第6話 冒険者の町
「これが薬草ね。そっちは売れないけど、食べれるから摘んでおけば?」
ケイは薬草採取クエストにて薬草の種類や判別方法など諸々を受付嬢に手取り足取り教わっていた。場所は町から一時間もかからない距離の森であり、危険なモンスターが比較的少ないという場所。
とはいえ、龍王の縄張りという超がつくほどの危険地帯であることには変わりない。
もっとも、龍王の縄張りが斯様なものなのかはケイには分からないのだが。
異世界の薬草といっても奇抜でもなんでもなく、どれも緑の草で見分けがつかない。ただ、匂いが湿布みたいにスースーするのが薬草、緑の香りがするのが山菜、それ以外の土臭いのが雑草というように少しばかり嗅ぎ分けがつくようになった。
この世界に来て初めての労働なため内心張り切っているのだが、正直薬草採集とは地味で退屈である。モンスターと戦闘しサバイバルするのはまだまだ先になりそうだなと嘆息する。
しかし、何事も基礎が大切であるので、冒険者として大成するまでの辛抱だとケイは気合を入れなおす。
「ところで、お嬢は冒険者なんですか?」
新人教育も受付嬢の仕事なのかもしれないが、身なり――もとい装備が冒険者めいているための問である。
若草色のマントに包まれた線は細く、鎧などを省いた機動力がありそうな軽装。
そして、生い茂る草の中でも難なく戦えそうな短剣を腰に。
また、心なしか冒険者としての風格のような頼もしさが感じられる。
「そうよ、何を隠そうこの私は翡翠級冒険者なのよ」
受付嬢は腰に手を当てて誇らしげにそう答えた。
ケイは翡翠級冒険者が何なのか分からないが、彼女の昂然とした様子からそこはかとなく凄いということが漠然と理解できた。
「へぇーなんかかっこいいですね。冒険者ランクみたいなものですか?」
「……等級も知らないでよく冒険者目指してるわね。いい、冒険者は主に五つの等級に分けられるの。駆け出しは銅級、中堅なら鉄級、熟練なら銀級、一流なら金級、そして国の雇われ冒険者なら翡翠級よ」
つまり――
「お嬢は国に雇われるほどの凄腕冒険者なんですか⁉」
漸く分かったかというように、さも偉そうに腕を組みなおす受付嬢。熟練者風に取り繕っているつもりなのだろうか、見た目だけでは全く強そうに思えない。
「ちなみにこの町だったら翡翠級は何人くらいいるんですか?」
「私一人よ!」
国家公務員のようなものなのか、国に雇われる意味がよく分からないが、それほどの実力者なのだろうと解釈しておく。
それとも条件さえクリアできれば誰でもなれるものなのだろうか。或いは受付嬢という役職を翡翠級というのだろうか。
「翡翠級はどうやったらなれるんですか?」
「国に認められないと無理よ」
「どうやったら認められるんです?」
「……頑張れば認めてもらえるわよ」
煮え切らない返答。こんなこと言ってはいけないんだろうけど、あまり凄くないのかもとケイは内心落胆する。
なお、金級はこの町に二人いるらしい。金級冒険者がいる町は珍しく、龍王の縄張り内であるため、冒険者の実力も高いのだとか。
しかし、まずケイが目指すべきは直近の鉄級だ。鉄級冒険者になればソロでもモンスターと戦えるため、報酬もそれに伴い比例する。
戦闘、これこそ冒険者の本分であり、モンスターと死闘を繰り広げることは異世界ものの定番であり欠かせない要素だ。戦闘については全くの無知であるケイは他者の戦闘を見て真似るのが最も効率の良い上達法だろうと思い至り、受付嬢に戦闘してくれと直接お願いしてみる。
「お嬢の戦ってる姿が見たいなー」
期待の目を向けて丹念におねだりしてみるが、軽く引かれたのでちょっぴり後悔。
まぁ、そんなことだろうと思ったよ、と不貞腐れながら薬草を引き続き探しまわる。これが初依頼だという現実に嘆息しつつ。
ふと、白純の外套を纏った青年を森で見た。
汚れのない白さは気品さと高貴さを象徴しているかの如く上質だ。腰に携えたロングソードは鞘に納められていても、豪壮な装飾を施されていることが窺える。
しかし、最も特筆すべきはその人そのものだろう。黄金の髪は滑らかな絹を、鮮やかな瞳はエメラルドの宝珠を、そんな一幅の絵画さながらの美しさを誇る彼は一体何者なのか。
眼福を得たとケイが無作法に見ていると、白衣の絢爛とした鮮やかな緑が一瞥をくれた。
彼の進行方向は町とは真逆だった。
ケイは夕日が沈む前に帰路につき、冒険者ギルドに戻ったら受付嬢から報酬を貰えた。
薬草採集クエスト達成で大銅貨一枚だったが、相場が分からないので何とも言えない。
貨幣は主に銅貨、大銅貨、銀貨、金貨、白金貨の五種類あり、一律に十ずつ繰り上がるようだ。
二番に安い貨幣で買い物ができるのか不安だが、受付嬢が言うには地下の酒場が安いらしいので、ケイはそこで済ませようと足を進める。
空腹は限界を超え、もはや何も感じぬと音も鳴らなくなった状態。流石にマズイと焦り始めてもいい頃合いだろうが、ケイはあまり食に関しての欲望は乏しいようだ。
ふと、壁際に人だかりができていることに気づいた。
仰ぎ見れば掲示板に何やら張り紙が張られている。
新聞のように情報が書かれているものなのか、はたまたクエストを受注する紙なのか。
今朝は受付嬢が見繕ってくれたこともあり、文字が読めない不便さをつくづく感じたが、同時に言葉が通じる有難みに打ち震えたものだ。
キラの株はうなぎのぼりだ。元より女神様だったので、上がりようがないのだが。
張られている紙をまじまじと見つめてみるが、法則性のなさそうな落書きにしか見えず習得難易度は高そうだとケイは不便を受け入れた。
この世界の識字率は低いようで、掲示板の前で立ち止まる群衆は一瞥した後、三々五々散っていった。
「うーん。読めん、なに書いてあるんだ? これ」
「パンデミオンの龍王討伐クエストだとよ」
ケイが益体なく独りごちた言葉に、冒険者風の中年が答えてくれたのだが、一聞いても内容が二も入ってこない。
知らない単語なので翻訳しきれていないのかとも思うが、単にケイが知らない事である可能性の方が圧倒的に高そうだと耳を傾ける。
「パンデミオン? 龍王討伐? なんすかそれ」
これは縁かフラグかと、なんとはなしに訊いてみるケイ。
龍王とは女神様が言っていた奴だろうかと頭を捻らせながら聞き入る。
「この町は一部だが龍王の縄張りの内側にあるからな、自治権を得るためにパンデミオンっていう領主の娘が生贄になるんだとよ。だが、自分の娘がドラゴンの人身御供だなんてやりきれないだろ? だから龍王を倒して平和をって、大義名分掲げて無茶なことを要求してんのさ」
「成程ね、領主様直々のクエストか。ちなみに詳細は?」
「えー、等級は不問で三人以上のパーティーから応募でき、前金で銀貨六枚。成功報酬で白金貨三百枚だとよ。まぁ、どれだけ積まれても命には変えられねーだろ? 受ける人はいないだろうさ」
抑揚のない声は残酷にも、さもありなんといった韻を含んでいた。受ける冒険者がいないイコール領主のお嬢様の死が確定するのだから。
それに気づかずにケイは報酬に目を輝かせる。
ケイの一日の稼ぎが大銅貨一枚、前金だけでその六十倍、成功すれば億万長者だ。
「おっちゃん、これ受けようぜ! こういうクエストがやりたかったんだよ‼」
息巻くケイに優しく諭すように中年は言う。
「若いのに死に急いだらいけないよ。あれは天使でなんとか対処できる事案だ。せめて金級くらいないと関わるべきじゃない。少なくともこの国には天使がいないんだ、人じゃどうしようもないこともあるさ。……それにしても、パンデミオン領主は聡明な方なんだがな。娘さんが生贄とはさぞ無念で諦めきれないんだろう。当のクレアステリアちゃんはあんなにも乗り気なんだがなー」
この町は冒険者の町と呼ばれており、正式にはブレインド共和国の辺境であるパンデミオン領の都市区域である。呼称の通り冒険者稼業が盛んな都市であり、その理由は町が龍王の縄張り内に位置しているため、つまり強力なモンスターが多いという地理的な面からである。
だが、以前はそうでもなかったらしい。
二十年ほど前は農作物を主な財源としていたが、町が発展していくに連れモンスターからの膨大な防衛費によって税金の徴収が厳しくなっていった。そんな折、領民を憂いたパンデミオン領主が辣腕を振るい、冒険者には税金を免除するという意外な法案を敢行した。
強力なモンスターが多い。これを裏返せば、貴重な獲物が多いということだ。
多額の税金を免除するという利点と共に地理的な優位性を冒険者にアピールした手腕はまさに聡明と言わざるを得ない。
その後は領主の思惑通りに事が進んだのだろう。冒険者が増えれば彼らによるモンスターの討伐によって防衛費は減少し、税金も安くなっていく。
現在はクエストの手数料から僅かな税を徴収しているが、冒険者ギルドが町営であるため無駄な中引きが無く、報酬も高く設定できる。モンスターの素材が高値で取引できるのも厳重な規則を設け、領主が取り仕切る貿易も好調だからだろう。
町自体が冒険者を優遇しているわけで、それ故信頼は厚く働きやすい環境なのだ。
そして、町自体も農業主体から冒険者への商売にシフトする形となり、巧妙に冒険者と町民が相互利益を図るという大胆な産業変化をもたらした。農業は減退したが近隣の村々から農作物を買い集め町は都市といえるまでに拡大。龍王の縄張りと呼ばれる過酷な一帯で、唯一都市として繁栄できたのはパンデミオン領主の手腕と言っても過言ではない。
冒険者の町と呼ばれるのはその名残である。
そんな中、破滅の龍王と呼ばれるドラゴンが封印から目覚め事態は急変した。
龍側によると人間のような下等種族が縄張り内にいるのが気に食わないらしく、それを一早く知った領主は早急に直談判した。
そして、どのような契約を行ったかは定かでないが、領主は娘を生贄にして町の存続を可能にし、その上で反撃しようと冒険者にクエストを依頼したのだ。失敗したらドラゴンには彼らのことは知らなかったと言えば済む話だから。
これが冒険者風のおっちゃんの談だ。
「ドラゴンと交渉とは肝が据わっているなー領主さん。この町の人達も感謝しているんだろうけど、ドラゴンは流石に厳しいのか。ところで、龍王ってドラゴンと何が違うんですか?」
龍王というのだから龍の王国があるのだろうか。ドラゴンは国を築くほどの個体数や社会性をもつのだろうか。生贄を欲する理由だとかも気になるが、交渉できるほどの賢いのだろうか。
それらがイマイチ理解できずに難問としてケイを襲う。
「俺もよくは知らんが、龍王はドラゴンの中で一番強いとされている龍だって話だ。龍の塒が山岳のどこかにあってな、そこに数十匹のドラゴンが住んでいるんだと。そいつらは賢いから人を無暗に襲わないんだがな……。まぁ、冒険者ならドラゴンスレイヤーの称号欲しさに挑む愚者もいる。だが龍王は人知を超えてるから、目指すならお前さんも弱いドラゴンにしておきな。弱いといっても強力であることには変わりないがな」
ケイがドラゴンという中二心くすぐられるモンスターに興奮する中、龍王云々でなくドラゴン自体まともに敵わない生物だと彼は言った。
「そうする。でも、このクエストは等級不問なんだよな。銅級はモンスターと戦えないんじゃなかったっけ」
「三人以上のパーティーだから一人でも鉄級以上がいれば戦闘は可能だが……悪いことは言わない、ドラゴンなんかにゃ決して敵わないぞ」
再三の忠告をし、じゃあなと手をひらひら振り去っていく中年。
ケイは最後にと重要な問を投げる。これだけは聞かなければならないと。
「ちょ、龍王が封印されてたって、いつ目覚めたんだ? 誰が封印したんだ?」
龍王が目覚めたから町が危うくなった。その次は国、終いには世界の危機だったりするのではなかろうか。キラは龍王と魔王の存在が人類を滅亡させると言ったが、もし数年前から龍王が目覚めていたのなら、今も町が存続していることから必ずしも人類に敵対するとは限らない。
であれば、龍王も人類と共存、あるいは共闘して魔王を討伐するなんていう最高のシナリオが考慮できる筈だ。
そんな期待も彼によって一瞬で崩れ去る。
「これも聞いた話だが、三日前に目覚めたらしい。で、すぐにアルディルヌ山脈を挟んで隣国に位置するエルリウス帝国が宣戦布告。討伐軍十七万のうち大半が喰われて大敗したのは二日前のことだ。それも龍王ではなく下っ端のドラゴンたちにな。対してうちのブレインド共和国は静観ときた。内政が不安定だから誰も即断できないんだろう。恐らくドラゴンどもに絶対服従するんだろうな。龍王が封印されるまで――」
そう言い残し、中年の彼は仕事だと階段を上がっていく。ギルマスなんてなるんじゃなかったと後悔しながら。
彼の表情にあった翳りをケイは明敏に感じ取れてしまった。人間が龍の下につく、その現実を彼は予想できたのだろう。
人間を餌として見ている化け物に従うのは家畜と同義であり、それこそ人類の未来は危うくなる。
龍王が討伐されないと人類が滅ぶと彼女は言った。対し彼は封印という言葉を用いた。
それは、勝ち目がないと彼が頭で理解してしまったからだ。
ケイは最悪の現実だなと、鼻で笑う。
隣国は敗北し、この国は静観、誰一人として本気で勝てると思っていない状況。
他人事だと高を括っているのか、それとも諦めているのか。
「ああ――この世界は詰んでいるのか?」
辺りを一瞥すると、掲示板の前にはケイ以外誰一人としていない。
ケイは言いようもない絶望に恐怖する。
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