崩れゆく歯車 09 —ありがとう—
「——ということでカルデネ、私達ちょっと家あけるけど、よろしくね」
「うん、お買い物、楽しんできてね」
私は書庫に行き、カルデネにサランディアに買い物に行くと嘘をついた。日持ちのする食事も用意してあげたし、明日にはレザリアも帰ってくるはずだ。大丈夫だろう。
私が表へ出ると、クロカゲを馬房から出してよしよしと撫でるグリムの姿があった。
「お待たせー、グリム。じゃ、行こっか」
「うむ。でも、いいのか? 本当のことを言っておかなくて」
「……うん、余計なことで心配かけたくないし。それに、なんかやじゃん? 万が一にでも追っかけてこられて、みんなの幸せな時間壊すの」
「気づいた時、余計に心配すると思うが……」
そうかもしれない。それに本音をいうと、気づいて欲しい、私を見て欲しい自分がいる。
でも、だめだ。せっかく誠司さんとライラは会えたんだ。家族の幸せな時間を邪魔してはいけない。私があの人たちを守るんだ。それが、私に『家族』を体験させてくれたあの人たちへの恩返し——。
「——莉奈。また泣いてるぞ」
「……えっ?」
いけない。考え込むと、すぐにこの目は涙を流してしまう。私、こんなに涙もろかったっけなあ——。
「ブルッ」
「ひゃあ!」
クロカゲが私の頬を舐め、涙を拭き取ってくれる。いや、気持ちは嬉しいが、ベタベタになったぞ、おい。
「うん、ごめんね。じゃあ、クロカゲ。長旅になるかもしれないけど、よろしく!」
「ヒヒーン!」
クロカゲが勇ましい鳴き声を上げる。
私はクロカゲの背中に飛び乗って、頭をポンと撫でた。一頭借りるのは申し訳ないが、どうしても移動手段は必要だ。ごめんね、誠司さん。
クロカゲは少し躊躇した様子だったが、やがてこちらをチラリと振り返って、ゆっくりと走り出した。
「じゃあ、アオカゲ! 一人で寂しいかもだけど、元気にお留守番してるんだよー!」
「ヒヒーン……」
振り返り手を振る私に、寂しそうにいななくアオカゲ。その声はいつまでも、いつまでも、その声が届かなくなるまで聞こえてくるのだった。
†
「それで、莉奈。とりあえずはどこへ向かうんだい?」
クロカゲのスピードに合わせて隣を駆けるグリムが尋ねる。なんでも彼女の能力を活用した『限定解除』とかで、疲れ知らずでいくらでも走れるらしい。話には聞いていたが、すごいな。
「そうだねえ……とりあえず、妖精王様のところかな。ルネディ達がいるかもしれないし、いなかったとしても、あの人には聞きたいことがあるから。それでいいかな?」
「ふむ、賛成だな。もしも『厄災』達の力を借りることが出来れば、非常に心強い」
「オーケー、決まりだね。んじゃクロカゲ、妖精王様のところへ、GO!」
「ヒヒン!」
私達は駆ける、森の中を。急げば夜までにはたどり着くだろう。
風が気持ちいい。この四年間、私のそばを吹き抜けてきた森の風。
そして、この四年間——私が生活していた『魔女の家』。
私の胸が、ズキリと痛む。だめだ、今は考えてはいけない。私の決断がどういう結果に転がろうとも、その時まで考えてはいけない。
でも——。
思えば、私が異世界に来て、初めて誠司さんやライラと違う道を歩き始める日。
私を私にしてくれた、大切な思い出が詰まった『魔女の家』。
私は振り返って、『魔女の家』の方角へ向かって大声を上げた。
「今までありがとー! 行ってきまーす!」
吹き抜ける風が、私の涙をさらっていく。これで涙は最後にしよう。『厄災』ジョヴェディを倒すまでは。
元の姿勢に戻った私は、真っ直ぐと前を向く。ふと、グリムがこちらをわずかに見て、優しい顔をしたような気がした。
私は駆ける、私達は駆ける、森の中を。
——ちょうどその時、まさか『厄災』ジョヴェディと闘っている者たちがいることなど、私に知るすべはなかったのだ。
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お読み頂きありがとうございます。
これにて第一章完。引き続き第二章(全12話)までは隔日更新。第三章以降は第四部終了まで毎日更新に戻す予定です。
引き続きお楽しみ頂ければ幸いです、宜しくお願い致します。
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