最終話
日が落ちてきてた。
紫がかった雲に隠されそうになる月はまるで、
必死に生きてきた翠のように、
懸命に俺達のことを照らしている。
「ねぇ、斉原さん。」
「...お父さんって、呼んでもいい?」
俺は深く頷いた。
翠は、糸が切れたように、ぶわっと泣き出した。
俺は彼女を強く抱き締めた。
俺の肩で泣く彼女も、強く抱き返した。
誰もいない田舎の屋上。
しばらくして、翠が泣き止んだころ、
俺は彼女に、手を動かした。
(今日はもう遅い。俺と一緒に、家に帰ろう。)
「.....うん、」
「うん、......うん!」
涙混じりの、満面の笑みだった。
俺の部屋は、この建物の3階だ。
翠と一緒に、階段を降りた。
死ぬために登った階段を、今はふたりで足音を揃える。
部屋のドアに、手をかけた。
(少し臭うかもしれないが、許してくれ。)
「ううん、全然気にしないよ。
それより、嬉しいな。私........」
翠は倒れてしまった。
頭を打たないように抱えた。
あまりにも、色々ありすぎた。
きっと安心して、本当に安心して、力が抜けてしまったんだろう。
俺は、翠をベッドに運んで寝かせた。
俺も今日は倒れるほど疲れているが、さすがにこのままじゃいけないだろうな。
一人暮らしだからと散らかした部屋を片付けて、少し寒いだろうが換気扇も回しておこう。
最低限の整理をして、俺もソファに横になった。
思えば、この何日かで、ものすごい出会いだったな。
少し不謹慎だけど、翠が死のうとしてくれたから、俺も翠も救われたわけだ。
生き別れと言っては違うと思うが、そんな娘に会えたのは、驚きよりも安心の方が大きい。
形容できない、不思議な感覚だ。
これからは、俺がこの子を支えていきたい。
俺にとって翠は、
そして、翠にとっての俺は、
たったひとりの家族なんだ。
十数年前に
「永遠とも思えた日々」は、
思いもよらないような形で今、再開したんだ。
もう少し考え事をしたかったが、とてつもない眠気と幸福感に襲われて、眠りにつくのは一瞬だった。
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