第二章 『白い燕』待望論
『白い燕』待望論 01 —素晴らしい力—
莉奈たちが妖精王の元へと向かい始めた頃——。
トロア地方、中央南部。切り立った岩の上に座る、老人が一人。その彼の背後からゆっくりと近づく女性の姿があった。
女性は立ち止まり、老人に声をかける。
「やっと見つけたわ。ごきげんよう、あなたが『厄災』ジョヴェディ?」
老人はその問いかけに、振り返ることなく答えた。
「『厄災』ルネディ。先日、影がこの大地を一瞬覆ったが、お主のしわざか」
「あら。自己紹介の手間が省けて助かるわね。そうよ、あなたの場所を探すのに、『厄災』の力を使わせてもらったわ」
クスクスと笑うルネディ。だがその瞳は、冷たく輝いている。
「フン。お主も生き返っていたとはのう。それに——」
ジョヴェディがそこまで言って息をついた、その時。ルネディの背後、少し離れたところから激しい音がした。
「きゃあっ!」
悲鳴が遅れて聞こえてくる。慌てて振り返るルネディ。
「メル!」
「——メルコレディと、そしてマルテディも生き返っておるとはな」
ジョヴェディの言葉に、ルネディは顔を青くしながらマルテディを潜ませていた崖の上の方を見る。
その彼女の目に映ったのは、今まさに、激しい火球群がマルテディのいる場所に向かって降り注がんとする光景であった。その火球から身を守るように展開される砂の球体。
ルネディは反射的に駆け出そうとするが——その時突然、砂の球体の周りに氷の壁が現れた。その氷の壁は、降り注ぐ火球を全て防ぐ。メルコレディの力だ。
ルネディは安堵し、メルコレディの姿を確認しようと振り向いた。氷の道を滑りながら、こちらに向かってくるメルコレディ。
だが、その彼女は——左肩から先が吹き飛んでいた。
「……ジョヴェディ!」
瞬時にして、ルネディの
「フン。何を企んでいるのか知らんが、丸見えなんじゃよ。して、何用だ?」
ジョヴェディの挑発に、ルネディは今にも殴りかからんとする勢いで足を踏み出した。そのルネディの腕を、メルコレディが残された腕でつかんで止める。
「ルネディ!」
「……大丈夫よ、メル。ふん、ジョヴェディ。困るのよね。あなたの残した
メルコレディのおかげでなんとか冷静さを保ってはいるものの、その赤い瞳はジョヴェディを激しく睨む。
その視線を受けながら、ジョヴェディはまるで呆れたかのように口元を歪めた。
「ほう、人の側につくか。『厄災』という素晴らしい力を持ちながら」
「……素晴らしい……ですって?」
「ああ、素晴らしいだろう。『厄災』は老いもせぬ、死にもせぬ。加えて、魔力が無尽蔵ときたものだ」
そう言いながら目を細め、クックッと笑うジョヴェディ。ルネディはジョヴェディを睨みながら鼻白む。
「『死にもせぬ』ですって? はん。どうやらあなた、自分が殺されたことを忘れるほど
「フン。あれはヘクトールによって理性を奪われていたからだ。魔法の使えないワシなぞ、ワシではない」
ルネディは思い出す。忌まわしい記憶、そして忌まわしいその名、ヘクトールという存在を。彼女達にドメーニカの因子を埋め込んだ張本人——。
「……もういいわ。メル、やっちゃって」
「……うん」
『厄災』の力に溺れた『厄災』を、ルネディ達は許さない。
左腕の再生が終わったメルコレディは、ジョヴェディに向けて指をくるりと回した。
その様子をつまらなさそうに眺めるジョヴェディだったが——瞬時にして、彼の身体は氷塊に包まれた。
それを見届けたルネディは、一息つく。
「フン。いくら『厄災』といえど、これで身動きは——」
「——つまらんのう」
慌ててその声のする方を見上げる、ルネディとメルコレディ。
そこは離れた崖の上、マルテディがいる場所。恐る恐る様子をうかがう彼女の後ろに、ジョヴェディは現れていた。
「マルティ!」
「ルネディ! 氷の中のジョヴェディがいない!」
メルコレディの声にルネディは氷塊を横目で見るが、確かに閉じ込めたはずの彼の姿はなかった。
——どういうこと? とルネディは考えるが、今はそれどころではない。早くマルティを——と、ルネディが向き直った時。
「ほれ」
「きゃあ!」
——ジョヴェディはマルテディを蹴り落とした。
たまらず駆け寄るルネディ。マルテディは砂のクッションを作り上げて、なんとか転がりながらも着地をする。
失敗した——ルネディは
正直、メルコレディの力で完封できると思っていた。直接的な『厄災』の力なら、メルコレディの右に出る者はいない、そう思っていたからだ。
だが奴は、『厄災』の力かどうかは不明だが、不思議な力を使う。どうやらジョヴェディは、一筋縄ではいかない相手のようだ。
今は満月を過ぎたあたり。月の出は日没後からだいぶ遅くなってしまう。自身の浅慮な判断に、怒りが湧いてくる。
そんなルネディを崖の上から見下ろすジョヴェディは、不敵に笑った。
「では行くぞ、
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