第7話 茉白のスケッチ
「そう、OEM。」
驚く茉白に、遙斗が答える。
この場合のOEMとは、LOSKAがシャルドンのためだけのオリジナルデザインの商品を作って納品することだ。まとまった数の受注が期待でき、LOSKAの売上にはかなりプラスになる。
茉白は突然の話にキョトンとしている。
「何も言ってないんですか?」
状況を飲み込めていない茉白の様子に驚いた米良が、遙斗に聞いた。
「だから今言ってる。」
———はぁ…
「やっぱり私が連絡すれば良かったですね。真嶋さん、注文のキャンセルとか想像して不安だったんじゃないですか?」
茉白は遠慮がちに小さく
「あ、でも、結果的に悪い話じゃないみたいなので安心しました。よくわかってないですけど…」
「先週商談したポーチが店長会議で好評で」
店長会議というのは、シャルドンが展開する主要な雑貨店の店長が本社に集まり、業績報告や今後の商品展開について話し合う会議だ。そこで茉白が先週預けていったポーチのサンプルを店長たちが確認したらしい。
「あのポーチと同じシリーズでもう少し商品を展開して欲しいという声があった。」
「本当ですか?好評で良かったです。」
評判が良かったと聞いて茉白はホッと胸を撫で下ろす。
「ああ、デザイン面に加えて、クオリティが高くて日本製なのも嬉しいという声が多かった。それで、今から企画してポーチと同じ納期で納品できる商品を考えて欲しい。」
ありがたい話ではあるが、急な話に茉白の頭はまだ驚いたままだった。
「やっぱり事前にメールなりで詳細を伝えてから来てもらった方が良かったんじゃないですか?準備無く来ていただいても具体的な話ができなくて二度手間になってしまいましたよね。」
米良が茉白を気遣うように言った。
「あー…えっと…」
茉白はバッグからノートPCとLOSKAの商品カタログ、クロッキー帳、そしてペンケースを取り出した。
「今お聞きした内容で、だいたい作れるものが絞れたのでちょっと説明しますね。」
米良の予想に反して茉白は具体的な話につながる説明を始めた。
「ポーチの納期まで2か月弱なので、今から企画から製造までするとなると時間が限られます。好評だったポイントもクオリティとか日本製という意見が多かったようなので、やり取りや輸送に時間のかかる海外製ではなく日本製の商品に絞ります。」
茉白はカタログを開いた。
「日本で作れて、OEMだから…生産ロットも抑えめ…の物だとこのコンパクトミラーなんかも作れるんですけど、今回はポーチにミラーが付いているので一緒に買ってもらい
茉白はカタログを指差しながら説明した。
「へぇ。」
茉白は今度はクロッキー帳を開いて、まず四角を描いた。まっすぐ描いたつもりが、歪んでいる。
「あれ…?まぁいいや。えっと、タオルタイプの方はフチどりのところの色…メローって言うんですけど、ここの色もデザインごとに2色の組み合わせで変えられます。」
茉白はペンケースから小さな色鉛筆セットを取り出して色を塗り始めた。
「たとえば綿の方はソーダっぽいグラデーションカラーの生地にクリームソーダの刺繍を入れて…タオルタイプの方は白い生地にワンポイント刺繍で、裏はガーゼ生地にしてサクランボ柄を探して…」
楽しそうに絵をどんどん描き進めるのを見て、遙斗も思わず口元を緩める。
「たとえばこんな感じでどうですか?」
茉白は二人にアイデアスケッチを見せた。
「「………」」
「え?」
二人が言葉を発しないので、茉白はまたキョトンとした顔になった。
「おい…」
遙斗が声を発した隣で米良は肩を震わせている。
「絵が下手すぎて話が頭に入って来ないだろ!」
「え!?」
「ハンカチが下手ってなんなんだよ。」
「すみません…」
遙斗は怒りながらも笑っている。
それから茉白は遙斗の指示を受けながら口で言っていたイメージを文章でスケッチに書き込んだ。
「うん、なんとなくわかった。ハンカチで行こう。各500枚でそれぞれのタイプを4色ずつ作った場合と2色ずつ作った場合の見積もりを作って欲しい。」
「はい。」
「あとはもっとマシなデザインラフをデザイナーに描いてもらって。」
「はい…」
「会議では食品を入れられるジッパーバッグなんかも欲しいという声がありましたが…」
米良が言った。
「ジッパーバッグはたしかに良いんですけど、生産ロットが大きいんです。なので厳しいかもしれませんが…念のため最少ロットで見積もりお出ししましょうか?」
茉白は即座に答えた。
「お願いします。」
19時30分
「思いの外 長くなって悪かった。」
帰り際、遙斗が言った。
「いえいえ。ありがたいお話だったので。」
茉白が手のジェスチャーをつけて恐縮気味に否定する。
「具体的な話も進められて助かりました。」
米良が言った。
「では本日はこれで—」
———ぐぅ〜〜…
茉白のお腹が鳴った。
「す、すみません!緊張してお昼も食べてなかったので…」
茉白の顔が真っ赤になった。
「この後空いてるなら食事でも?」
遙斗が可笑しそうに笑いながら言った。
「え!?あ、えっとそんな、大丈夫です、どこかでテキトーに食べて帰るので。」
「適当に食べるなら、我々がご一緒してもいいんじゃないですか?」
米良が言った。
「でも…」
「俺の電話の仕方が悪くて緊張させたみたいだし、取引先との会食も営業の仕事だろ。」
「……はい。」
茉白は緊張気味に同意した。
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