第3話 朝7時のリベンジ

商談とはいえない商談を終えた茉白は、商談ルームを出るとすぐに会社に電話をかけた。

『お電話ありがとうごさいます。株式会社LOSKAです。』

「あ!莉子ちゃん?私。」

『あれ、茉白さん?シャルドンの商談中じゃないんですか?』

通常ならまだ商談中の時間だ。

「今日の商談は終わったの。」

『え!?もう!?早すぎないですか?』

「ごめん莉子ちゃん、今話してる時間がないの。会社戻ったら話すから、一つお願い聞いて欲しいの。」

『了解です。』

茉白は莉子に依頼事を伝えると電話を切って素早くメールの文章を作成した。

(えっと…今日のお礼とお詫びと、明日のアポの確認…と。)

そうこうしているうちに莉子から添付ファイル付きのメールが届いた。茉白はそのファイルと先程作成した文章で遙斗の名刺に載っているアドレスにメールを送った。


会社に戻ると、茉白は今日の商談のことを莉子に話した。

「えー!!雪村 遙斗!?」

「フルネーム…」

莉子の反応に茉白は苦笑いしつつも、無理もないと思った。商談の席では茉白自身も莉子以上に驚いていたからだ。遙斗の名前を聞いて、他の女子社員も集まってきた。

「イケメンでした!?」「何話したんですか!?」「良い匂いしそ〜!」

莉子や他の女子社員たちが矢継ぎ早に茉白に聞いた。

「正直めちゃくちゃイケメンだったけど…ちょっと怖い人だったよ。笑顔なんだけど目が笑ってないっていうか…」

「それはそれでカッコいいじゃないですか〜!S系のイケメン!」

莉子の反応に、茉白はまた苦笑いした。

「秘書の米良さんは優しそうで感じ良かったかな。おかげで明日商談できることになったし。」

「あーたまに雪村専務と一緒に雑誌に出てる人!あの人も素敵ですよね〜!イケメン二人か〜私も明日の商談着いていきたいなぁ…」

莉子が本気とも冗談ともつかない発言をする。

「いいけど、朝7時開始だよ?」

「7時!?」

莉子は遙斗のフルネームくらい大きな声で驚いてみせた。これが普通の反応だ。

「なんでそんなに早いんですか!?茉白さん大丈夫ですか?」

莉子が心配そうに言った。

「忙しい人だからそこしか空いてないんだって。私は朝早いの慣れてるし、すぐにアポ取れてラッキーだったよ。リベンジだから今度は資料しっかり確認しておかないと。」

茉白はやはり商談時間を全く気にしておらず、莉子や他の社員が遙斗たちと同じ顔をした。


翌朝 7時

シャルドンエトワール本社・商談ルーム

昨日はエントランスからこの商談ルームに来るまでに何人もの社員に挨拶をしたが、この日はシン…として人の気配を感じない薄暗いエントランスに、米良が直接茉白を迎えにくる形で入館し、ここに着くまでに他の社員と顔を合わせることはなかった。


「おはようございます。本日はお時間をいただきありがとうございます。よろしくお願いします。」

商談ルームの窓の外の空もまだ朝のぼんやりとした優しい光の色をしている。

茉白はまた深々とお辞儀をし、遙斗に促されて着席した。

「昨日LOSKAさんにお送りいただいた資料には一通り目を通しました。」

遙斗が淡々とした口調で言った。

「ありがとうございます。」

「昨日の商談後すぐにお送りいただいて。“会社に資料がある”と言ったのは嘘では無かったんですね。」

「え…?」

「その場凌ぎの嘘で誤魔化して、会社に戻って急いで付け焼き刃の資料をつくる営業マンを何人も見ているので。」

遙斗はまた、目の笑っていない笑顔を見せた。

(…私が朝一で資料作ってくるかどうか試した、ってことか。)

茉白は早朝の商談の意味を察した。

「資料はよくまとまっていたし、おっしゃるようにポーチの品質も悪くないので仕入れを検討しますよ。では、今日はこれで。」

「え!?」

5分と経たないうちに立ち上がって商談を切り上げようとする遙斗に、茉白は思わず驚きの声を上げた。

「検討すると言っているんだから、もういいでしょう?忙しいのでこの辺で。」

「8時まで…」

「え?」

「昨日、米良さんは8時まで空いているとおっしゃってました。それに、“検討”じゃ不安です。」

茉白は遙斗を見据えて少し強い口調で言った。脚は微かに震えている。


———フッ…くく…


遙斗の隣から堪えた笑い声が漏れた。米良が肩を震わせている。

「朝一でも臆さなかっただけありますね。応じてあげたらいいんじゃないですか?専務。8時までスケジュールは真っ白ですよ。」

「米良…お前昨日から…」

遙斗は眉間にシワを寄せた。

「だいたいもう資料も読んだし、サンプルは昨日チェックしてるから聞く事が無いだろ。」

不機嫌そうな口調には溜息が混じる。

「私からはお伝えしたいことがたくさんあります!」

そう言って、茉白はバッグから素早く資料を取り出して遙斗と米良に差し出した。

「昨日お送りした資料を見返したら、足りない部分も多くて…」

茉白は説明を始めた。

茉白の資料には雑誌やインターネットで調べたトレンドに関するデータや、SNSでさまざまなキーワードで検索した内容の分析、SNSから探した自社製品に対する意見、そしてシャルドンエトワールに関するデータなどがまとめられていた。

「よく調べてありますね。」

米良が言った。

「………。」

遙斗は米良の言葉を無視したのではなく、資料に見入っていた。

「—こんな感じで、御社の客層とこのポーチのターゲット層がこの部分で重なるんです。なので、ぜひ導入していただきたいです。」

茉白は説明を終えた。

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