第8話 無駄なプライド

米良の運転する高級車で連れてこられたのはごくごく庶民的な雰囲気の居酒屋の個室だった。部屋の外からは乾杯のグラスがぶつかる音やガヤガヤとした宴会の声、接客をする店員の声が聞こえてくる。

「こういうお店とか来るんですね。」

茉白が言った。

「何?高級フレンチでも行くと思った?」

遙斗が言った。

「いえ、そういうわけではないんですけど…いや、あるかな…なんていうか、お二人の高そうなスーツとのギャップがすごいなぁっ、と、思ったんですけど…私はそもそも高級店に行ける服装ではないので…えっと、こういう方が落ち着きます。」

(…って言ってもこの二人と一緒だと全然落ち着かないけど…)

茉白は気を落ち着かせようと、飲み物を口に運んだ。

「立場上、高い店にもよく行くけど」

(やっぱりそうなんだ)

「米良と二人の時はこういう店が多い。俺も普通に、こういうところの方が落ち着く。」

「私は専務と違って庶民ですしね。」

米良がにっこり笑って言った。

「サラッと嘘つくなよ。いつもいつも胡散臭い笑顔振り撒きやがって…」

(嘘なんだ…)

茉白はどう反応すればいいのかわからなかった。

「お二人は仲が良さそうなんですけど…えっと…」

「高校大学の先輩後輩。米良が俺の一個下。」

遙斗が茉白の疑問を察して答えた。

「えっ!!」

茉白が驚いた声を出した。

「米良さんの方が年上かと思ってました…」


「遙斗は歳のわりに子供っぽいからね。」

「米良はオッサン臭くて老け顔だからな。」


言われ慣れているのか、二人同時に言った。

———ふふっ

茉白が思わず笑ってしまったのを見て、遙斗は少しホッとしたような顔で小さく笑った。


「先週の朝7時からの商談の日、徹夜だって言ってましたけどあの後の仕事は大丈夫でしたか?」

遙斗への嫌味も込めて、米良が聞いた。米良は料理が運ばれてくるたびにすぐに三人の皿に的確に取り分けた。今も料理を取り分けながら話している。

「えっと…徹夜はさすがに堪えたのでちょっと仮眠をとりましたけど…ほぼ毎朝7時前には出勤してるので朝の商談自体は全然大丈夫でした。」

「毎朝?夜は?」

遙斗が聞いた。

「夜は…だいたい21時過ぎてますね。」

茉白はバツが悪そうに苦笑いで言った。

「あ、でも…雪村専務も8時から22時まで働いてるから同じじゃないですか?それに付き合う米良さんも…」

「俺たちは別に毎日じゃない。」

「まあ夜は会食が多くて実質仕事みたいなものですけどね。」

「そうなんですか」

(さすが…)

「そういう働き方してると、いつかぶっ倒れるぞ。」

遙斗が言った。

「でも…」

今は人並み以上に働かなければいけないという気持ちでいる。

「社長の娘だからって、自分だけが必死になる必要はないんじゃないか。」

「え…」

茉白はLOSKAが父の会社だということを遙斗と米良はもちろん、前任の樫原にも言ったことが無かった。

「知ってたんですか…?」

遙斗の言葉から、悪化している経営状況も把握されていることがうかがえた。

「取引先の状況を調べておくのも仕事なので。」

米良が冷静に言った。

「じゃあ…」

茉白の頭に、先程の商談のことがぎる。

「さっきの…OEMの話って、もしかして同情でくださったお仕事ですか…?」

茉白の声が情けなさで微かに震えた。

遙斗は少し黙ってから口を開いた。

「だったら?」

「え…」

「同情で貰った仕事だったら何が悪い?」

「…そんなの情けなくて…メーカーとしてのプライドが…」

茉白が震える声で言った。

「くだらないな。無駄なプライドだ。」

遙斗は吐き捨てるように言った。

「………」

「自分一人で朝から晩まで毎日必死になってやってる仕事より、同情で勝ち取った仕事の方がよっぽど効率よく金になって会社のためだろ。」

「…でも…」

「メーカーとしてのプライドがあるって言うなら、同情で勝ち取った仕事で最高の結果を出して次に繋げろ。営業としてプライドがあるなら、使えるものはなんでも使うんだよ。俺はプライドっていうのはそういうものだと思ってる。」

「………」

茉白は何も言えなくなってしまった。

「だいたい」

遙斗が続ける。

シャルドンうちは同情で仕入れるほど適当な商品選びはしてない。」

遙斗はどこかがっかりしたように溜息をいた。

「あ…」

冷静になると、とても失礼なことを言ってしまった。

「失礼なことを言ってしまって…申し訳ありません!!」

茉白は頭を下げた。

「遙斗は言葉がキツすぎる。」

「本当のことしか言ってない。」

(私バカだ…OEMの話も無くなるかも…)


———はぁ…


頭を下げたままの茉白を見て遙斗が溜息をいた。

「別に、朝から晩まで必死に仕事してきたことを否定するわけじゃない。先週の資料も、今日の商談での商品の詳しさも、真嶋さんが必死に働いて勉強して努力して得たものだってわかるよ。真剣だって伝わったし、その年齢でそこまでの知識量がある人間はそういないだろうと思う。だからこそ、ここから先は自信を持ってもっと効率を考えて働いた方がいい。会社を継ぐつもりなら尚更な。」

「朝7時に呼び出すヤツに言われたくないけどな。」

米良がすかさず言った。

「あの時は何も知らなかったんだからしょうがないだろ。」

今度は遙斗がバツの悪そうな顔になった。

「真嶋さん、顔を上げてください。」

米良が言ったが茉白はなかなか顔を上げようとしない。

「別に怒ってないから。」

遙斗も言った。

「いえ…あの…すみません、涙が出てしまって…顔が上げられないんです…」

「…おい、遙斗のせいだぞ。」

米良に責めるように言われた遙斗は若干焦りを見せる。

「あの、えっと…ちが…」

茉白は仕方なく涙を頬に伝えたまま顔を上げた。

「ゆき…むら専務がおっしゃった通り…ずっと必死だったんです…でも成長できてるのかどうか…自分ではぜんぜんわからなくて…評価してもらえたのって初めてで、自信持っていいんだって…すみません…」

遙斗がハンカチを差し出した。

「結局俺のせいってことだな。」

遙斗は眉を下げて困ったように笑って言った。

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