『0%』 07 —タイムリミット—





 兆候はあった。クラリスの歌は、しばらく前から聴こえなくなっていた。莉奈を追い、通信魔法の範囲外に出たのだろう。


 それでもしばらくは、疲労を感じつつも余韻で戦えてはいた。


 だが、その効果が今、完全に切れてしまった。


 戦闘が始まってから三時間ほど、彼らはほぼ全力で動き続けてきたのだ。近接戦闘を行なっていた誠司とボッズは、特に激しく。


 もはや疲労回復薬が効かない程の疲れ。ノクスは誠司とボッズに肩を貸し、障壁の方へと連れ戻ろうとする。


 しかし、こちらに注意を払っている火竜がいる。その火竜は弱った獲物を見つけ襲いかかろうと——


 ——ドスッ


 ——何かが火竜を撃った。たまらずに上空へと退避する火竜。


 ノクスはその隙に、二人の男を引きずって障壁へと向かうのであった。










「次です」


「——『光弾の魔法』」


 エンダーの光弾が、上空に浮かび上がった火竜を撃つ。その光弾は、再び火竜の身体に突き刺さった。


「ヒュー、やるねえ」


「口を閉じなさい。あなたはただ、魔法だけを唱えていればいいんです」


 杖を構え魔法を詠唱するエンダー。その彼の前には、エンダーに背を向けて立ち、魔法の杖を肩に乗せて照準を定めるレザリアの姿があった。


 レザリアの弓では火竜にダメージを与えられない。エンダーのコントロールでは火竜に当たらない。


 なら、簡単だ。エンダーの火力を、狙撃の名手、レザリアがコントロールしてやればいいだけの話だ。


「次です」


「——『光弾の魔法』」


 慣れていないとはいえ、レザリアの才覚を持ってすればこんな状況でも火竜程度に当てるのは容易たやすい。


 彼らは火竜達に的確にダメージを重ねていく。


「次です」


「——『光弾の魔法』」









「皆さん、大丈夫っすか!?」


 障壁の中に飛び込んだジュリアマリアが見たものは、ぐったりと座り込んだ皆に疲労回復薬を飲ませるビオラの姿であった。


 ——『元気の前借り』。クラリスから享受した、絶大なる力の代償。


「……ええ、ついにきたわね……」


 セレスが足を震わせながら、なんとか立ち上がる。


 ジュリアマリアは途中で前線から離れたため、疲労回復薬が間に合う程度の疲れしか感じてないが——それでも自身の身体が重くなっているのを感じていた。


 ジュリアマリアですらそうなのだ。ずっと前線を駆け回り続けていた彼女達の感じている疲労は、計り知れないだろう。


 遅れて、誠司達を連れたノクスが入ってくる。


「……ハァッ……ハァッ……!」


 特に、誠司の疲労が半端ない。喘鳴ぜんめいの混じった呼吸音。元から年齢のせいで体力の少ない彼が、一番戦場を激しく駆け回っていたのだ。無理もない。


 ノクスは誠司を地面に寝かせた。そしてジュリアマリアを横目で見ながら、皆に尋ねる。


「そこの嬢ちゃんから簡単に話は聞いた。今動ける者は、どれだけいる?」


「アタシは動けるわ。さっき来たばかりだから」


「ウチも充分休ませてもらったんで、動けるっすよ」


 ビオラが立ち上がる。ジュリアマリアが手を上げる。


 だが、他の面々は顔を歪める。口を開きかけては、閉じる。


 皆、理解していた。ここで虚勢を張ったとしても、ただ足手まといになってしまうことを。


「……そうか。なら俺たちだけで何とかするしかねえな」


「——まあ、待て、ノクス。私達もいるぞ」


 ノクスが覚悟を決めた時、障壁の外から声が聞こえてきた。ノクスが振り返ると、見覚えのある青髪の女性が入ってきた。


「お前さんは確か……グリム」


「やあ、久しぶりだね、ノクス」


 ノクスに手を上げて挨拶をするグリム。そして彼女は、座り込む面々を見渡した。


「——皆、ありがとう。皆のおかげで『0%』を確定させずにここまでこれた。おかげで『完全勝利』の可能性はまだ残されている。ここからは私達に任せてくれ。君達はここで、私達の応援をよろしく頼む」




 グリムは続けて入ってきたヘザーとカルデネを軽く皆に紹介し、水の障壁を配ってもらう。そして動けない者は防衛に徹するように指示をし、表に出た。


「さて、一枚目の耐久度から計算するに、二枚目の結界はそろそろ破られてしまうだろう。急ぐぞ」


 グリムの言葉に頷く、ノクス、ジュリアマリア、ビオラ、ヘザーにカルデネ。


 そんな中、ノクスがグリムに話しかけた。


「なあ、グリム。カルデネがいるんだったら、コレ、何かに使えねえか?」


 グリムはノクスから差し出されたある物を受け取り、説明を受ける。それを聞いたグリムは「ほう」と口角を上げた。


「よし、カルデネ」


「なに?」


 突然名指しを受けたカルデネは、唾を飲み込む。


「どこまで効くかわからないが、やってみよう。ヒイアカに、魔法をかけてもらってくれ」












 女王竜を引き連れた私は、一旦の目的地である砂の城の上空に差し掛かる。


 そして私は——その上空を通り過ぎた。これでいいのかな?


 その時、私の頭に男の声が響いた。


『——お疲れ様。頑張ったね、莉奈』


「ちょっとお!? どこにいるんですかあ?」


『——大声出さなくても、君が声を出してくれれば私の耳には届くよ』


 はあ、なんなんだ、この人。


「だからあ! どこにいるんですかあ!?」


『——はは。私は今、女王竜の背中に乗っている。みえないかな?』


 マジか。私は目を閉じ、意識を集中させる——ああ、いた。確かにいる。女王竜に乗っているあの人の姿が。っていうか何で私、視える様になってるのよ。


 その時、『義足の剣士』さんに向かって一匹の火竜が炎を吐き出した。私は思わず叫ぶ。


「危ないっ!」


 しかし彼は、次の瞬間にはその火竜の背中に移っていたのだった。


『——ご心配には及ばないよ『白い燕』。私は見える範囲なら、どこまでも『届く』からね』



 ——間違いない。この人は『転移者』だ。そして、恐らくは彼の言う通り『届く』能力を持っている——。



「……ふう。なんなんですか、あなたは一体」


『——まあまあ。君のリクエスト通り、しばらくは遊覧飛行と洒落しゃれ込もうじゃないか』


「わかりました、高度を落とします。でも……あっちは大丈夫そうなんですか?」


 彼の意識は遠くまで届くと言っていた。みんなが心配だ。彼はしばらく黙った後、私に告げる。


『——正直、厳しいと言わざるを得ないね。だが、あと少しだ』


「……信じますよ?」


 私達は空を進む。私は暗くなりゆく夜に備え、『灯火ともしびの魔法』をさらに身体に貼り付けるのであった——。





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