第2話 お引き取りください
「全っ然ダメだな。」
遙斗が吐き捨てるように言った。
「え…」
「“女子が好きな”とか“今人気の”とか、耳障りの良い言葉を並べてそれっぽく見せてるけど、女子の“どの層”に人気で、他のモチーフに比べて“今どれくらい”人気があるのか、それが
遙斗の指摘に茉白はハッとした。
「それで仕入れろって言われても無理な話だろ。」
遙斗は乾いた声色で呆れたように言った。
(しまった…)
茉白は今遙斗が言ったような内容は事前にきちんと調べていたし、資料として提出できるものも会社のサーバーには入っている。
(樫原さんが感覚的な人で資料とか見なかったから、シャルドンの商談に持って来ないのがクセになってた…)
「あの…」
「LOSKAさんさぁ—」
(LOSKAさん…?)
「俺の顔ジロジロ見て、“なんで専務がここにいるんだ?”みたいな顔してたけど、俺がバイヤーになった理由は、御社みたいな適当な商談をするメーカーを排除して、不採算部門の雑貨を立て直すためだから。」
冷たい声色で遙斗が言った。
「え、排除って…」
「俺も暇じゃないから、こんなくだらない商談をするメーカーには付き合っていられない。これを仕入れるわけにはいかないので、どうぞお引き取りください。」
遙斗が言うと、商談に同席していた遙斗と同年代か少し年上の秘書らしき男が商談ルームのドアを開けて、暗に退室を促した。
茉白は退室するしか無いのか、と半ば諦めて、商談テーブルを片づけるために立ち上がった。
(そんな…たしかに私が悪いけど…)
テーブルの上に並べたポーチを見ていた茉白の頭に、LOSKAのデザイナーや他の社員、取引先の縫製工場のスタッフの顔が浮かんだ。
(………)
「…あの…っ待ってください!」
「何?俺めちゃくちゃ忙しいんですよね。」
部屋を出ようと立ち上がった遙斗は先程挨拶をしたときより随分威圧的に感じる。
「えっと…資料…」
「資料があるんですか?」
遙斗の問いに茉白は首を横に振った。すると、遙斗はまた溜息を
「なら—」
「先程おっしゃられたことはリサーチ済みです。今手元に資料はありませんが、会社に戻ればすぐにご用意できるので…もう一度商談のチャンスをください。」
茉白は真剣な口ぶりで、遙斗の威圧感に負けまいと必死で言った。
「話にならないな。今この場の、たった一回のチャンスを活かせない人間に付き合う気はない。」
とりつく島もないような遙斗の発言だった。
「た、たしかに…今この場に資料が無いのは私の落ち度です…樫原さんとの商談が馴れ合いだったって、痛いほどわかりました。」
そう言うと、茉白はシェル型のポーチを手に取った。
「今、手元にご用意できる資料はこのポーチたちです。」
「は?」
「弊社のポーチは日本製にこだわっていて、縫製にも布地の質にも自信があります。データは今ご用意できませんが…こちらに触れて…見ていただいて、もう一度商談のチャンスをいただけないか…ご判断ください…!」
茉白は遙斗にポーチを差し出すと、頭を下げた。
「目の前の商品くらい、見てあげてもいいんじゃないですか?」
口を開いたのは秘書の男だった。秘書の男はそれだけ言うと、先程開けたドアを閉めた。
遙斗は恨めしそうに秘書の男を
ポーチのファスナーを開き、中の縫製を確認すると「へぇ」と小さな声を漏らした。それから何度もファスナーを開閉した。
「
どうやら秘書の名前は米良と言うらしい。米良はすぐさまタブレットでスケジュールを確認した。
「明日は朝8時前が空いてますね。それ以降は商談と会議と移動で22時まで埋まっています。」
(さすが…本当に忙しいんだ…)
茉白は遙斗の多忙な一日を想像した。
「朝一か。ちょうどいいな。」
遙斗が不敵な笑みを浮かべて言った。
「LOSKAさん」
(あ、また…)
「はい?」
「お望み通り、再商談の機会を設けますよ。」
「え!本当ですか!?」
茉白の表情がパッと明るくなる。
「明日の朝7時にもう一度ここで。明日はきちんとした資料をご持参ください。資料がなければ商談も無しということで。」
遙斗は少し意地悪っぽい営業スマイルで言った。朝7時の商談というのはこの業界では通常考えられない早さだ。
「承知しました!ありがとうございます!」
商談時間の早さを全く意に介さないような茉白に、遙斗と米良の方が驚いた顔をした。
「では本日はここまでですね。また明日、ということで。」
米良は落ち着いた笑顔と声色でそう言うと再びドアを開けた。茉白は急いで荷物を片づけると、今度は軽い足取りでドアに向かった。
「本日はありがとうございました!明日またよろしくお願いします!」
ドアの外で深々とお辞儀をした。
(商談してもらえる!良かった〜!)
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