『0%』 10 —死闘の果てに—
誠司達は最後の力を振り絞って動き続ける。
無理に討伐は狙わず、注意を引きつけることが目的だ。
なぜなら火竜数匹でも逃せば、この地方に甚大な被害をもたらしてしまうだろうから——。
「——『大水海の障壁魔法』!」
幾度目になるかもわからないナマカの障壁が、誠司達を守る。その隙に、セレスの銃弾が火竜の逆鱗を貫く。
「グォアアァァッッ!」
光魔法の力が込められた銃弾は、とうに撃ち尽くしていた。しかし、逆鱗を傷つけるだけなら訳がない。
迫り来る火竜に向けて飛ぶ、ヒイアカの『閃光の魔法』。
一瞬、意識を逸らす火竜の前にボッズが飛び出して攻撃を加え、火竜の意識を自分に向ける。
「さあ、こっちに来い、トカゲども!」
火竜の数は残り十数匹。このままならいけるはず、だが——誠司は空を睨みつぶやいた。
「……不味いな」
「——『深き眠りに誘う魔法』!」
また一匹の火竜を落とし、カルデネは魔力回復薬を飲み干す。持てるだけ持ってきたが、もう、ストックがない。補充しに戻る必要がある。
「ビオラ、隙を見て補充に戻りたい!」
「待って。あの火竜、あっちに飛び立とうとしているわ!」
カルデネはビオラの声を聞き、顔を歪ませながら詠唱を始める。キリがない。魔法は効果はあるが、奴らは落としてもすぐに目覚めて飛び立ってしまう。
火竜達の魔法抵抗力を恨めしく思いながら、カルデネは最後の魔法を唱えるのであった。
「——『深き眠りに誘う魔法』!」
ビオラとカルデネが戻ってくる。恐らく、魔力回復薬が尽きたのであろう。誠司はすぐに補給の準備をする。
「あいつ、逃げるわ!」
セレスが叫ぶ。誠司が彼女の指差す方を見ると、街の反対側に向かって飛び立とうとする火竜の姿があった。
ビオラとカルデネが、急いで降りてくる。
「君達、すぐにいけるかね?」
誠司は魔力回復薬を渡しながら二人に問いかける。それを受け取った二人は、急いで飲み干した。
「やってみるわ」
ビオラが魔力回復薬を腰のホルダーに差し込んでいく。
そうしている間にも、火竜は上空へと向かい飛び上がってしまった。誠司は顔を歪める。
(これは……間に合わないな)
その動きに気づいたであろうエンダーの光弾が、影の壁の中から飛んでくるが、それは当たりはしたものの、火竜はよろめきながらも飛び去っていく。
それに釣られたのか、元気な火竜達も街を背にし始める——。
その様子を見た誰もが、諦めた。諦めながらも、駆け出そうとした。その時。
彼方から、地表をものすごい速さでこちらに向かい迫って来る何かが見えた。
——それは、訪れる奇跡。
ギリギリの、本当にギリギリの、ここまで折れずに皆の力で必死に耐え忍んだからこそ間に合った、最上の奇跡——
ソレは、その速さのまま空中に道を作って、逃げようとした火竜に一直線に向かってゆく。
突然のことに動きを止める火竜。その人物は、その火竜に向けて指を回した。
くるり。
その動きに合わせて、火竜の周辺に無数の氷柱が出現する。次いでその人物は、火竜とすれ違い様に指を振った。
——無数の氷柱が、火竜を貫く——。
その憐れな火竜は、空から落ち、命をも落とす。
それを見届けることなく、その人物は勢いを緩めずに、逃げる気配のある火竜に向かって道を作り滑り降りていった。
そして二頭の火竜に向かって指をくるりと回し——瞬く間に二頭を氷漬けにする。
やがて彼女は、氷の道を滑りながら誠司達の前を通過する。
皆が茫然とする中、すれ違いざま彼女は誠司とビオラに向けて、恥ずかしそうにウインクをした。
その人物——頼もしい人物の登場に、誠司の顔は思わず綻ぶ。
そう、彼女は、例えるなら氷上の妖精——
——『厄災』メルコレディだ。
†
凄まじい——その一言に尽きる。
戦場の中央にたどり着いた彼女は氷の螺旋階段を作り、その最上部へと駆け上がる。
そして戦場を
——片っ端から凍りついてゆく。
あれほど誠司達が苦戦していたのが、まるで嘘のようだ。
残った火竜十頭ほどは、彼女一人の力によって全て凍りついてしまった。
ノクスが近くの火竜達を片っ端から順に、その大剣で砕き割ってゆく。
なかには、炎を吐き氷を溶かそうと試みる火竜もいた。
しかしメルコレディはそれを許さない。
その火竜に向けて彼女が指を振ると、その火竜は氷柱によって串刺しにされる。火竜の最後の抵抗は、残り
その様子を眺めるセレスは、視線を逸らさずに誠司に尋ねる。
「ねえ、あれって……『厄災』メルコレディよね?」
「……ああ」
「……あなた達……よく、あんなのに勝てたわね……」
「……いや。当時の彼女は、あれほどじゃなかったよ」
理性のある戦いをする彼女は、あんなにも強いのか——誠司は舌を巻く。
思えば半月のルネディも、当時よりだいぶ強かった。
理性ある『厄災』は、恐ろしく強い——誠司はとりあえず、訪れるかもしれない未来のことは考えないように決めた。
やがて
「ルネディ、おわったよ!」
『お疲れ様、メル。見てたわよ。さ、大変だけど戻ってらっしゃい』
「うん、今から戻るね!」
そしてメルコレディは誠司達の方を向いて——何か言いたそうに口をもにゅもにゅさせていたが、やがて優しく頷いて、来た方角へと去っていった。
彼女は最後に、腕を大きく上げて指をくるりと回した。瞬時にして大地を薄っすらと雪が覆う。その雪は、
それと同時に、街を覆う影の壁も消えていく。
誠司は人影に頭を下げた。
「重ね重ね、感謝する。君達のおかげで街は守られた。ありがとう」
『あら。意外と気持ちいいものね、私を殺そうとする人に素直に謝られるのは』
そう言ってクスクスと笑う影。その影に向かい、誠司は膝をついて更に頭を下げる。
「すまない、ルネディ。虫のいい話かも知れないが、一つ、頼まれてはくれないか」
『あら、なにかしら』
影の動きは止まり、誠司の言葉の続きを待つ。誠司は苦しそうに声を絞り出した。
「あの娘の……莉奈の力に……どうか、なってやってはくれないか……」
その誠司の声は震えている。その誠司の肩は震えている。
その様子を見た影は、ふん、とため息をつく仕草を見せた。
『なあんだ、そんなこと?』
「……そんなことって……私にとっては……」
『あのね。この街を守ってあげたのはついで。あなた達に何かあったら、リナが悲しむと思って』
影の言葉を聞き、顔を上げる誠司。彼の心に、希望の光が差す。
「……では……」
『私はあの娘を助けたいの。そのための助力は惜しまない。後で彼女と合流するから、あなた達は安心して待ってなさい』
その言葉に、誠司だけではない、周囲の皆の顔も綻ぶ。誠司は立ち上がって、右手を差し出した。
「……よろしく頼む。莉奈は……今は無事なのかね?」
しかし影はその手を握り返すことなく、手を口に当てて肩を揺らした。
『ふふ。握手は影ではなく、私と会った時にね。そうね、リナは無事よ。それどころか、あの娘はとんでもないことをしようとしているわ』
「……とんでもない……こと……?」
『そう。だから私も手伝ってあげなきゃ。じゃあね、セイジ。次も是非、満月の夜に。それまで、ごきげんよう』
そう言い残し、クスクスという笑い声と共にこの地を覆っていた影は引いていく。
——雪に月の光が反射して、辺りは幻想的な光に包まれる——。
取り残された誠司達は、その光景をただ、茫然と眺めることしか出来なかった。
こうして、完全勝利への道『ケルワン防衛』は達せられた。
誠司は空を見ながらつぶやく。
「……莉奈、君はいったい、何を……」
目を凝らしても、燕の姿はどこにも見えなかった——。
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