第三部 エピローグ

エピローグ ①





 渡り火竜襲撃から一夜明けた、その日の午後。


 202号室にて地図を眺めて相談し合う、各国の重鎮達の姿があった。


「うん、オッカトルは問題ないわ。瘴気が収まっているのなら、今動くしかないわね」


「ああ、サランディアも大丈夫だ。駄目でも俺が、無理矢理ねじ込んでやる」


「あのー。多分、ハウメアは動かないと思う……」


「うん。そうだね、ヒイアカ……」


「大丈夫よ。今回、あなた達を派遣してくれただけでも十分。それに、ブリクセン国から中央南部は遠いしね」


 オッカトル共和国の実質的な指導者セレス。サランディア王国の重鎮であるノクス。そして、ブリクセン国を治めるハウメアの側近、ヒイアカとナマカ。


 その会談も無事終わり、オッカトルとサランディアで残った腐毒花を早急に焼却することが決まった。『厄災』達がくれた、絶好の機会である。


 一通り話に区切りのついたノクスは深く息を吐き、背もたれに背を預けた。


「——それにしても驚いたな。まさか『厄災』達が力を貸してくれるなんて……」


「そうね。サランディアもルネディを警戒しなくてよくなりそうだし。それもこれも、全部リナのおかげね」


「……ああ。少なくとも、名目上はな——」


 セレスは口に手を当てて微笑む。真偽はどうあれ、ルネディはそう宣伝した。「『白い燕』にコテンパンにやられた」と。


 ノクスも一から十まで信じた訳ではないが——ルネディがそう言うのだ。莉奈が大きく絡んでいるのは間違いないのだろう。


「——ところで、その立役者のリナちゃんは大丈夫か。明け方まで戦っていたらしいじゃねえか」


「ええ。マッケマッケがさっき様子を見にいったんだけど、ぐっすり眠っているみたい。エ……ヘザーさんがついてるから、大丈夫よ」


「そうか……すまねえが、ゆっくり休ませてやってくれ。あと、セイジはどうした。まだ寝てるのか?」


 ノクスは友人を心配する。昨日は相当無茶したらしいが、大丈夫か。ライラの姿も朝だけしか見てないので、起きているのかもしれないが——。


「ああ、あの人……」


 セレスは頬に手を当て、ため息をつく。


「起きてるらしいけど、疲労で身体が動かせないんですって。心配だわ」


 その言葉を聞いたノクスが、ニヤリと笑い立ち上がった。


「そいつは面白え。どれ、いっちょからかいに行ってやるとするか」


「……程々にね」


 退室するノクスを、セレスは不安そうな眼差しで見送る。


 本当はセレスが看病してあげたいところだが、彼女にもやる事は多い。それに、誠司も弱っている姿を見られたくないだろうと自分に言い聞かせ、必死に我慢しているのだ。


(……ありがとね、本当に、ありがとね、セイジ……)


 セレスは感謝の祈りを捧げる。誠司の、莉奈の、皆の力でこの国は守られた。諦めていたはずの未来。


 セレスもまた立ち上がり、その訪れた未来に、新しい一歩を踏み出すのであった——。









「よう、セイジ。大丈夫か?」


「……やあ、ノクス。ご覧の通りだ」


 入室してきたノクスを、ベッドの上で迎える誠司。上げたその手は、プルプルと震えていた。


 ノクスはため息を吐き、ベッドの傍らでリンゴを剥いている女性を指差す。


「ったく、情けねえな。そこのお嬢ちゃんは元気そうなのに」


「ああ。私は元気だよ、ノクス。まあ、再生能力の賜物だけどね」


 グリムはリンゴを切り分け、皿に並べていく。その様子を見ながら、誠司はノクスに反論した。


「しょうがないだろう。私達先発組は、反動が来ているのだから」


「起き上がれないのはお前さんだけだぜ、セイジ。まあ、歳を取ったってことだ。お前も、俺も」


 そんな二人の会話を聞きながら、グリムは皿を膝の上に乗せて一人でリンゴを食べ始めた。思わず崩れ落ちる誠司。身体がピキッと痛む。


「うん、美味いな」


「……くっ……グリム君。流れ的に、私のためにリンゴを剥いてくれているのではなかったのかね……」


「甘えるな、誠司。これは、莉奈やクラリスが起きた時の練習だ。キミ達にも感謝はしているが、私はまず、彼女達に何かをしてあげたい。キミ達はその後だ。むしゃむしゃ」


 その言葉に、誠司は頬を緩め息を吐く。少しくらい分けてくれても……と思わなくもないが、莉奈とクラリス、代替のきかない二人が頑張ってくれて、さらには一番遅くまで戦っていたのだ。


 彼女達を想うグリムの気持ちに誠司は同調し、目を細める。


「おう、食べたいのか。なら俺が剥いてやるぜ」


 ノクスはそう言って、リンゴを一つ手に取る。


 彼は慣れた手つきでリンゴを切り始めると——瞬く間に、リンゴだった何かが皿に並べられていった。


「ほれ、食え」


「……ノクス。相変わらずなんだな。この状態は、剥いたとは言わん」


「ん? ああ。お前さんやミラには遠く及ばんよ。細かい作業は苦手だからな」


 ノクスはリンゴの芯を口の中に放り込み、噛み砕いて中の種を吐き出した。豪快である。


 誠司はリンゴのスライスを渋々かじりながら、二人に尋ねた。


「それでその二人は、目を覚ましたのかね」


「おう、どうやらまだ寝てるみたいだが……どうなんだグリム」


 その二人の問いかけに、グリムは目を瞑った。


「私の知識で診察した感じでは、二人とも問題はない。ただ、特に莉奈の方はゆっくり休ませてやってくれ。彼女に訪れる歌の反動は、きっとすさまじいぞ——」







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