神誓王国侵攻編① 伝令と門番

 二日をかけて、二人は神誓王国メルテシオンの外周第一壁付近まで来て馬を止めた。


 本来ならばメレリオンから王都までは四日から五日はかかると言われている距離を、僅か半分の日程で走破したのはこの二人ならではであろう。


 この先は城下町に入る事になるが、既に外周壁の外側の町の中である。


 ヘッドギアのお陰で、特にガルンの鬼気に当てられた住人などはいない。


 このまま中に入っても問題は無さそうだが、アズマリアは深い溜め息を吐くとガルンに顎でついて来いと左側の路地に向かうように合図を送ると先に進む。


 仕方なくガルンもそれに続いて馬を進める。


 外周壁の門戸よりかなり離れた場所に付くと、アズマリアは馬を止めた。


「残念だが、追い付けなかったようだな。こうなってしまっては仕方がない。お前は私の合図があるまでは姿を隠していろ」


「ふざけるな。ここまで来て何をほざく。ヤツらがパリキスをどうこうする前に、突入するしかあるまいよ」 


  苛立ちを隠さないガルンをアズマリアは睨み据える。


「馬鹿か貴様は。今までの道程で第二王子を補足出来なかった時点でこちらの負けだ。どのような方法をとったかは分からないが、第二王子は既に城に帰還したと考えるべきだ。その場合、これから王城に入る貴様は侵入者にしかならん」


 その言葉にガルンは沈黙した。


 相手はメルテシオン第二王子である。


 迂闊に王城に向かえば反逆者として手配されている可能性もあるだろう。


 そもそも、ガルンは聖骸を奪った犯罪者として神誓王国メルテシオンでは指名手配されている。


 ガルンが追ってくると予想しているならば、既に手ぐすね引いて手下を準備している可能性も高い。


 半身がメルテシオン内部に残っているアズマリアは秘密裏に城内に戻れるだろうが、ガルンが王城に入るのは難易度が高いと言わざるおえない。


「とにかく、我は一度城内に戻って状況を確認する。その後、どうするかの指示を出す。それまではエルフ姉妹の家にでも隠れていろ」

 

「あそこには行くつもりはない。これ以上、二人には迷惑をかける気はないからな。適当にこの近くの宿を借りる。それより、あんたの影に潜って侵入とか出来ないのか?」


「無理だな。我の影は他者を取り込んで移動出来るたぐいのモノではない。

お前が同じ眷族になるか、半吸血鬼化でもすれば可能だがな。お前が勘違いしているのは夜魅の国の時のことを言っているのだろう? あれは我の影では無く、あのふざけた虚数魔術師の虚数空間だ。あれと同じに考えるな」


 その回答にガルンは小さく舌打ちした。


 やはり、メルテシオンの防衛網をくぐり抜けて侵入するのは用意ではないと言うことだ。


 今考えると、姉弟子が意図もたやすくメルテシオン城内に侵入していた方が異常なのであろう。


 物理的な防衛網や監視の目をくぐり抜けるのは何とかなるが、魔法陣や霊的防衛網などをどうやって突破して来たのかが方法が分からない。


 結局進入が看破されるならば、正面突破の方がガルンには向いていると判断する。


 あれこれ個人プレーに走りそうなガルンを見て、アズマリアは釘を刺すことに決めた。


 今のガルンでは一国に一人で喧嘩を売りかねない。


 既に夜魅の国ではたった一人で一騎駆けを行ったばかりである。


「兎に角、貴様は勝手に動くな。必ず此方の使者を送ってでも連絡する。メルテシオン王城への侵攻は全ての騎士団を敵に回すと思え。少なくとも王城内の王宮近衛騎士団は即応してくるぞ」


 かつて自分が所属していた騎士団である。


 勝手知ったる場所だが、全ての団員の能力やサクラメントの効果を知っている訳ではない。 


(王宮近衛騎士団は基本領域護衛だ。第二王子だけをピンポイントに狙うなら、戦う必要がある護衛の数はそれほど多くはない)


 王宮守備隊も精強だが、格騎士団のベテランとどっこいのレベルだとガルンは考えている。


 夜魅の国で忘却公領に攻め入るよりは、難易度が低いと判断した。


 どちらにしろ王城に向かうまでにガルンの顔を知っている住人がいると厄介だ。


 王宮内部に入る前からの戦闘は流石に避けたい。


  ガルンがあれこれ思案している間にアズマリアは吸血鬼馬に鞭を入れると、そのまま正面門から城下街に入ってしまった。


 白いローブと首元の籠と天秤のマークだけで、検問をスルー出来るのは王宮近衛騎士団ならではの特権であろう。


 今のガルンの風体では門番に足止めされるのは必定だ。


 全身黒ずくめで馬鹿でかい大剣を背負っていては目立つことこの上ないし、ガルンの顔を覚えている番兵もいるかも知れない。


 少なくともメルテシオンではガルンは聖骸を持ち去ったお尋ね者とされている。

 

 ガルンは外周壁を一望してから、手近な宿に入る事に決めた。


 休憩所で休めたと言えど、夜魅の国からの強行軍は心身共に疲労を蓄積させている。


 体力や怪我はパリキスの妙薬のおかげで完治したか、酷使したチャクラにはプラーナの備蓄が空に近い。


 休めるときに休むのも仕事のうちだ。


 そう黒鍵騎士団の頃に誰かに言われた気がしたが、誰に言われたのかは思い出せない。


 取り合えずチャクラを練ってプラーナを精製しておく方が、後の戦闘が楽になる。

  修業時代は、眠りながらもチャクラの回転維持を努める練習をしていた事を思い出す。


 グラハトやカナンと共に過ごした懐かしい思い出が頭を過る。


(半日はチャクラを練るか……)


 宿をそうそうにとってから、ガルンは英気を養うことにした。



        ◇



 ガルンが取った宿屋をどうやって特定したのかは謎だが、来訪者が訪れたのは夕飯時を回った後だった。


 宿屋の一階は食堂になっており、そこで食事を終えたばかりである。


 入口でキョロキョロと見回している顔には覚えがあった。


「ガルン様、お久しぶりです!」


 そう声をかけながら近寄ってきた精悍な青年は、昔見た少年の面影が残っている。 


 ガルンが王宮近衛騎士団に入隊した時に付けられた、従騎士エクスワイアのアベル・ラジャジーンだ。


 冥魔大戦直後に帰還もせずにガルンは出奔した形になるので、従者として配属されていた者達とはそれ以来全く会っていない。


 この青年にもメイド二人にも肩身の狭い思いをさせてしまっただろうと、ガルンの頭に軽い罪悪感が沸いたが、常に頭の中に渦巻く怒りの感情がそれをあっさりと霧散させてしまった。


 「久しぶりだなアベル。立派な騎士になったようだな。あの頃はただのヒョッコだと思っていたが、見違えたものだ」


 ガルンはマジマジとアベルの姿を見た。


 赤い鎧に黒いマント。


 マントを止めている肩口のピンは、炎と鉄槍のマークが刻まれている。


 神誓王国メルテシオンの騎士団の一つ、紅蓮騎士団のシンボルマークだ。


 魔力付与された武装を身に着けた重装騎士団である。


 魔力付与されている鎧と腰の剣から魔力の流れを感じるが、それ以上にチャクラが一つ開放されている。


 独力で開眼したのならば、かなりの修練を積んだと言うことだろう。


「やめてくださいよガルン様。あれから何年経っていると思っているんですか? あの頃はお互い十代半ばじゃないですか。それと比べられても困りますよ」


 綻ばせた顔には嘘はなさそうである。


 人懐っこい表情だけはあの頃と変わらない。


 本来ならば従騎士エクスワイアとして身の回りの仕事をさせる見返りに、直々に訓練をして一人前の騎士に育てるのが慣わしだ。


 しかし、ガルンは完全にそこを疎かどころか放置した形になるので、本来ならば恨まれて当然の筈である。


 「そうだな。あれから何年経ったか……」


 ガルンは苦笑いを浮かべながらテーブル席から立ち上がった。


 アベルがアズマリアの使者と判断したガルンは、自分の部屋に行くように促す。


 話の内容はどう考えても人のいる場所では出来ないものだろう。


「お待ちくださいガルン様。その、あなたに会いに来ている方がいます。その方が本来の伝令役です」


 アベルは何故か歯切れの悪い口調で外に目をやる。


 ガルンも視線をそちらに移した。


 入口付近にやたら目立つ白いマントの青年がいる。


 年は二十歳前後か?


 青髪の人懐っこい顔には見覚えがないが、その服装は一目でどこの所属の者か一目瞭然だ。


 メルテシオンの住人でもそうそう正装ではお目にかかれない存在の一つ。


 王宮近衛騎士団の正装である。


 王宮警備が主のため、王族がどこか外に出かけでもしない限り、城内に立ち寄れる者以外はその姿を見る機会は非常に少ない。


 年齢的に見ても、ガルンが所属していた時より後に入団したものだろう。

 

 冥魔大戦のおりに、天翼騎士団や王宮近衛騎士団にも何人もの死亡者が出た。


 特に英雄騎士デュランダークの死は国内外に多大な影響を与えた筈である。


 そのために、欠員を埋めるのはメルテシオンとしては急務だったはずだ。


 冥魔大戦による国力の低下は隣国全てに及ぶが、その範囲から離れた南側の諸国にしてみれば疲弊した神誓王国メルテシオンや、カシアジイーネ連邦共生国を狙うには格好の機会であった。


 各国を放浪していたガルンも何度も小規模な戦争を見て来たので、新しい王宮近衛騎士が何人増えていても不思議だとは思っていない。


 ただ、正規の服装で出歩くと言うのは、王宮近衛騎士団の戒律も緩くなったものだと少しばかり驚いたところだ。


「ミスターガルン・ヴァーミリオン、副団長からの伝言があるぜ。ちょっと表に顔かしてくれ」


 金髪の青年はそう言うと入口から外の通りに消えた。


 若干アベルがハラハラした顔をしていたが、ガルンが気にした風もないので安堵に胸をなで下ろす。


  すぐさま後を追うガルンを見てアベルも慌て追随する。


 青年はさっさと人通りの無い裏路地に入ると、わざとらしく仁王立ちして待ちかまえていた。


 アベルが小さな声でガルンに目の前の青年の素性を明かす。


「彼の名前はヴェイル・ブロイロッシュ。王宮近衛騎士団に半年前に入隊した新参者です。外の国から来た人間らしく前職は不明。ただ、年齢は十八歳。才能溢れる新進気鋭とのことです」


 十六歳で王宮近衛騎士団に入団したガルン様の方が上ですが、と、わざとらしく付け足すのを忘れない。


 ガルンは少し呆れながらアベルの肩を叩くと青年の前に向かう。


 その様子を見ながら、ヴェイルと呼ばれた青年は不敵な笑みを浮かべながら懐から剣の柄ほどの筒を取り出した。


「自己紹介は必要ないようだな。俺は副団長に言われて封書を持ってきた」


 筒を手の上で器用に回している様子から、好意的な感じはしない。


 誰が見ても態度が悪く、面倒そうだと言う印象が強いだろう。


  ガルンはその態度を見ても特に感じ入ったものは無いらしく、無造作に左手を差し出した。


 握手ではなく、封書を渡せと言う意味である。


 それにはヴェイルも気付いたらしく、不服そうな表情を浮かべた。


「いやいや、元先輩でも用件だけで済まそうって言うのは虫の言い話じゃありませんか?」


「何が言いたい」


「こちらにも用件があるって事です。噂に聞いた、あんたの腕前を見せて欲しいって事ですよ」


 ヴェイルはわざとらしく封書の入った筒を一回転させると、そのまま無造作にマントの下にしまってしまった。


 不敵に笑うと指で来いと合図する。


 実力を見せろと言うジェスチャーのつもりらしい、


 ガルンは少し疲れたような顔でヘッドギアに手をおいた。


 アズマリアがこの青年を使いに寄越した理由は幾つか思いつく。


 一番にこの国の人間では無かった事が取り上げられる。


 どこの派閥にも組みしていない人間は、現在のメルテシオンでは貴重な存在だ。


 第二王子と内通している可能性のある者は、伝令役としては軒並み排除したい筈である。


 それに、第二王子派閥の者に襲われても平気な人材として王宮近衛騎士が上がるのは当然のところだろう。


 同格の王宮近衛騎士以外には遅れをとることはそうそう無いはずである。


 かつて、ガルンの姉弟子が王宮内部を我が吹く風で往き来していたのは例外中の例外と言えよう。


 王宮近衛騎士団の信用度は高いが、やはり派閥は存在する。


 特に直々に成聖兵装サクラメントを承った者は、その王族に麾下する傾向がある。


 その中でのチョイスとしては致し方ない人材なのであろう。


 一抹の不安を補正させるためにアベルを付けさせたのが最大の譲歩だと伺える。


「仕方がない。少し揉んでやる」


 ガルンは時間の無駄を嫌って、ヴェイルに一撃を入れることにした。


 ゆったりとしたモーションから背中の妖刀を引き抜く。 


 それを見て、ヴェイルは露骨に落胆したような表情を浮かべた。


「えっ、ちょいちょい。それ噂の炎の魔剣じゃないよね? 俺に倒された時に本気じゃ無かったとかやめて欲しいんだよね~」


「おま……!!」


 思わず怒りの声を上げようとして、踏みとどまったのはアベルだ。


 腐っても相手は王宮近衛騎士であり、王宮近衛騎士の位は各騎士団の団長と同格の権限がある。


 序列で言えば一騎士であるアベルより五段階は上だ。


 怒鳴りつけたい衝動を何とか理性がせき止める。


「ヴェイル殿、戦う前からその態度は無礼ではありませんか? せめて一合でも刃を合わせてから、暴言を吐いては如何か?」


 射抜くようなアベルの視線を受けて、ヴェイルは露骨に面倒と言う表情を浮かべた。


「こっちは歴戦の勇者様の腕前を見たいんだよ。彼の冥魔大戦の英雄の実力とやらをね。大戦じゃ、王宮近衛騎士団に天翼騎士団。それどころかカシアジイーネの六征やラ・フランカの吸血鬼殲滅機関のメンバーも一部参加してたらしいじゃないか? それでも、他の連中は全員くたばった。それほどの地獄を生き残ったのはあんただけだ」


 獲物を刈るハンターのような冷ややかな視線を受けて、ガルンは思わずほうと呟いた。


 目の前の青年は伊達や酔狂で立ち会いを求めている分けでは無さそうだ。


 「英雄と呼ばれる人間はこの世界でも少数だ。世界でも屈指の実力者ってことだろ? 生きる伝説に近い。なら、その実力とやらに興味がわくのは戦闘に身をおく者なら当然のことさ。自分と英雄との力量差ってやつにも興味がそそるのもな。せっかくその実力を拝めるチャンスなのに、手抜きを見せられたらガッカリするよな? ある程度本気の力を見なければ、英雄の壁の高さなんて分からないってもんだ」


 二カッと笑うと奇妙な戦闘体勢にはいる。


 足は中段に構え、前の手は中段。後ろの手を高めにかざす


 卍構え。


 武器も待たずに無手で刀を相手にするには意図が読めない構えだ。


 考えられるとすれば、拳法家で化勁で攻撃を受け流すあたりか?


「その構えで俺と戦うのか?」


 ガルンは自然体で刀を持ったままだが、念のためチャクラを幾つか活性化させる。


「どうぞ。まあ、来ないなら此方から行きますが?」


 不敵な笑みを浮かべるヴェイルを見て、ガルンは少し相手に興味が沸いてきた。 


 こちらの実力を考慮しての大胆不敵な言動は、安い挑発にしか見えないが敢えて乗るのも一興と言ったところだ。


  ガルンは先に動く選択をした。


 相手は王宮近衛騎士団なので、純粋な剣術だけならば手加減無用と判断する。


 腕の一本か二本は落としても、メルテシオンには優秀な治癒術師がいるので完治できる筈だ。


 縮地のような踏み込みから、一瞬で剣の間合いに飛び込む。


 刀は振り上げ済みであり、そこから強烈な袈裟斬りの一撃を放つ。


 しかし、その一撃はヴェイルが手にした白い光に阻まれていた。


 何時それを抜きはなったのか?


 白い光に見えたものは、一見ただの包帯であった。


 腕の巻かれていたそれを、一瞬で引き抜いて一撃を防いだのだ。


「はあ?」


 呆気に取られた一言を漏らしたのはアベルである。


 ガルンの強烈な一撃を包帯で受け止めると言うのは、ある意味珍事と言えよう。


(包帯では……ないな)


 ガルンは奇妙な手応えに意識を巡らせる。

 

 包帯ーー布ならではの伸縮のような柔かさを感じない。

 

「はいよ!」


 一撃を受け止めたヴェイルは、包帯を引きながら身体を捻る。

 

 剣戟を受け流しながら回転して回し蹴りを放つ動きは、明らかに格闘家のそれだ。


 本来ならば刀の勢いを受け流されているので、そのまま前につんのめるところに回し蹴りが直撃する筈だが、ガルンは体幹の良さからか全く体勢が崩れていない。


 回し蹴りをしゃがんでやり過ごすしながら、回転して足払いを放つ。


 軸足を払われたヴェイルはそのまま無様に倒れるーー筈であったが、何故か空中を浮遊して左側の建物の側面に着地する。


 腕から伸びた包帯が壁に突き刺さり、それに引っ張られて移動したのをガルンは目の端に捉えていた。


「流石英雄。剣の間合い《クロスレンジ》はヤバいヤバい。ここは絡めてと行こうか」 


 壁に張り付いたヴェイルが高揚とした表情を浮かべている事より、ガルンはいつの間にか周りに浮遊している紙の四辺に気がつく。


 壁に移動しながら、手の中から散布していた紙吹雪の動きは絶妙としか言いようがない。


 その小さい紙吹雪には、何やらのたくった文字が刻まれている。


「空雷」


 ヴェイルが印を結ぶと、それらは一斉に爆発した。


 小さな爆発が連続し、化学反応を起こしたのか最終的な爆発はかなりのものである。


  爆風の余波が唖然として見ていたアベルの頬を叩く。


 ほぼ予備動作無しでこのような爆発を行える術式は限られる。


 少し遠目から見ていたアベルからは、一瞬待っていた紙吹雪など攻撃動作として捉えようがない。


「呪符か……」


 そうボソリと呟いたのは、爆発した後に舞った土煙の中からだった。


 ヴェイルの顔が歓喜に震える。


 土埃を突き抜けて現れた水の刃を、壁を縫うように移動しながらかわす。


 あの間合い、あのタイミングで攻撃を防いで反撃してくるとは。


 壁に当たった水刃は綺麗に霧散し、煙を抜けてガルンの姿が現れても特に驚く事もない。


 ヴェイルは地面に降り立つと舌なめずりした。


(水刃攻撃を考えると、俺の空雷は妖刀の水の膜が何かで防ぎ、そのまま膜状の水を攻撃に転嫁したってところか?)


 土埃による死角からの攻撃も的確であり、完全に直撃コースである。


 まるで全て見えている・・・・・かのような攻撃だ。


 ガルンが刀を一振りすると、立ち上っていた土埃が一瞬で消し飛ぶ。


 英雄と呼ばれた剣士の実力の片鱗に触れて、ヴェイルは笑いがこみ上げてきた。


 指し示した先に呪符らしきモノが貼り付いていた。


 周りを観察すると、一定間隔に呪符が建物の壁などに貼られている。


「この路地裏には五行結界を張っておいたんでね、衝撃も音も外部には漏らさない。上級魔術でも突破不可能さ。まあ、貼ってある呪符帯を狙い撃ちされたらその限りじゃないけどな。まあ、英雄殿は始めから気付いていたようだけど」


 あっけらかんと言い張るヴェイルはチラリとガルンに視線を向けた。

 

 ガルンは路地裏に入った時点で気付いていたらしく、別段驚いた素振りもない。


 常在戦場の意識があれば、常に目に付く景色の違和感には敏感だ。


 ただ、常人は自分のホームであれば気が緩むのが常である。


「とりあえず、もう少し楽しめるって事さ」


 ヴェイルは嬉しそうに右腕を回すと少し前傾ぎみの構えをとる。


 飛び出す気が見て取れる姿勢だ。


 それを見て、ガルンは刀を片手で正眼に構えてから口を開いた。


「貴様の能力、紙使いだな。呪符は後付けと言ったところか」


 その言葉でヴェイルの動きが止まる。


「何故そう思う?」


「刃から感じた手応えだ。包帯のように身に付けているが、それは綿や布ではなく紙だ。刀で切れないような紙を操るならば紙使いしかあるまい。それに、紙ならば呪力を書き込み呪符にするにはもってこいだ」


 ガルンの指摘にヴェイルはこみ上げてくる笑いを押し留める。


 短い戦闘時間で的確に敵の武器、特性を探り当てる観察眼。


 それは今までの戦闘経験による積み重ねによる推察に寄るものか、見切り眼のような特殊な技能によるものかは定かではない。


 ただ、今までの立ち振る舞い全てが達人級だと理解できる。


 あらゆる戦闘技能が高水準。


 英雄に数えられる本物の人間が目の前にいると言う高揚感。


 それは憧れている人物に会えた嬉しさに似た興奮が沸き立つ。


「ご明察。読みは大正解。オレは紙使いさ。あらゆる紙を武器化して使役する。呪符化しているのは聖成魔筆・永沙せいせいまひつ・えいさの能力によるもので、印字した文字に魔力が籠もる。筆自体に破格の魔力が込められている、規格外の秘宝を受任式でくれるメルテシオンは本当に太っ腹だ」


 紙使いであったからこそ呪符魔術を学んだのか、呪符魔術師であったからこそ紙使いの能力が目覚めたのかは定かではない。


 だが、紙使いに呪符魔術は鬼に金棒のセットと言えよう。


 それも聖成兵装サクラメントによる自己魔力度外視の魔術付与が可能となれば、その運用方法は多岐に渡る。


 ヴェイルが無造作に手首を捻ると、両手にはマジックのように呪符が五枚ずつ現れた。


 ガルンはその呪符よりも、腕から垂れ下がっている包帯状の紙に目を向ける。


 紙とは薄くて簡単に切れるイメージがあるが、実際はピンからキリで丈夫なものは非常に強固だ。


 耐水紙は水に強く破れにくい。


 紙の燃える温度は三百度であり、水が沸騰する百度でも燃えることはないため、水に濡れた紙は水が百度以上にならないため燃えない状態になる。


 不燃紙のような燃えにくい紙もあり、紙と言っても千差万別だ。


 それに魔力付与で術式強化されるとなれば、下手な魔法など一切寄せ付けないだろう。


 呪符魔術による魔法よりも、術式で強化された紙の方がよほど危険と言える。


 投げ放たれた呪符から爆炎が生まれたのを見て、ガルンは妖刀を円上に回した。


 水の幕が全面に展開されて爆炎を防ぐ。


 衝突した爆炎と水壁が打ち消し合って水蒸気が発生した。


 水が沸騰するような音と共に、辺り一帯を視界を覆う蒸気が広がる。


 その白い濃霧に隠れてヴェイルは動き出した。

 

 右方向に新たな呪符を投げ放ちつつ、本人は左に回り込んでいく。


 呪符はヒラヒラと空中に数秒漂った後、雷撃を解き放った。


 方向のコントロールまではままならなかったが、濃霧の中から撃ち出される雷撃は脅威に他ならない。


 視界ゼロからの攻撃だと、本来ならば攻撃の先に敵がいると錯覚するところだが、全てが見えているようにガルンは右方向から迫り来るヴェイルに狙いを定める。


 蒸気を切り裂き紙の包帯が飛び出す。


 まるで鋼のような硬さの紙の刃を、ガルンは刀身で滑らせていなしながら前に出る。


 包帯の先にはヴェイルがいる筈ーーと言う先入観も罠であった。


 蒸気を抜け出した先には、鋼の包帯の先が壁にめり込んでいるのが眼に映る。


  その刹那、煙を切り裂いて長く伸びた紙の刃が背後から迫る。


 ガルンはそれを不可解そうな顔でしゃがんでやり過ごす。


(センスの問題か? 敵の死角に回る動きが卓越している)


 チャクラ感知で動きを追っていたが、それを欺くような身のこなしは脱帽するレベルだ。


 もしかしたら気配を置いて・・・・・・動く技法でも身につけているのかも知れない。


「やるなヴェイル。これなら直ぐにでも王宮近衛騎士団のトップクラスに入れるぞ」


「いやいや、そんな狭い集団で括らないでくださいよ。実際今まで戦った敵と比べたら俺はどのくらいですか?」


 蒸気の中から声がするが、声が反響して音から位置が把握できない。


 ガルンは刀を構えるとゆっくりと瞼を下ろした。


「中の上と言ったところか」


 そう呟くと、目にも留まらぬ早さで右側の水蒸気の中に飛び込む。


「うおっ?!」


 そう思わず声を漏らしたのはヴェイルである。


 何故か位置を完全に看破されて、ガルンが猛然と刀を振り下ろして来たのでは仕方がない。


 すぐさま防御用の紙の盾を構築する。

「滅陽神流剣法・無式弐型袈裟斬り」


 振り下ろされた刀は、防御した紙の盾を意図も容易く切断した。


 まるで水面に刃先を入れただけのような滑らかさで、切っ先はヴェイルの喉元で止まる。


 制止した刀が届いていたのか、首筋に薄皮一枚切れたような傷が浮き上がった。


「取りあえず一本と言ったところか?」


 ガルンの言葉に、ヴェイルはゆっくり後退しながら首を縦に振った。


 最後の一刀までの動きが、今までとは別次元だ。


 的確に位置を把握し、踏み込んだ速さも今まで戦ったどの剣士よりも速く、打ち込まれた一刀は能力で強化した妖紙ようしを呆気なく切断してのけた。


 ガルンが戦った相手の中で、中の上と言う位置付けに腹を立てるより、己のレベルが未だ中央値でしかない事に

世界の広さを感じる。


「負けた負けた! 流石ですよ英雄殿。でも不可解なことが二つありますよ。答えを貰えますか?」 


 ヴェイルはやけくそ気味にその場に座り込むと、足元に落ちていた紙を拾い上げた。


 ガルンに綺麗に切断された紙で有る。

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冥闢のダークブレイズ 星住 @hoshizumi

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