第11話
数秒の時間が経った。
なぜか、それ以上は動揺しなかった。
あの時感じた親近感というか、正体を得ない、気を許せるあの感じは、きっと。
きっとこの子は、俺の実の娘なんだ。
彼女は、それを感じとって、話しかけてくれたに違いない。
考えすぎかもしれないが、少なくとも俺からはそう思ってしまった。
...いいや違う。翠は。
翠は、また話し始めた。
「『私』って一人称を捨てて僕と言ったのも、姓を偽ったのも、斉原さんから一線をひくつもりだったんだ。」
「斉原さんのこと、すぐ分かった。お母さんが、『あなたのお父さんは、病気で声が出なかった』って小さい頃言われたの、咄嗟に思い出したの。この人が私のお母さんに捨てられた人で、きっと声が出なくて、嫌になって、辛いことがたくさんあって、死のうとしてるんだなって分かったの。」
「次の日持っていったサンドイッチ、私にとって、すっごく大切なものなんだ。お母さんがまだ暴力を振るわなかったころ、私に教えてくれた、たったひとつの料理なんだ。料理ってほどでもないかもしれないけどね。」
「まだそんなの大事に覚えてる私って、ほんとだめだよね......」
「お母さんは、もうとっくに嫌ったはずなのに。」
そこまで言うと、彼女はまた泣き出してしまった。声が出せない。
言葉で慰めてやれない。
今日この時以上に、声が出なくて後悔したことは、今まで生きてきてきっとなかっただろう。
......あのサンドイッチ、
いやに見覚えがあると思ったら。
あの女が昔作った、サンドイッチにそっくりだったんだ。
はっきりと思い出した。
弁当に入れてくれたサンドイッチ。
ピクニックに行ったときに一緒に食べたサンドイッチ。
...もうあの女は嫌ったはずなのに、いや、本当は、まだ嫌えてないのかもしれないな。だからこそ、こんなに落ち込んでるんじゃないか。
昔の思い出が
が、この子の手前だ。
まさか泣くわけにはいかない。
それに、俺にとってこの子は...
この子にとっての俺は、たった一人の......
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