崩れゆく歯車 08 —居場所—





 部屋から出てきた誠司さんとヘザー。ヘザーは空間に持ち込む軽食を作るために、キッチンへと向かった。


 ——最近の誠司さんとライラは、向こうで食事をとっている。こちらに来るのは、トイレに行く時ぐらいだ。


 ノクスさんの来訪を聞かされた誠司さんは、眠たそうな目をこすりながら席についた。


「どうした、ノクス。何かあったのかね」


「ああ。実は——」



 ノクスさんは語る。先程の話を。『厄災』ジョヴェディの出現、その強さ、そして彼の要求を。


 その話を誠司さんは黙って聞いていたが、一通り聞き終えた誠司さんの出した結論は、私の予想を裏切るものだった。



「——そうか、大変なことになったな。だが、すまない。私は力になれない」


 その言葉を聞いた私は、驚く。なんだかんだ言っても『厄災』はエリスさんの仇だ。その存在が人類に戦線布告じみたことをしたというのに——今までの誠司さんなら、絶対に放っておかなかったはずだ。


「……セイジ、お前——」


 ノクスさんが声を絞り出す。ノクスさんにとっても予想外の言葉だったのだろう。だが、誠司さんは目を瞑って、深く息をついた。


「なあ、ノクス。私は思い出したんだよ。エリスを失った時の気持ちを、想いを——」


 誠司さんは薄っすらと目を開け、視線を落として続ける。


「——あの時、私はこう思った。『世界なんてどうでもよかった。ただ、エリスを守れれば、それでよかったのに』ってね。激しく後悔したよ——」


 その誠司さんの言葉を聞いた私は、胸が締め付けられるような思いを感じる。


 ——私と一緒だ。


 経験した者と経験していない者の大きな差はあれど——私もこの人も、大切な人を守れさえすれば、世界なんてどうなったっていいのだ。でも——。


 誠司さんは続ける。


「——そして今、ライラと出会えて思い出した。私は同じ過ちは繰り返さない。今度こそ、家族との幸せな時間を大事にするんだ。例え、世界がどうなったとしてもね」


 過去の過ち。強い意志。誠司さんの返答を聞いたノクスさんは、深く息をついて——


「……そうか。わかった、悪かったな」


 ——そう言って、静かに立ち上がる。その顔に、苦しそうな表情を浮かべて。


 いや、待って。このままではいけない。世界あってこその私達なのだから。私は慌ててノクスさんを引き止める。


「ノクスさん、待って。今、私からもお願いしてみるから……」


「いや、いいんだリナちゃん。セイジにはあの時、大変な苦労をかけた。本来、俺たちの世界の事だ。俺たちがなんとかしなくちゃな」


「ノクスさん!」


 私の言葉を振り切り、静かに部屋を出て行くノクスさん。最後に彼の背中に、呻くような誠司さんの言葉がつぶやかれた。


「すまない、ノクス……」






 馬車の音が遠ざかっていく。私は茫然としながら、誠司さんに語りかけた。


「……本当にいいの? 誠司さん」


「……ああ。奴の望む『エリス』はいない訳だし、そもそも、理性ある『厄災』は私達では勝てない。この前のメルコレディを見て、そう思ったよ。なら、手を出さずにライラとの時間を過ごすことを、私は……選ぶ。君も変な考えは起こさないように」


「……本気で言ってるんだね」


「ああ」


 うつむく私と誠司さん。グリムは先程から静観している。その時、軽食を作り終えたヘザーが部屋に入ってきた。


「あら。ノクスさんはもうお帰りに?」


「ああ、帰ったよ。さあ、私達も帰ろう。ライラのところに」


「わかりました」


 誠司さんは立ち上がり、ヘザーを連れて空間へと——自分の居場所へと帰って行った。


 私の前から去っていく、私が家族と思っている人たち。置いてきぼりにされた私に、過去の私が笑いかける。




 ——ふふ。いなくなっちゃったね。私と、おんなじだ。



 苦しい。



 ——私は大切にされていないんだよ。殴られて、蹴られて、痛かったよね。



 うん。痛かった。苦しかった。



 ——私さえいなければよかったのに。産まれてこなければよかったのに。



 私はいらない子。



 ——そうだよ、私はいつも一人だったよね。家でも、学校でも。



 私の居場所はここにはない。




 ——どう、家族ごっこは楽しかった?




 そうだ。きっと、誠司さんにとっても、ライラにとっても、私はいない家族の代替品だったんだ。



 私は、私は——。







「——莉奈!」




 グリムの声で、私の意識は引き戻される。彼女は私の手を握ってくれていた。その手にポタポタと水滴が落ちる。私は——泣いていた。


「……グリム」


「大丈夫だ」


「……なにが?」


「キミがなんで泣いているのかはわからない。だが、大丈夫だ。私に任せろ」


「……わからないのに?」


「ああ、大丈夫だ。任せろ」


 そう言いながら私を抱きしめ、頭を撫でてくれるグリム。ずるいぞ。青髪じゃなければ勝ちヒロインなのに。


 私はグリムを優しく引き離して、涙を拭った。


「……ふふ、そっか。じゃあ、お願いしちゃおっかな」


「なにをだい?」


 グリムの問いに、私は私の想いを答える。


「……私ね……誠司さんやライラのいる、この世界を守りたいの。私は結局、家族にはなれなかったけど、この家族を守りたいの」


「ん? 君は充分、家族として馴染んでいると思うが」


「……うん。でもね、私はなんだかんだで他人なんだよ。だからこそ、誠司さんの『守りたいもの』の枠組みから外れて、私は動ける」


「どういうことだい?」


 グリムは聞き返すが、彼女もわかっているだろう。私の決意を。そして彼女なら、彼女の能力なら、安心して巻き込める。



 私はふざけた調子で、まだ涙の残っている笑顔で、グリムに尋ねてみる。



「ヘイ、グリム! 世界を守りたいから、ちょっと付き合ってくれない?」



 私の問いかけに、グリムは口角を上げながら答えてくれた。



「任せろ。キミの為なら、いくらでも知恵を絞ってやる」







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