『0%』 09 —赤く燃える、その空には—
ケルワンの街を、半円状の影が包み込んでいる。
それはこの街だけに収まらず、この国の街も、村も、避難所も全ての大地が影に覆われ、人影が無数に出現していた。
大水海の障壁内に避難している誠司達は這い出して、その光景を茫然と眺める。
その場の誰もが口を開けない中、何者の仕業かをいち早く理解した誠司が呻き声を上げた。
「ルネディ……どうして……」
その言葉を受けてかどうかは分からないが、人影はオッカトル全土に言葉を伝えた。
『ンーンー。よく聞きなさい、人達よ。私達『厄災』、ルネディとマルテディ、メルコレディの三人は、あの『白い燕』にコテンパンにされたの。それで、「許して下さい」って泣いてお願いをしたら、彼女はこう言ったわ。「あなた達、みんなを助けなさい」って。だから助けてあげる』
——いや、嘘であろう。何が目的か分からないが、多分、楽しんで言っているだけだ。
誠司はそういう印象——まさに、正しい印象——を抱いた訳だが、なんか周りは「おー」とか言ってしまっている。
それは、各地でも同じだった。
ケルワン方面の空が段々と赤くなっていく様子は、通信を通して皆に伝わっていた。その、人々に
絶望の中の希望——。
人々は『白い燕』に、惜しみない拍手を送る。
そして、誠司の近くの人影が振り向き、彼に声をかける。
『ごきげんよう、セイジ。喜びなさい。私達があなた達を、守ってあげる』
「……信じて……いいのかね」
誠司の言葉に、人影は肩をすくめた。
『……相変わらずね。今もこうして、守ってあげているじゃない』
ケルワンの街を守っている影は、火竜達の攻撃を寄せ付けない。炎も、爪も、体当たりも——。
「……感謝する」
絞り出した誠司の言葉に、人影は満足そうに頷いた。
『さあ、あなた達。援軍を送ったから、それまで一匹たりとも逃がさない様に。それまで私は、街を守る影に力を注ぎ込むわ』
そうは言っても、決して小さくはない街をすっぽりと包み込む影だ。隣に立つセレスが不安そうに尋ねる。
「本当に……街は、大丈夫なのね?」
『あら。あなた達……特にセイジ、忘れたのかしら? 空を見上げてごらんなさい——』
言われるまま、その場にいる全員が空を見上げる。赤く燃えるその空には——美しい『満月』が浮かび上がっていた。
『——満月の夜の私は、無敵よ』
†
一通りの状況を把握したグリムは、深く息を吐く。
莉奈は言っていた。こうなる可能性を。『厄災』達が来てくれる可能性を。
——『0%』を覆す、唯一の可能性——『厄災』の到来。
おかげで、『完全勝利』の条件である『ケルワン防衛』は達成されたであろう。『0%』が一気に『100%』に傾いた。
だが、ここで手を緩めてはいけない。グリムは叫ぶ。
「——動ける者は動け! 火竜を一匹たりとも逃がすな! 最後の踏ん張りどころだ!!」
その通信を聞いた誠司は、刀を杖にして何とか立ち上がった。セレスが心配そうに尋ねる。
「大丈夫なの、あなた……」
「ああ。莉奈が、皆が頑張っているんだ。私だけいつまでも休んでいる訳にはいかないだろう」
口角を上げ不敵に笑う誠司。その眼鏡の奥の瞳は、輝きを取り戻していた。
マッケマッケが疲労回復薬を配る。ボッズが斧を抱える。ヒイアカとナマカが魔力回復薬を飲み干す。
セレスは涙ぐみながら、皆に感謝を伝えた。
「……ありがとう、みんな。私達の国のために……」
「なあに、君達の国だけの問題ではないしな。それに、礼を言うのはまだ早い——」
誠司が刀を携える。
「——皆、死ぬなよ? ここまで来たら、目指そうじゃないか。『完全勝利』ってやつをね」
街の外壁の上。
レザリアは隣の人影に話しかけた。
「ルネディ……来てくれたのですね」
その人影は、クスッと笑う素振りを見せてレザリアに答える。
『ええ。カルデネが教えてくれたから。マルティがこの国にいるって』
そう。ルネディはその話を聞き、カルデネとレザリアを見送った後、オッカトルに向け旅立ったのだ。
といっても土地勘のない場所への移動に、少し時間はかかってしまったが——。
そして砂漠を見つけ、マルテディと再会したのがさっきのこと。そのマルテディから話を聞き、恩人である莉奈のために一肌脱いだという訳だ。
「……ありがとうございます、ルネディ。それで、あの、一つお願いが……」
『なあに?』
レザリアの言葉に首を傾げるルネディ。レザリアは、目前の影の壁を指差した。
「穴を開けては頂けないでしょうか。狙撃が出来るように」
『あら、ごめんなさいね……これでいいかしら』
ルネディが言い終わると同時に、壁に五メートル四方の穴が開いた。それを見たレザリアは、人影に頷く。
「助かります。さあ、エンダー。火竜の『逆鱗』狙いに切り替えます。出来るだけこちらに注意を引きつけます
「ああ、任せるよ……どうだい、全部終わったら、食事でも」
「ふふ。ええ、リナの素晴らしさ、とくと! 聞かせてあげますので」
そして二人は、火竜達に向け射撃を再開するのだった。
「ふぅんっ!!」
ノクスの大剣が、また一匹の火竜の命を両断した。
一撃必殺の剣。
この土壇場において、ノクスの活躍は目覚ましいものがあった。さすがは王国一の剣士と謳われるだけのことはある。
そのノクスの元に、グリムが駆け寄ってきた。
「ノクス、気づいているか」
「ああ。奴ら……この場から逃げようとしているな」
影の壁への攻撃が意味がないと悟ったのか、遠くに飛びたとうとする火竜が見受けられる。
機転を利かせたビオラとカルデネが、その火竜に飛び寄って魔法で落としているから、今は何とかなっているが——。
「ノクス、逆鱗を傷つけて回るぞ。私が囮になる」
「あっ、おいっ!」
ノクスの静止を無視して、グリムは近くの火竜に突っ込んでいく。
そして火竜の炎を、その身で引きつけた。
グリムがぴょっこり炎の中から顔を出して、ノクスに叫ぶ。
「今だ、やれ!」
「……マジかよ」
呆気に取られるノクスだったが、次の瞬間には火竜の逆鱗を——首ごと斬り落とした。
身体を再生したグリムが、呆れてつぶやく。
「……私は『逆鱗を傷つけて回る』と言ったはずだが?」
「ん? ああ、悪い。逆鱗は首についてるだろ。だから、さ」
そう、この男にとっては、逆鱗を傷つけるという事は首を斬り落とすことと同じ意味なのだ。ノクスの大剣の一振りの前では、等しく平等である。
「馬鹿力め……」
「おう、よく言われるぜ」
髭面を
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