第4話 頑張ります

「その絵は?」

遙斗が茉白の手元にある手描きのイラストについて質問した。

「あ、これは持ってくる予定じゃなかったんですけど紛れちゃってたみたいで…」

茉白はどこかバツが悪そうに説明する。

「一応、私が描いたこのポーチのアイデアスケッチです…」

茉白は恥ずかしそうに遙斗にスケッチを見せた。遙斗は紙を受け取ると米良にも見えるようにしながら、真剣な表情でじっくりと見た。

「この絵…」

「は、はいっ」

「ド下手だな。」

「………」

遙斗のあまりの言い草に茉白は一瞬ポカンとしたが、絵心が無いことは自覚しているので返す言葉が見つからない。

「…すみません…だから持ってくるつもりじゃなかったんですけど…」

茉白は資料の説明の時とは別人のようにモゴモゴと小さな声で言った。

「でも熱意は伝わる。」

「え…」

「絵が下手な分、説明の文章に熱を感じる。この時点でアイスクリーム形のミラーが付いてるとか、裏地がサクランボの柄とかポケットが何個付いてるとかディテールが決まってて最終形に近いのがすごいな。」

遙斗の口調は相変わらず淡々としているが、感心しているのがわかる。

「は、はい!えっとミラーと裏地はこだわりポイントで、バニティの方はフタにミラーが付いてるからアイスの形のミラーは付けられないなって思って、でも開けた時にかわいい!って思って欲しくてサクランボの柄にしたんです!柄が入ってると汚れも目立ちにくいですし。」

茉白がまた饒舌になる。

「この絵じゃ全然わかんないけどな。」

「う…なので、弊社の優秀なデザイナーと優秀な取引工場が私の頭の中を見事に具現化してくれたんです…。みんなの腕が確かなのは私のこの絵が保証します…」

米良は静かに笑っている。

「ふーん…」

遙斗は何かを考えるように、ポーチのサンプルとアイデアスケッチを再びじっくり眺めた。


「決めた。」

遙斗が口を開いた。

「シェル型のグリーンとパープルを各1,000個、ピンクとブルーを各800個、バニティは全カラー各700個。」

遙斗が言うと、米良が隣でタブレットに書き込んでいく。

「え…」

茉白はキョトンとした表情で遙斗を見た。

「何ボーッとしてんの?注文するって言ってんだけど。」

「………ちゅうもん…?」

「………」

「ええ!?」

驚く茉白に、遙斗は呆れた顔をする。

「なんなんだよ…」

「だ、だってさっきは検討っておっしゃってたのに…」

「検討じゃ不安なんだろ?」

「は、はい。でもちょっと…こんな即断で…数もすごいのでびっくりしちゃって…。あの…ありがとうございます…!」

茉白の心臓が緊張と驚きで早いリズムを刻む。

「正直なところ、昨日サンプルを見た段階で注文するつもりだったんだけど…」

「え…?」

茉白がさらに驚く。

「中のパイピングも丁寧にされてて、ファスナーもきれいに真っ直ぐ縫われてるし、金具の滑りもとても良い。裏地の布にこだわってるのもわかった。これは良い商品だと思う。」

「…だったら昨日そうおっしゃっていただければ…」

茉白はおずおずと言った。

「とはいえ、昨日みたいな商談が問題外なのは本当のことだし—」

(それはその通りだ…)

茉白は心の中でまた反省した。

「本当に7時に資料持参で商談にくるヤツなんているのか、って気になったからな。」

遙斗は意地悪っぽく笑った。

「…来ますよ。この下手な絵を形にするのにたくさんの人が頑張ってくれたんですから。」

茉白は試されたことに若干の不満をのぞかせながら言った。


「それにしても…昨日の今日、それもこんな早朝によくこれだけ資料を追加できましたね。」

米良が言った。

「あ…もともと調べなくちゃって思ってた内容と、調べるのが好きなのもあって…楽しくなっちゃってほぼ徹夜で…」

茉白は気まずそうに笑って言った。


「なんでそんなに頑張んの?昨日の資料があれば俺のオーダーには事足りただろ?」

遙斗が聞いた。

「………」

先程までは質問に即答していた茉白が一瞬言葉を詰まらせた。

「あー…えっと、さっきも言った通り、商品一つ一つにたくさんの人が関わってくれているし…私は雑貨が大好きなので。」

その言葉に嘘は無かったが、茉白の気持ちの全てでも無かった。

「…ふーん。」


「今回のポーチは仕入れるけど、それはあくまで今回の話なんで。今回の商品の売れ行きは細かくチェックして各社比較する。それで売れ行きが悪ければ切って行く。」

「はい。」

遙斗の言葉は冷たいようだが当たり前のことだ。

シャルドンうちでのLOSKAの過去の商品の売り上げデータも見たけど、地味ながらも確実に売れてるな。ECサイトのレビューなんかで見たら固定のファンもいるようだし。」

(地味…。っていうか、忙しいのに昨日あれから見てくれたんだ…。)

「プロモーションが下手なようだから、もっとSNSなんかも活用して商品の良さをアピールした方が良いんじゃないか?」

「あー…SNSのアカウントはあるんですけど…」

「けど?」

「TwittyもInstagraphもフォロワー1桁です…専ら調べものに使ってるだけって感じで…」

茉白は恥ずかしそうに言った。

「無いのと同じだな…」

遙斗はまた呆れた顔をした。

「これからきちんと発信していけばフォロワーも増えると思いますよ。」

米良がすかさずフォローを入れる。

「ありがとうございます。頑張ります!」

茉白が米良にニッコリ微笑むと、一瞬遙斗の目元に苛立ちが浮かんだ。

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