『0%』 08 —最終防衛線—






 白い光を追うクラリスは、歌を届けながら疑問に思う。


 莉奈との回線は、歌を届ける都合上開きっぱなしだ。聞こえてくる会話から察するに、『義足の剣士』と合流出来たらしい。


 でも聞いた話だと、『厄災』マルテディとも共闘するということだったが——どこに向かっているというのだ。


 一旦歌を止め、喉を潤したクラリスはアオカゲの首をそっと撫でる。


「リナのため、頑張ってくださいね」


「ブルッ!」


 アオカゲは返事をし、速度を上げる。不思議だ。クラリスの歌は、知能が一定以上——言葉の意味が理解出来る程度の知能を持っていないと効果が出ないはずだ。


 しかしこの馬は、歌の恩恵を受けているように感じられる。


「あなた、もしかして言葉がわかるんですか?」


「…………」


 アオカゲはその言葉に返事をすることなく、黙々と白い光を追い続ける。


 クラリスは歌を再開しながら、『白い燕』のために駆け続けるアオカゲの英雄譚も考えるのであった。










「じゃあ、しっかり捕まっててね。いくわよ」


「……うん」


 カルデネはぎゅっとビオラにしがみつく。言の葉を紡ぎ終えていたビオラは、カルデネを抱きしめその魔法を唱えた。


「——『空を飛ぶ魔法』!」


 ビオラの周りに漂っていた魔力が、彼女の身体へと収束していく。そして二人は、浮き上がった。


(……うん、これならいけるわ!)


 カルデネはヒイアカに『身を軽くする魔法』を掛けてもらっていた。この軽さなら、ビオラの力でも彼女を抱えて飛んでいける。


 カルデネは眼下に広がる景色を見て感嘆する。


(……これが……リナの見てる景色なんだ……)


 不思議と、高所による怖さは感じない。妖精王から渡された魔法の腕輪の効果だろう。ありがたい。


 妖精王とルネディに感謝しつつ、カルデネは言の葉を紡ぎ始める——。





 ライラの張った結界は、強力だった。


 女王竜の絶望の火炎にも一枚で耐え、今、火竜達の総攻撃を受けながらも、三十分以上耐えてみせたのだ。


 しかしそれにも、終わりの時が訪れる。



 ——パリン……



 火竜達の炎を受け、虚しく音を立てて割れる結界。


 それは果たして歓喜の歌なのだろうか、火竜達が一斉に鳴き声を上げ始めた。


(……頼むぞ)


 グリムは祈るように空を見つめる。そして、火竜達の一番固まっているところに飛来した彼女は、魔法を唱えた。


「——『深き眠りに誘う魔法』!」


 空中に広がっていくピンク色の霧。それに巻き込まれた数匹の火竜は、地面に落ちていく。


 魔法抵抗力の高い火竜達を昏睡させることは無理だろう。


 しかしこうして、一瞬意識を奪うことぐらいなら出来るはずだ。


 カルデネは魔力回復薬を飲み干し、次の詠唱に取り掛かる。その様子を見たビオラは、自身も魔力回復薬を飲みながら先程のやり取りを思い出す——。





「ビオラ。これをつけて、カルデネを運んでくれ」


 そう言って、グリムはビオラに腕輪を手渡した。


「これは、なあに?」


 ビオラは首を傾げる。その時、ヒイアカに魔法を掛けてもらっているカルデネの顔色が変わった。


「これは……あの男の……」


「すまねえな、カルデネ。思い出させる様な真似しちまって……」



 そう、この腕輪はサランディアでの人身売買事件の時、主犯格の男がいつも身につけていた『深き眠りに誘う魔法』を無力化する装飾品。カルデネの逃亡を許さなかった魔道具だ。


 その押収した物を、何かの役に立つかとノクスは持ち歩いていた訳だが——。



 カルデネは、それを見て強く頷いた。


「ありがとうございます、ノクス様。『どんな力も、結局は使い様』だと、ある方が仰っておりました。私の事は気になさらず、その道具、役に立てましょう」


「だからこれは、なあに?」




 ————。




『深き眠りに誘う魔法』の存在は知っている。その効力も。しかしその範囲内にいても、ビオラには全く影響がなかった。


 ビオラは自身につけている腕輪をチラリと見て、火竜達に向き直る。


「さあ、次! 準備はいいかしら!?」


「——『深き眠りに誘う魔法』!」









 空を飛ぶ火竜は、一時的に数を減らす。


 しかし、全てを落とせている訳ではない。隙を見て街へと飛来する火竜達も少なくない。


 その、最後の防衛線、エンダーとレザリアは——なんだか仲良くなっていた。


「だから! 私がいない時は! 無茶しないって! 言ってたのにぃ!」


「……大変なんだね——『光弾の魔法』……でも彼女は——『光弾の魔法』……素晴らしい動きを——『光弾の魔法』……見せていたよ——『光弾の魔法』」


 息の合ったレザリアの照準とエンダーの火力で、火竜達を押し返す、押し返す、押し返す——。





 ノクスが駆け回る。グリムが駆け回る。ヘザーが駆け回る。


 結界が破られた今、落ちた火竜達を何としてでも引きつけなければならない。


 ノクスが斬る。グリムが引きつける。ヘザーが撃つ。


 ジュリアマリアはヘザーがバッグから取り出す閃光玉を投げつけ、火竜達の目を眩ませていた。


「くらえっ、くらえっ、くらえっ!」


 ——弾ける光。怯む火竜。


 そこにスナイパーライフルらしきものを構えたヘザーが、銃を撃つ。


「あの、ヘザーさん」


「なんでしょう、ジュリアマリアさん」


「……さっきから当たっていない気が……」


 ヘザーはため息をつき、スナイパーライフルをバッグにしまい、大筒を取り出した。


「私は苦手なんですよ、細かく照準を合わせるのが。だから私にはこういった物の方が……よっと!」


 大筒に込められ、反動をものともせずに撃ち出される大きな魔法の弾。それは火竜に当たり、爆発四散した。


「……!」


 その音に驚き、耳を塞ぐジュリアマリア。落ちる火竜に駆け向かったヘザーは、火竜の逆鱗を——


 ——拳で貫いた。


「…………ッ……!」


 声にならない声を上げて絶命する火竜。ジュリアマリアは呆気に取られる。


 そんな彼女に、返り血で身を赤く染めたヘザーが涼やかな笑顔で語りかけた。


「さあ、次に行きましょうか」










 ——彼女達は頑張った。燃えさかる大地の中、各々が出来るだけのことをやった。


 しかし、落としてはすぐ意識を取り戻し飛び立つ火竜達。光弾が翼膜を傷つけても、怯まず飛び立つ火竜達。


 数こそ少しずつは減らせているものの、未だに二十頭近い火竜達がいる。



 そしてついに——防衛線が突破された。



「……!!」


 嘲笑うかの様にレザリアの上空を通り過ぎる火竜。レザリアは歯噛みして、慌てて照準をそちらに向けるが——。


「……くっ!」


 火竜は光弾をかわし、炎を吐くために息を吸い込む。


(……間に合わない!)


 レザリアの顔が、エンダーの顔が苦痛に歪む——。




 だが、その時。誰もが諦めかけた、その時。


 莉奈やグリムが待ち望んでいた『その時』がついに訪れる。



 それは予兆もなく訪れた異変。



 月明かりに照らされた大地に影がさす。



 闇のとばりが嘲笑う。



 くすんだ炎の赤だけが視界を照らす。




 このケルワン一帯——いや、オッカトル国領全ての大地を、一瞬にして『影』が覆った。


 街に向かって吐かれる火竜のブレス。


 だがその炎は、突如街を包み込む様に現れた影の壁によって防がれた。



 街全体が影の壁に包まれる——。



 目の前の光景に、言葉を失くす一同。


 そしてその影に覆われた大地から無数の人の形をした影が次々と生え、その人影から声が響いた。




『ふふ。随分と大変なことになっているじゃない。力を貸してあげるわ』




 ——そう、『厄災』はいつだって、突然やってくる。





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