白い燕の叙事詩 05 —リョウカ—










 クラリスは薄れていく意識を何とか繋ぎ止めながら、その光景を目に焼きつけた。


 女王竜を封じ込める影。相対する砂の巨像。その肩に抱える大きな氷柱。


 過去、この地に住まう者を脅やかした『厄災』——それが今、人類の脅威に対し立ちはだかっている。


 そして——。


 投げられた氷柱が、女王竜を貫く。その貫いた先から、白い光をまとった人物が飛び出してきた。


 ——『白い燕』だ。


 最期の叫び声を上げ、ゆっくりと崩れ落ちる女王竜。


 クラリスは歌を止め、興奮した様子でアオカゲに語りかける。


「見ましたか、アオカゲ! ああ、何ということでしょう!『白い燕』が……あなたのご主人が、女王竜を討ち倒しましたよ!」


「ブルッ!」


 アオカゲは目を細めて、その場をゆっくりと回りながら空を見つめる。


「これは……素晴らしい歌を……かかなくては、いけませんね……」


 そう言いながら、ここまで冒険者たちの為に全力で歌い続けてきた彼女はその役目を終え、アオカゲの背中に倒れ込んだ。


『歌姫』クラリス——この一連の火竜戦における、最大の功労者。


 その意識を失った彼女を、アオカゲは落とさないように気を遣いながら、莉奈達の方へと向かってゆっくりと歩き出すのであった——。









「お疲れえー……」


 莉奈がフラフラとしながら、今は力を解除して地面に集まっている『厄災』達の元へと降り立つ。そんな莉奈に対し、『義足の剣士』が頭を下げた。


『——ありがとう、莉奈。君のおかげで、無事、女王竜を倒せたよ』


「……はは。なんで私がとどめを刺した感じになっちゃってるわけ……?」


『——君と彼女達が協力する絵面を『歌姫』に見せることで、彼女達はこの地で過ごしやすくなるだろう。敵の敵は味方、ではなく、しっかりと私達と手を取り合った姿を見せたかったんだ。まあ、また君は英雄視されてしまうだろうけどね』


「……くっ、なるほど。まあ、みんなの為になるなら……いっか」


『義足の剣士』の思惑を知り、渋々了承する莉奈。確かにクラリスは、あの光景を見ていたことだろう。


 一方『厄災』達は、事前に「女王竜のとどめは莉奈がやった様に見えるようにしたい。莉奈のために」と聞かされていたので驚いている。まさか、自分達の為だったとは——。


「……それで『義足の剣士』さん」


『——なんだい?』


「力になってくれて、ありがとうございました。最後に名前くらい、教えてもらえますか? 呼びづらくって……」


 その問いかけを聞いた『義足の剣士』は、仮面ごしにフッと笑った——ように、莉奈は感じた。


『——名乗るほどの名は持ち合わせてないよ。私は『私』だ。世界の味方の、ただの路傍の石だよ』


「……はあ……それすらも教えてくれないんですね……」


 力なくその場に座り込む莉奈。いよいよ、クラリスの歌切れだ。


 通常、余韻のある間は効果があるものだが——歌が止まった途端、これだ。それだけ莉奈は頑張った。数日は動けないかもしれない。


「リナちゃん……大丈夫……?」


「……メル……ありがとう。ゆっくり話したかったけど、もう限界みたい。絶対今度、ゆっくりお話ししようね」


「リナ……」


「リナさん……」


 ルネディとマルテディも、心配して莉奈の顔を覗き込む。莉奈は全員を、ゆっくりと見回した。


「……ルネディも、マルティも……みんな、ありがとね。みんながいたから、上手くいった。今度、絶対、絶対に、お茶しようねえ……」


 そう言い終わって、莉奈は意識を手放し地面に倒れ込んだ。『厄災』達は慌てて莉奈の様子を窺うが——大丈夫、息はしているようだ。


 ルネディは息を吐き、リョウカに向き直る。


「名前……ね。あなたの本当の名前を知ったら、彼女、どんな反応するのかしら」


『——さあね。ま、彼女が私の名前を知ることが無いよう、せいぜい祈るよ』


「……難儀なものね」




 遠くに背中に人を乗せた馬が歩いてくるのが見える。アオカゲだ。『義足の剣士』は、『厄災』達に別れの言葉を告げる。


『——さあ、彼に任せたら、私はおいとますることにする。君達はこの後、どうするんだい?』


 その言葉に『厄災』三人は頷きあった。


「そうね。リナを送り届けたら……私達ね、残った腐毒花を氷漬けにして回ることにしたの。そうすれば瘴気も収まるから、人達の手で処理しやすくなるでしょ?」


『——それは助かるな……でも、危険だぞ? 腐毒花の瘴気は、君達にも効果があるのだから』


「ふふ。私が止めても、マルティもメルも頑張っちゃうんでしょ?」


 ルネディは二人に微笑む。マルテディはモジモジしながら、彼女に答えた。


「うん。罪滅ぼしがしたいから……」


「そうだよね。もし、わたし達が操られているんだとしたら、その前に何か役に立たなきゃ!」


 フンスと気合いを入れるメルコレディ。その彼女の頭を、リョウカは優しく撫でた。


『——その心配はしなくていいよ。少なくとも、しばらくの間は』


 メルコレディは顔を赤らめながらリョウカを見つめ、コクリと頷いた。




 馬の鳴き声が聞こえる。アオカゲがクラリスを背負って近づいてきた。リョウカはアオカゲを手を広げて出迎える。


 アオカゲは一瞬立ち止まったが——すぐにリョウカに顔をすり寄せてきた。リョウカはそれを受け止め、アオカゲの首を撫でる——。



 リョウカは地面に横たわっている莉奈を担ぎ上げた。フャイヤーマンズキャリーという担ぎ方だ。


 そしてクラリスと莉奈の二人を落ちないように縛り付け終えて、アオカゲに優しく語りかけた。


『——では、君も疲れているだろうがアオカゲ、二人を街までよろしく頼んだよ』


「ヒヒーン……」


 名残惜しそうに去っていくアオカゲ。『厄災』達も後を追おうと歩き出す。その後ろ姿を、リョウカは見送った。


「じゃあねー、また!」


 メルコレディが元気に叫ぶ。その三人に手を振って——リョウカの姿は瞬く間に消えてしまった。


『厄災』達は話しながら歩く。『義足の剣士』、そして莉奈のことを。


 久しぶりに、本当に久しぶりに理性のある状態で再会することが叶った。


 三人は二人に、深い、深い感謝を捧げるのであった——。





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