第4話 予兆


 ここからは目の手術が4回続きます。

 なのでまずは、栗須の症状についてお話しようと思います。





 元々目が悪い栗須。0.01という無敵の視力を誇ってます。

 ですので、「よく見えない」ということに関してはプロです。

 少々の不具合があっても、悠然と構える胆力を持ってました。


 その頃の栗須は、撮影会社で働いてました。

 カメラマンとして現場に出ることもありましたが、どちらかと言えばアルバム制作が主な業務。

 デジタルカメラがまだ普及してなかった頃は、ネガからカットを選んでプリントし、そこからアルバムに採用するものを選んでました。

 ここで異変に気付きました。


 老眼。


 眼鏡をかけたままだと、ピントが合わなくなってました。

 もう老眼? この年で?

 でもまあこれも、人間のあるべき姿。体の機能が徐々に失われていくのも世のことわりだと受け入れました。

 そんなことでくよくよするより、老いというものを楽しもう、そう思ってました。

 何より自分は近眼なので、眼鏡を外せばちゃんと見えます。だから特に悩むこともなく、日々の業務をこなしていました。





 ある時あった成人病検診。

 特に問題はなかったのですが、自分にとって運命の分岐点とも言えるものが健診結果に書かれてました。


「乳頭 眼科にて一度診察を受けてください」


 え? 何このいやらしい単語。目の乳頭って、何?

 栗須の目には、おっぱいが付いてたの?

 等々、馬鹿馬鹿しい突っ込みが頭に湧きました。


 説明を求めると、看護師さんは笑顔で「まあ、特に問題ないと思いますよ。ですので時間が作れるのなら、一度行っておいた方がいいですよってぐらいに思っててください」と言ってくれました。


 あの時。


 そう。あの時。

 看護師さんが「絶対行っておいてください」と言ってくれていたら。念には念をと思い、受診していたら。

 今とは違った未来が待っていたんだと思います。

 人のせいにする気はありません。全部栗須の選択です。

 その時の自分も「まあ、人より見えてへんのは間違いないし」と軽くとらえ、結局それから5年以上、受診することはありませんでした。


 歯科、眼科、耳鼻咽喉科。こういったものには、ぎりぎりにならないと行かない栗須です。それでいつも「もっと早く来てくださいよ」と怒られているのですが。

 慌ただしい日常の中で、どうしても後回しにしてしまいます。

 それが最悪の選択だとしても。





 それから何年かして。

 目は見えなくなる一方でした。

 ですが、これが老化なんだと勝手に納得してる栗須は、特に悩むでもなく日々の業務に勤しんでました。


 そしてある日。

 カメラマンが足りなくて、久しぶりに撮影に出ることになりました。


 結婚式。


 結構大変なんです。気力体力、ボロボロになります。

 一生に一度の大切なセレモニー。絶対に撮り漏れは許されません。

 そんなプレッシャーの中、新郎新婦に笑顔を向け、少しでもいい思い出にしてもらおうと頑張ります。

 そしてそこで、栗須は異変に気付きました。

 ファインダーから被写体を覗き込む。


 あれ? え?


 上半分が真っ暗になってました。

 顔を何度も上向けながらシャッターを押す。

 睫毛が伸びてるのかな。

 それとも長らく撮影してなかったせいで、姿勢がおかしくなってるのかな。


 それとも。いやまさか。


 その時脳裏をよぎったのは、若い頃から付き合っている相棒、偏頭痛でした。





 初めてなった時は衝撃でした。

 もう死ぬんだと思いました。

 その頃はまだ、あまり認知されてなかった偏頭痛。

 治療薬もありませんでした。

 脳梗塞とかじゃないんかな、そんな不安がいつもありました。


 まず、目が見えなくなります。

 何か……変な感じ。来るの? また来るの?

 冷や汗が出て、目が回ってくる。

 そして。

 少しずつ少しずつ、見えなくなっていきます。

 周囲が白くなっていき、視界が奪われていく。

 それは例え、運転中でもお構いなしにやってきます。

 そして、視界が完全に閉ざされて。

 強烈な吐き気に襲われます。

 そこがどこであろうと、それは治まりません。

 目が回った感じが気持ち悪くて、ひたすらに吐き続けます。

 理屈は分かりませんが、吐くことで視界が徐々に回復していきます。


 吐くだけ吐いて、ようやく地獄の時間が終わったと思っていると。

 次の地獄がやってきます。


「こんにちは」


 自分の呼吸で生じる振動。それだけでも死にたくなる激痛。

 それは、これまで経験したことのない頭痛でした。

 バファリンで治る頭痛が恋しくなるぐらいの地獄。

 なった当初は、仕事を3日休まないといけないぐらいのものでした。


 流石に長い付き合いですし、痛みにも慣れました。今では頓服も開発されてますので、会社を休むこともなくなりました。

 ですが本当、変な病気に好かれたものだと笑ってしまいます。


 少し長くなりましたが、そういう病気と付き合ってるので、少々視界が狭くなっても、また偏頭痛の予兆がきたのか、ぐらいに思ってました。


 でも……真っ暗?


 偏頭痛の時って、いつも白くなっていくよね。

 そう言った疑念が残りました。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る