第12話 二人きりの控え室

2週間後・金曜日

(堅苦しくないって言ってもシャルドンエトワールグループのパーティーだし…アパレル系の人も来るって言ってたし…どうしよう…)

この日半休を取った茉白は、自宅の部屋で一人ファッションショーを繰り広げていた。

(美容院の時間になっちゃう…)


(やっぱりこれかな…)

茉白は深いセルリアンブルーのワンピースを手に取った。


パーティー会場はシャルドンの新業態店舗だった。

カフェを併設しているアパレルとコスメがメインの店舗で、洋館風の外観に、内装は特注らしいアンティーク調の什器じゅうきが置かれ、壁はクラシカルなピンク系の花柄の壁紙で統一されている。

始めに新店舗の特長をアピールする映像や、今後のプロモーション展開についての説明、そして遙斗の挨拶があった。

どうやらここは遙斗がコスメ部門に関わっていた時に企画された店舗のようだ。

「本日はみなさん、お集まりいただきありがとうございます—」

普段よりさらに華やかさを増すようなスーツを身に纏い、自信に満ち溢れた表情で話す遙斗に、会場の女性たちが色めき立っているのがわかる。

(やっぱり雲の上の人…)

最初の商談の時から考えると随分打ち解けられたような気がしていた茉白は、立場の違いを改めて突きつけられたような気がした。


「なんでこんな隅にいるの?」

背後から聞こえたその声に茉白の心臓が大きく脈打つ。

「わ!あ、えっと、本日はお招きいただき…」

「わ、って。」

慌てる茉白に遙斗が可笑しそうに微笑む。

「こんな隅っこでグラス片手にボーッとしてたらもったいないだろ?」

茉白は柱の陰になるようなところで一人、シャンパンを飲んでいた。

「素敵な空間で…さすがにアパレルとかコスメ関連の人が多いだけあって、みんなキラキラしてて…ちょっと気後きおくれしちゃって…」

不安気に前髪に触れながら茉白が言った。

「………」

遙斗は茉白を頭からつま先まで軽く確認するように眺めた。

「ちょっときて。」

「え…?」


遙斗に促されついて行った先にあったのは、メイクルームのような部屋だった。この部屋の壁は先程とは違うブルーの花柄の壁紙だ。大きな鏡のついたアンティーク調のメイク台に、シャルドングループのものらしいメイク道具が備えつけられている。置いてある荷物から察するに、どうやら今日、遙斗とおそらく米良も一緒に控え室のように使っている部屋のようだ。

「あの…?」

状況が飲み込めない茉白は戸惑った表情のまま立ち尽くしている。

「そのドレス、メアクロ?」

遙斗が聞いた。メアクロとはMary's Closetメアリーズクローゼットというアパレルブランドだ。

「すごい、よくわかりますね。母が昔、Mary'sメアリーのパタンナーをしてたんです。その頃のなので古いものなんですけど、ずっとお気に入りで…」

茉白は照れ臭そうに言った。

「メアクロは服のシルエットがきれいだから昔のものでもすぐにわかるよ。元々クラシカルなデザインが得意なブランドだから、昔のものでも古いとは思わない。良いブランドだよね、俺も好き。よく似合ってると思うよ。」

「………ありがとうございます…」

照れもせず真顔で言う遙斗に茉白の方が照れ臭くなり、女性を褒め慣れている遙斗と自分の住む世界の違いをまた感じる。

「ただし、メイクはもっと自分に似合うものにした方がいい。」

「……パーティー向けのメイクってよくわからなくて…それに、ご存知の通り絵が下手なので…」

「説得力がすごいな。」

申し訳なさそうに言う茉白に遙斗が笑って言った。


「良かったら、俺にメイクさせてくれない?」

「え……え!?」

遙斗の言葉の意味が理解できなかった。

「顔に触れることになるから嫌なら断ってくれても構わないけど。」

「………」

よくわからない遙斗の提案に茉白は一瞬考えた。

「じゃぁ…お願いします。」


遙斗は茉白を鏡の前に座らせると、メイクを落とそうとした。

「あ…!すっぴんに…」

「あんな酷いクマで商談に来ておいて今さら何言ってる?たしか居酒屋で泣いてた時もメイク落ちてたな…」

「………」

遙斗は手慣れた様子でメイク道具を扱う。

「…趣味…なんですか?」

遙斗の手が顔に触れるたびにそこが熱を帯びるようにドキドキしてしまい、何か話していないと落ち着かない。

「メイクが?そういうわけじゃないけど。」

手を動かしながら遙斗が答える。

「え、じゃあどうしてそんなに慣れてるんですか…?」

「この間までコスメ部門の統括してたから、俺なりに勉強した。」

「さすが…」

「米良もできるよ。」

「へぇ、そうな—」

米良の名前を出されて、茉白は今この空間に遙斗と二人きりであることに初めて気がついた。茉白の心臓のリズムがまた早くなる。

(雪村専務と会う時に米良さんがいなかったことって今まで無かった…)

「あ、お時間…大丈夫ですか?雪村専務がいないと…」

「あぁ…いいんだよ、俺は。こういう場にいると自称結婚相手候補が寄ってきて鬱陶しいだけだから。どうせ半分くらいは控え室で休んでる。」

「………お腹空いちゃいますね。」

「そこ?」

“やっぱり住んでる世界が違う”が茉白の本当の感想だった。

「そういえばSNS…」

必死で次の話題を探す。

「ん?」

「えっと…莉子ちゃんていう後輩がびっくりするくらい詳しくて。いろいろ教えてもらって、いつもいいねとRTしてくれる人もいたりして…だんだん楽しくなってきました。一人じゃ絶対無理だったので…雪村専務のアドバイスのおかげです。」

「もちろん自分にしかできないこともあるけど、会社にはいろんな知識や能力がある人間が集まってるから。それを上手く活かしていくのも大事な能力だよ。とくに、上に立っていく人間ならね。」

「…はい。」


「よし、できた。」

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