第5話 宣告


 そして訪れた眼科。

 受診するよう言われてから、5年の月日が流れてました。


 そこで初めて受けた視野検査。

 白い球体を覗き込み、真ん中の黒い点をじっと見る。

 ランダムにあちこちが光り、見えたら手元のスイッチを押す。

 要するに、どれだけ見えてるかの検査でした。


 検査中、栗須は思ってました。

 下ばっかり光って、上は全然光らんよね、と。


 そして向かった診察室。

 そこには今もお世話になってる、眼科では珍しい男の先生がいました。

 黙って検査結果に目を通す先生。

 そして開口一番、こう言われました。


「なんでもっと早く来なかったの」


 ……え?

 なんで怒られてるんだろう。そんなことを思う栗須に、先生は大きな大きなため息をつきながら、症状の説明を始めました。


 栗須の症状。それは老眼でも偏頭痛でもなく、緑内障というものでした。





 緑内障。

 眼球には、後ろ側に無数の毛細血管がついてます。それらが脳へとつながり、見た物を映像として認識してるそうです。

 緑内障とは言わば、目の高血圧。眼圧と言って、眼科にいくとよく目に空気を当てる処置があると思いますが、それで計測しています。

 その眼圧が上がっていくことで、目の形状が変わっていく。その負荷に耐え切れなくなった血管が1本、また1本とちぎれていく。それが緑内障という病気です。


 ちぎれた血管が脳に送る筈だったデータは、当然ありません。そうやって少しずつ、少しずつ映像認識能力が落ちていくのです。


「あなたの場合、両眼とも視野が7割ほどなくなってますよ」


 ……7割って何? それって何割?

 でもでも病院に来た訳だし、ちゃんと治るよね?

 そう思っていた栗須に、先生が死刑宣告。


「この症状は改善しません。なくなった視野は元に戻りませんよ」


「……」




 あはっ、あはははっ。

 いやいやいやいや、そんなこと言って脅しちゃって。先生ったらほんと、可愛いんだから。

 そんなに脅さなくても大丈夫、これから真面目に来ますから。

 さあ先生! お説教タイムは終わりです、ネタばらしをどぞっ!




 でも先生は、表情ひとつ変えずに首を振りました。


「血管が切れてるんですから、元に戻すことは出来ません。僕に出来るのは、これ以上視野がなくならない為の治療をすること。もっと早く来てたら、ここまで酷くならなかったんですけど……あなたの症状は、もう末期です」





 そういうことだったんですね。

 いくつもの点がつながってきました。

 さっきの検査で、上半分が全然光らなかったの。

 それは光ってなかったのではなく、見えてなかっただけ。

 栗須が今見えてる世界。それは僅かに下3割だけだったんです。


 それでも世界を認識していたのは、両眼がものすごいスピードで動き、見えない箇所を補填して脳に信号を送っていたから。

 普通の人より眼球の動き、半端ないようです。

 だから肩凝りも酷いんだ。

 だから最近、よく見えてなかったんだ。

 ファインダーを覗いても見えてなかったのは、睫毛のせいでも姿勢のせいでも、偏頭痛のせいでもなかった。

 ただ単に、見えてなかっただけなんだ。

 そしてそれは、これからも進行していくんだ。




 初めて聞いた病名、緑内障。

 失明の原因、堂々の第1位を誇る緑内障。

 その宣告を今、栗須は受けたんだ。

 しかも突然の末期宣言。

 流石に焦りました。


「とりあえず点眼を始めてください。これで様子を見ましょう。それでも改善しないようなら、手術になります」


 また手術ですか。

 脳裏に浮かぶ忌まわしき過去。


 現在3勝3敗の5分。


 果たして自分は、これからどうなるんだろう。

 散々打ちのめされた栗須が「よろしくお願いします」と頭を下げると、先生がにこやかに笑いこう言いました。


「もし僕のことが嫌になっても、通院はするように。どこの病院でも構いません。とにかく目の為に、受診は続けるようにね」


 その言葉に、栗須は「この先生に手術してもらいたい」そう思いました。




 こうして栗須は、視野を確保する為の長い長い戦いを始めたのでした。



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