『白い燕』待望論 02 —完全なる敗北—






 ジョヴェディの言葉とともに、周囲に魔力が満ち溢れていく。急ぎマルテディの元へと駆け寄るルネディとメルコレディ。


 メルコレディがマルテディを助け起こす中、ルネディは周囲を警戒した。


(……なに、この反応……魔力の波動を特定出来ない……)


 通常、魔法を唱える時は魔力が溢れ出す。そして、その方向ぐらいは分かるのだが——今は四方から魔力の波動を感じる。


 そして——


「——『轟く雷鳴の魔法』」


 ——崖の上のジョヴェディが、雷の最上級魔法を唱える。それと同時に、炎が、氷が、烈風が、ルネディ達を襲った。


 メルコレディが氷の盾を作る。マルテディが砂の防壁を展開する。


 雷が辺りにほとばしる、炎が氷の盾を溶かす、氷が周囲を凍てつかせる、烈風が砂を吹き飛ばす——。


 メルコレディとマルテディは、必死になって『最上級魔法』を防ぎ続ける。最上級魔法の、さらに最上級のレベルにまで熟練された威力。


『厄災』の力を丁寧に使えば防げるが——それでも隙間は出来てしまう。


「——『光弾の魔法』」


 間隙をぬって放たれる光弾。その光の一筋は、正確にルネディの胸を貫いた。


「ルネディ!」


 叫ぶメルコレディとマルテディ。ルネディはよろめきながらも、二人の前に立ち塞がった。


「……大丈夫よ、二人とも。でも、分が悪いわね……一旦、逃げましょう」


 ジョヴェディの力の秘密を突き止めない限り、勝ち目はないとルネディは悟った。少なくとも、月のない今は。


 ルネディ一人なら泥試合をするという選択肢もあるが、今は大切な仲間がいる。不死身に近しい身体とはいえ、傷つけばそれなりに痛みはあるのだ。


 ルネディの言葉に頷いたマルテディは、砂の巨像を作り上げる。


 みるみる内に大きくなった巨像の肩の上で一息つく三人。マルテディが安堵の声を漏らす。


「……もう大丈夫——」


「逃げるか、小童こわっぱども」


 背後からの声に驚いて振り向く三人。そこには、ルネディの首元に手を当てるジョヴェディの姿があった。


 そして、一瞬固まってしまった彼女に、ジョヴェディの魔法が放たれる。


「——『暗き刃の魔法』」


 放たれた、ルネディの魔法よりも遥かに強力な黒刃。それは、彼女の首を切断した。


 噴き上がるドス黒い血飛沫。地上へと落ちていくルネディの頭。


 メルコレディはすぐさまジョヴェディを氷漬けにし、マルテディはルネディの頭を巨像の手でつかみとる。


 ルネディが影で頭を形成し、氷塊を見ると——すでにジョヴェディの姿はそこにはなかった。


 ルネディは叫ぶ。


『マルティ! 急いでこの場を離れて!』


 ルネディの声を受け、駆け出す砂の巨像。完全なる敗北。忌まわしい『厄災』の力に頼れば、万が一にも負けはないと思っていた。


 悔しい——ルネディが歯噛はがみし、顔を歪めている時だった。今度は砂の巨像の頭の上から声がする。


「まったく、期待外れだ。やはり、エリスだ。お主らでは相手にならん」


 巨像の頭の上で胡座あぐらをかき、冷ややかに三人を見下ろすジョヴェディ。その彼に、強大な魔力が収束していく。パチパチと大気が震え出す。


 ルネディ達は一瞬にして、総毛立った。


「ルネディ! マルティ! 離さないで!!」


 メルコレディが二人の手をつかみとり、氷の道を作って猛スピードで地上へと滑り降りていく。


 滑りながら振り返った三人が見たものは——激しい爆発と共に、上半身が吹き飛ばされた砂の巨像の姿だった。


 メルコレディは二人をつかみ、滑り、全力で逃げてゆく——。


 その遠ざかっていく影を空から見ながら、ジョヴェディは「フン」と鼻を鳴らすのだった。









「——ここまでくれば大丈夫……かな」


 あれから二十分。ひたすらに逃げ続け、充分な距離を取ったと判断したメルコレディは息をつく。


 その場に座り込む三人。頭部を再生し終えたルネディが、ポツリと口を開いた。


「……二人とも、ごめんなさい。私の見通しが甘かったわ」


 サランディアの腐毒花焼却が『厄災』ジョヴェディによって邪魔されたという話は、様子を見にいかせたルネディの人影の力で耳に入った。


 彼の居場所を探るため、ルネディは月夜の晩、一瞬だけこの地全体を影で覆う。


 そうしてジョヴェディの居場所を見つけたわけなのだが、まさかあんな訳の分からない力を使うとは——ルネディは顔を歪ませた。


 そんなルネディに、マルテディは申し訳なさそうに謝った。


「ううん。ごめんね、ルネディ。私がもっと力を上手く使えれば……」


「いいえ。マルティ、怖かったでしょう? あなたのおかげで助かったわ」


「そんなこと……」


 がっくりとうな垂れるマルテディ。そんな彼女の両肩に、メルコレディは手を置いた。


「ルネディの言う通りだよ。元気出して。でも……なんなんだろうね、あの力……」


 確実にメルコレディの氷はジョヴェディを閉じ込めた。それでも彼は、瞬く間に消えてしまった。


 現象としては『空間転移魔法』が思い浮かぶが——その魔法は、入念な事前の準備と、超長文詠唱が必要だと記憶している。


 氷漬けにされて口も動かせない中でそんな芸当が出来るとは、とてもではないが考えられない。


「……ええ。あの力の謎を解かない限り、いくらやっても無駄でしょうね——」


 ルネディは先程までいた方向を睨み、つぶやいた。


「……見ていなさい……次こそ、負けないわ……」


 ふと、三人の胸に、莉奈の顔が思い浮かぶ。


 彼女がいたら、もしかしたら——。


 危険な相手に手を出して欲しくない気持ちと、彼女がいればなんとかしてくれそうな気持ちが混在する。


 そんな相反した想いが胸をよぎり、『厄災』達は複雑な感情をのぞかせるのであった——。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る