白い燕の叙事詩 06 —戦い終えて朝焼けに—






 ライラは待つ。街の入り口で、大好きなお姉ちゃんが無事に帰ってくるのを。


 ライラは思ったよりも早く起きた——いや、起こされた。


 人一倍、疲労の溜まっていた誠司は、半ば意識を失うように眠りについたとのことだ。


 とは言え、多少の時間の違いはあれど、あの戦いに参加した者は今は泥のように眠っている。クラリスの歌の切れた彼らは勿論、駆けつけた者達も極度の疲労から睡魔に抗うことは叶わなかった。もう、明け方に近い時間なのだから。


 そんな中、参加者の中で一人だけ起きている者がいる。ライラの隣りに立って遠くを眺め続ける、ヘザーだ。


「ねえねえ、大丈夫かな、ヘザー。リナ、大丈夫かなあ……」


 ぴょんぴょんと飛び跳ね、地平を見続けるライラ。何度目になるかも分からないその質問に、ヘザーはライラの頭を撫でながら答える。


「ライラ、今は信じましょう。『厄災』達……ライラの大好きなメルという方も一緒らしいので、きっと大丈夫ですよ」


「うう……本当に大丈夫かなあ……」


 ライラは待つ。ヘザーは待つ。家族の帰りを。




 そして、東の空が白み始めた頃——。


「あ! アオカゲだ!」


 ライラの『遠くを見る魔法』によって強化された視界に、アオカゲの姿が映る。その背中に、人影を乗せて——。


「ヘザー! 私、行ってくる!」


「ちょっとライラ、待ちなさい!」


 二人はたまらずに駆け出した。


(……リナ、リナ、リナ!)


 ライラは走る。


 昨日の戦いのあらましは、大体聞いた。莉奈の活躍のことも。そして、莉奈が女王竜を引き連れ、腐毒花を焼こうとしていることも。


(……リナ……生きてる……よね……?)


 ふと、よくない想像をしてしまい、ライラの膝から力が抜け、つんのめってしまう。


 ライラはすぐに体勢を立て直し、駆ける、駆ける、駆ける——。



 ライラの視界によろよろと歩くアオカゲと、その後ろをついて来ている人達の姿が映った。見知った顔がある。メルコレディだ。


「アオカゲーッ! メルーッ!」


 ライラは叫ぶ、力の限り。



 そしてライラは、息を切らしながらアオカゲの元にたどり着いた。


「アオカゲ! メル! リナは? ねえ、リナは!?」


「ブル……」


 ライラの姿を見たアオカゲは安心したのか、立ち止まって脚を休める。


 ライラが背中にくくり付けられている人の顔を覗き込むと——そこには顔色を悪くし、苦しそうに息をしている莉奈の姿があった。


「……リナ!」


「……ライラちゃん……リナちゃんね、とっても疲れているみたいなの……」


 メルコレディの言葉を聞いたライラは涙を流しながら頷き、すぐさま詠唱を始めた。


「——『傷を癒す魔法』!——『痛みを和らげる魔法』!——『傷を癒す魔法』!……」


 疲労に効果があるか分からないが、ライラは必死に回復魔法を連呼する。私には、これしか出来ない——。



 ——朝焼けにライラの詠唱がこだまする。



 その甲斐あってか、莉奈の表情は少しずつだが穏やかになっていった。


 アオカゲにも魔法の効果が波及したようだ。彼も最後の力を振り絞って街の方へと歩み始めた——。


 ライラとメルコレディが、アオカゲに付き添って歩く。


 それを見送るルネディとマルテディの元に、遅れてやってきたヘザーが頭を下げた。


「皆様、ありがとうございます」


「あら。あなたは確か……私と戦った時にいた人ね」


「ヘザーと申します。その節は、大変失礼しました」


 再び頭を下げるヘザー。その名前を聞いたルネディの顔色が、変わる。


「そう……あなたが、あの女……なのね」


「……!……どうしてそれを……」


 ルネディはカルデネから聞いていた。自分を滅ぼしたエリスの顛末を。ルネディは微笑み、話をはぐらかす。


「ふふ。あの娘がライラなのね。いい娘に育っているじゃない。大切にしてあげなさい」


「……ありがとうございます。あの、皆さんも宜しければ街に……」


 その誘いに、『厄災』の二人は首を横に振った。


「いいのよ、気を遣わなくても。メルが戻り次第、私達は行くわ」


「うん、ごめんなさい。私達にはやることがあるから……」


「それは……一体……」


 ルネディは語る。腐毒花を氷漬けにして回ることを。黙っていたかったが、誰かには知らせないと彼女達のやることは無駄になってしまうから。


 一通り話を聞いたヘザーは、ルネディから地図を受け取って二人に強く頷いた。


「わかりました。幸い今この国には、それぞれの国の権力を持つ方々が集まっています。必ず、お伝えしておきますので」


「そ。助かるわ、よろしくね。それにしてもあなた、そんな喋り方をする人だったかしら?」


 そのルネディの言葉に、ヘザーは目を伏せた。


「……私が感じた通りに喋ると、セイジは昔を思い出してしまうみたいなんです。その苦しそうな顔を見るのが嫌で……」


「あら。今は私達しかいないじゃない」


「……うん、それもそっか。あの時はごめんね、ルネディ、マルテディ——」


 ヘザーは伸びをし、大きく息を吐いた。ヘザーの持つ、エリスの部分。その彼女の変わりように、二人とも驚く。


「——私は覚えていないんだけど、あの時はああするしかなかったんだと思う。ごめんね、辛かったよね、苦しかったよね……」


「ふふ。いいのよ。あなた達は当たり前のことをしただけ。それに、今、こうして理性を取り戻せてマルティやメルと会えたのは、そのおかげかもしれないから」


「……そう言ってくれて、ありがとう。ねえ、今度家に遊びに来なよ。リナもライラも、喜ぶと思うよ?」


 ヘザーの誘いに、微笑んで顔を見合わせる二人。遠くから、メルコレディが氷の道を滑って戻ってくるのが見える。


「そうね。全てが終わったら、考えといてあげるわ。あの男、私と握手をしたがっていたもの」


「ルネディ……相変わらず素直じゃないね」


 マルテディの頬っぺたをルネディがむいーっと引っ張る。その様子を見たヘザーは楽しそうに笑った。


「うん、いつでもいらっしゃい。それで、私とは握手してくれるのかな?」


「うふふ、いいわよ」


 ヘザーと『厄災』二人は握手を交わした。そのタイミングで、メルコレディも到着する。


「ライラちゃん達とアオカゲ、ちゃんと街まで送り届けたよ!」


「お疲れ様、メル。じゃあ、ヘザー……ううん、エリス。私達もそろそろ行くわ」


「うん。セイジを、みんなを、そしてリナを助けてくれて……本当にありがと。気をつけてね……」





 ——『厄災』達は去っていく。その身に朝日を受けながら。



 その去りゆく三人の後ろ姿を、ヘザーは視界から消えるまで見送るのであった——。




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