第9話 不機嫌な遙斗
「そういえば」
落ち着きを取り戻したテーブルで遙斗が言った。
「あのワニどうなった?」
「え…ワニ…ってあのラクガキの、ですか?」
急にラクガキの話が出て、というより遙斗があのワニを覚えていたことに茉白は驚いた。
「うん。何か商品にならないかって言ってただろ?」
「え!?嫌がってませんでした?」
「…なんだよ、何も考えて無かったのか。」
遙斗が拗ねたようにつぶやくと、米良が「くっく…」と堪えるように笑った。
「えっと…考えていいなら、考えます…」
「俺をモデルにしたんだから、売れるもの考えろよ。」
「え…」
茉白は眉を八の字にして困ったような顔をした。
「どういう反応だよ。」
「送っていただいてありがとうございます。ごちそうさまでした。」
食事が終わり、茉白は二人に家まで送り届けられた。居酒屋で茉白は自分の分を払おうとしたが、当然、茉白にわからないタイミングで米良が支払いを済ませていた。
「あの…今日は失礼なことを言ってしまったり泣いてしまったり、申し訳ありませんでした。」
車を降りた茉白は遙斗に謝罪した。
「ハンカチの企画をちゃんと成功させたら許してやる。」
「茉白さんなら大丈夫ですよね。」
米良が優しい口調で言った。
「おい、下の名前はやめろって言っただろ…今どきセクハラになるぞ。」
遙斗が不機嫌そうに言った。
「あの、大丈夫です。」
茉白が言った。
「マシマもマシロも大して変わらないし、私自身は下の名前の方が好きなので。父と同じ会社だって知ってる方はみんな下の名前で呼びますし。」
「ほら本人がこう言ってる。」
「…まぁ、ならいいけど。」
遙斗はまだ不機嫌そうだ。
「あ、今日もお忙しかったと思うので、良かったらまたアイマスクいりますか?」
「飴くれるオバさんみたいだな。」
「完全にセクハラですね。怒っていいですよ。」
米良が呆れて言った。
「実は遙斗も私もあのアイマスクが気に入って、あれからよく購入して使ってます。」
「え、そうなんですか?なんか嬉しいです!」
茉白が米良に明るい笑顔を見せたのを見て遙斗はまた少し不機嫌になった。
「えっと、今日は本当にありがとうございました。OEM頑張るので、よろしくお願いします。…おやすみなさい。」
「しっかり休めよ。おやすみ。」
「…はい…。」
「なんでそんなに機嫌悪そうなわけ?」
茉白を降ろした車の中で、米良が後部座席の遙斗に言った。
「べつに」
遙斗は頬杖をついて窓の外を眺めている。
「そんな顔するなら遙斗も名前で呼べばよかっただろ?」
「俺はべつに…」
「ふーん。でも遙斗があんな風に他人を褒めるのは珍しいよな。」
「俺は本当のことしか言わない。」
ついさっき、本音を隠したように「べつに」と言っていた遙斗の言葉に、米良は苦笑いを浮かべた。
「20代であれだけできる後継者がいれば、LOSKAは持ち直すんじゃない?」
「だといいけど。経営って不測の事態が起こりまくるからな。」
遙斗は自分の経験を思い出すように言った。
「その時は力になってあげたらいいだろ?」
「………」
無言になる遙斗に、米良はまた苦笑いをした。
(信じられないことがいっぱいの一日だった…)
シャワーを済ませた茉白はベッドの中で今日一日のことを思い出していた。
(雪村専務から電話がかかってきたのもびっくりだったし…)
(OEMの話もびっくりだったし…)
(あんな雲の上の人と普通の居酒屋で食事したのもびっくりだったけど…)
(泣いちゃって、慰めてもらっちゃって…雪村専務って言葉は厳しいけど、なんていうか…まっすぐで優しい人って気がする…ハンカチも貸してくれ—)
「あ!!」
(やばい、ハンカチ借してもらったんだった!洗濯しなきゃ!!)
茉白は起き上がり、急いで洗濯機を回した。
「高そうなハンカチだからいつもの100倍丁寧にアイロンかけなくちゃ…」
茉白は独り言を言った。
(…ワニ、覚えててくれたし、商品になるのを楽しみにしてたなんて思わなかった。あれが一番びっくりした!)
回る洗濯機を見つめながら、茉白はまた「ふふっ」と思い出し笑いをした。
(どういう商品がいいんだろう…せっかくだから雪村専務も使えるようなものがいいなぁ…ポーチじゃないし…ネクタイはLOSKAの商品て感じじゃないし…)
茉白の頭にはあれこれワニの商品企画が浮かんでは消え、また思い浮かんでいた。
(しっかり休めって言われたけど…眠れないかも。)
翌日
「シャルドンのOEMですか?すごいですね!さっすが茉白さん。」
会社で莉子が言った。
「違うよ、みんなが私の下手な絵をクオリティの高い商品にしてくれたのが評価されたの。莉子ちゃんにはトレンドカラーのアドバイス貰ったよね。」
茉白は莉子やデザイナーを前に言った。
「てゆーか茉白さん、この絵で雪村専務と話したんですか!?」
茉白のハンカチの絵を見てデザイナーの佐藤が言った。
「…です…」
茉白は佐藤の言いたいことがわかって恥ずかしそうに言った。
「よくこれで決めてくれましたね…いや、ある意味アートで私は好きですけど…ハンカチの四角が歪んでるって斬新ですね。」
「もう言わないで〜!」
茉白が泣きそうな声で言うと、莉子も佐藤も笑った。
「じゃあ、これをいつもみたいにちゃんとしたラフに仕上げますね!茉白さんのスケッチは説明が明確でわかりやすいから、実はラフにしやすいんですよ。」
佐藤はやる気の
「お願いします。」
(みんな良い人達で、LOSKAは社員に恵まれてる。このメンバーならきっと大丈夫。)
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