冒険者莉奈の苦悩 07 —冒険者ギルド—








 ——翌日。



「冒険者!? なるっ! 絶対なるっ!」



 ——予想通りだった。


 私が昨晩の件をライラに話した所、案の定、彼女は目を輝かせながらズズイと迫ってきた。


 そんな訳で私達は今、冒険者ギルドの前に立っている。


「うぅ……なんか緊張するなあ」


「ふふ、緊張しないで下さい、リナ。とりあえず入りましょう?」


 扉の取っ手をつかむ事を躊躇ちゅうちょしている私に、レザリアが優しく声を掛ける。とは言っても、私にとっては面接会場の扉を開ける様なものだ。ああ、もしかして履歴書とか必要だったりする?


「どったの、リナ。行こ!」


 ライラが私の手を引っ張り扉に手を掛けた。ちょっと待って、まだ心の準備が――



「たのもー!」



 ——やりやがった。


 大声で扉を開けるライラに、中にいる人達の視線が一斉に集まる。は、恥ずかしい……。


 私は顔を伏せながら、ライラに引っ張られて建物の中に入る。ざわつく声、好奇な視線、そしてお酒の匂いを感じる。私は恐る恐る様子を窺う為に顔を上げた。


 外観通りの広い建物だ。テーブルがそこかしこに並べられ、食事をしている人達が散見される。奥の方に受付みたいな場所がある。


 そして、その横の壁にはビラみたいなものがたくさん貼ってあり——まさしくここは、私が想像していた通りの『冒険者ギルド』だった。


 その時、テーブルに座っている一人の男と目が合った。あれ?この人どこかで見覚えが——。


「……おい、アレ。あの顔、あのコート、『白い燕』じゃないか」


 その男の言葉に周囲は再び騒つく。ああ、そうだ、この人昨日『妖精の宿木』で見たんだった。くっ、なんでいるのさ。


「あれが白い燕……」「見た感じまだ若いじゃないか……」「強そうには……見えないな……」


 そんな声が聞こえてくる。ええ、ええ、私は弱いですとも。だからお願いだから放っておいて下さい。


 だが、そんな声を放っておけない者がいた。レザリアだ。


 彼女は『強そうには見えない』発言をした男に歩み寄る。やめて。


「聞き捨てなりません。今、リナの事を、『強そうには見えない』。そうおっしゃいましたね」


「……お、おう。気を悪くしたんなら謝るよ」


 うん、多分この人いい人だ。見た感じの印象を口に出してしまっただけだろうし。だから、レザリア、やめて。あと名前出さないで。


「では、皆さんに問います」


 そう言ってレザリアは辺りを見渡し、仰々ぎょうぎょうしく姿勢を構える。何を問う気だよ。


「誰かこの中に『厄災』と渡り合おうとした者はいますか?『厄災』と戦う気概を持った者はいますか?いませんよね?私もあの場所に居ましたけど、そんな者はやって来ませんでした」


 レザリアの凛とした演説に「いや……だって攻撃通じねえし……」とバツが悪そうに漏らす冒険者。中には人影に向かって攻撃を仕掛けた者もいたのだろう。だが、影は基本無敵だ。倒す事は出来ない。


『攻撃が通じない』。その冒険者の言葉を受け、レザリアは続ける。


「それはリナ——白い燕とて同じです。だが、彼女は、それでも『救国の英雄』を見捨てなかった。彼が『厄災』の卑劣な攻撃にて殺されようとしたまさにその時っ! 颯爽さっそうと現れ彼を救いだしたのですっ!」


 周りから「おおー」という声が聞こえる。私はいい加減レザリアを止めようと彼女に近づこうとするが、それをライラが「もっと聞きたい!」と羽交い締めにする。敵しかいないのか、ここは。


「『厄災』と白い燕は一進一退の攻防を繰り広げました。だが、追い詰められた相手はシャドウ・ゴーレムを形成したのです。そいつはとても大きく、素早く、こちらの攻撃も通用しない……いよいよ駄目かと思われた、その時っ——!」


 固唾かたずを飲んで耳を傾ける聴衆達——私は諦め椅子に腰掛ける。


 まあ、あれだ。その時っ! レザリアがルネディを穿うがった訳だ。よしよし、レザリアもこっち側においで。


「——白い燕は大きな光をまとったのです! 皆さんも見たでしょう? 北西の空が明るくなるのを。その光には『厄災』もたまらず怯んでしまい、シャドウ・ゴーレムを解除せざるを得ませんでしたっ!」


 おいおい、端折はしょるな、端折るな。


「その一瞬の隙を突き、降り注ぐ白い光。それに合わせ『救国の英雄』が『厄災』を微塵みじん切りにしたのですっ——こうして『厄災』を消滅させる事こそ叶いませんでしたが、見事っ! お二人の尽力により撃退と相成った訳なのですっ!以上、ご清聴、ありがとうございましたっ!」


 レザリアが深々とお辞儀をする。


 巻き起こる拍手。冒険者達は「すげえぞ、白い燕!」「そんな事が……」などと盛り上がっている。吟遊詩人っぽい人がレザリアに近付き、「歌にしていいか」などと聞いている。レザリアはすっかりご満悦だ。後で説教ね。


 私はすっかり赤くなった顔を伏せ、皆の視線を避ける様にライラを引っ張って、こそこそと受付へと向かうのだった。


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