でも、素敵になったのは本当です。」

米良に言われ、茉白は照れた顔をする。

「当たり前だろ?俺が直々にメイクしたんだから。」

茉白はまた恐縮した表情になる。

「ほら、自信持って名刺交換に行ってこい。」

遙斗が茉白の背中を押すように言った。


(雪村専務…すごい、さっきまでの場違いだって思ってた気持ちが無くなった…)



「あの雪村専務と秘書の方と一緒にいる女性はどなたですか?」

会場で談笑していた男が一人、会場のスタッフに茉白について質問した。

「さあ…存じ上げませんが…リボンの色がホワイトなので何かのメーカーの方だと思いますよ。」

パーティーのゲストは胸元に業種ごとに色分けされたリボンをつけている。

「ふーん…メーカー…」


「あ、じゃあこの前Twittyに載ってたクリームソーダのポーチの?」

「です!」

「あれ私も買おうと思ってて〜、あ、私はラグラデのデザイナーなんですけど〜」

「え!ラグラデ?キャンドルよく買います〜!」

茉白は遙斗のおかげで様々な業種のゲストと名刺交換ができていた。

(新しい売り先だけじゃなくて、OEMにもつながるかも。来て良かった。)

「これ、美味しいですよ。」

先程スタッフに話しかけていた男が、テーブルの料理を指して茉白に声をかけた。

「え、そうなんですね。食べてみます!」

場に慣れてきた茉白は愛想の良い笑顔で応えた。テーブルの上の銀色の皿から、オリーブの乗ったキッシュのようなフィンガーフードを手に取った。

「本当だ、美味しい。」

「名刺交換よろしいですか?」

「はい、是非。」

男に名刺を差し出され、茉白も自分の名刺を渡した。

【株式会社Amselアムゼル 常務取締役 影沼かげぬま 匡近まさちか

(Amselって、コスメ系のメーカーだったっけ…?常務さん…偉い人…)

「真嶋さんはお若いのに営業部の主任なんですね。」

「あ、はい、一応。って言っても小さな会社なので営業の人数も少ないんです。影沼さんこそお若そうですけど、常務さんなんですね。」

影沼は30代半ばから後半くらいの見た目をしている。少し冷たそうな雰囲気があるが、スラッと背が高く、漆黒のような髪で遙斗とはまた違った雰囲気の整った顔立ちをしている。

「いや、私は親の会社を継ぐ立場というだけなので。」

影沼が謙遜するように言った。

「え、そうなんですか?私も…実は父の会社なんです。」

「……へぇ。将来的には会社を継がれるんですか?」

「そうしたいなって思って、今いろいろ勉強中です。」

茉白はニコッと笑って言った。

「…真嶋さんみたいな娘さんがいて、お父様も安心ですね。」

「だといいんですけど…。」

茉白は生気の無い父の顔を思い浮かべた。

影沼とはその後少しだけお互いの事業のことを話した。

「LOSKAさんが作った雑貨と、うちのコスメでコラボとかもいいですね。」

「いいですね、機会があれば是非。」

(偉い立場なのに、結構気さくな人だったなぁ。)


パーティーが終わりを迎え、茉白は帰り際に遙斗と米良に挨拶をしていた。

「本日はお招きいただきありがとうございました。雪村専務のおかげで、色んな方と名刺交換できました!」

茉白が嬉しそうな笑顔で言った。

「良かったな。」

遙斗も嬉しそうに笑顔で返した。

「車で送りましょうか?」

米良が言うと、茉白は恐縮した。

「自分で帰れるので大丈夫です。ありがとうございます。…あの、次の商談のアポだけ取らせていただきたくて。」

「こんなときまで仕事熱心だな。」

遙斗は今度は苦笑いで言った。

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