冒険者莉奈の苦悩 06 —冒険者宣言—
「——それで、冒険者ギルドは覗いてみたのかい?」
話は弾み、今は先程の莉奈の冒険者宣言について語っている。誠司の問いに、莉奈は先月の建物を思い返した。
「うーん、場所は知ってるけど中には入らなかった。実はいまいちよく分かってないんだよね、ギルドとか。私の想像みたいなもんで合ってる?」
想像とは、勿論元の世界での物語の事だ。
この世界にも冒険者と呼ばれる者がいて、ギルドに所属しているという事は莉奈も知識として持っている。
ただ、莉奈の想像通りのものなのかどうかは、聞いてみないと分からない。
「ああ、そうだな——なあ、ノクス。私が冒険者をやっていた頃と勝手は同じかな?」
誠司に話を振られたノクスは、髭を撫でながら考える。
「二十年程前か……細かい所は変わっているだろうが、基本的な所は変わってねえはず……ああ、そうだ、二年前から他の冒険者の推薦状が必要なんだった。セイジ、お前書いてやれ。後で書き方教えてやる」
「推薦状?ああ、分かった。よろしく頼むよ。という訳でだ、莉奈。恐らく君の想像している様なもので合っていると思う。まあ、実際に行けば詳しく教えてくれるさ」
ふむふむ、と頷く莉奈。莉奈の想像ではギルドに登録してクエストを受注し、頑張ればランクアップするといった感じだ。大きく外れている事はないのだろう。
その時、莉奈の隣でモジモジとしていたレザリアが、おずおずと口を開いた。
「あのう、すいません……私にも推薦状書いて頂けますか?」
「ん?レザリア君、実はこちらからお願いしようかと思っていたのだが……いいのかい?」
思いがけない誠司の言葉に、レザリアの顔がぱあっと明るくなる。ソファーから立ち上がり、華麗に誠司に向かってお辞儀をした。
「はいっ、はいっ! もちろんですとも! リナは私が守りますので!」
ウキウキだ。そんなレザリアを目を細めて見つつ、誠司は莉奈に忠告をする。
「莉奈。クエストを受ける場合は、慣れるまで西の森のものに限定する事。そして、必ずレザリア君と共に行動しなさい。彼女がいれば安心だ。いいね?」
「うん、オーケー。よろしくね、レザリア……」
レザリアがソファーに倒れ込む。莉奈が顔を覗き込むと――気絶していた。
先日の失態から一転、誠司に頼りにされている事が分かり、感極まってしまった様だ。とても幸せそうな顔をしている。
莉奈はレザリアの姿勢を正してやりながら、もう一件誠司に尋ねてみる。
「ねえ、誠司さん。ライラは……どうする? 一緒にギルドに行く事になると思うけど……」
そう、莉奈が冒険者になると言えば、十中八九、彼女も冒険者になりたがるだろう。好奇心旺盛な彼女が、我慢出来るとは思えない。
ただ、もし誠司が望まないのであれば、推薦状を書かなければいいだけの話なのだが——。
「そうだな、ライラの分の推薦状も一応書いておこう。冒険者になりたいかどうかは、ライラに聞いてみなさい」
——誠司はあっさりと許可した。てっきり誠司は渋い顔をすると考えていた莉奈は、拍子抜けして誠司に聞き返した。
「いいの? 絶対に『なるっ!』って言うと思うよ?」
「ああ。君達が一緒に行動してくれれば、いざという時に私が助けられるからな。そういった思惑もある。半分、保護者同伴といった形だ。だからもし危険な場面になったら、すぐに私に代わる様に。その点はライラによく言い聞かせておいてくれ」
「分かった。ありがと、誠司さん!」
確かに、それなら莉奈も心強い。ただ、家にお金を入れるという名目上、誠司の手を煩わせたくはないが——安全が第一である。
そんな中、その一連のやり取りを聞いていたアナが不思議そうに尋ねた。
「ねえ、ライラちゃんって戦えるの?」
アナの疑問ももっともだ。
彼女のイメージでは、クレープのクリームを口の周りにつけてニコニコしている、いたいけな少女の姿しかない。そのアナの質問にはノクスが答えた。
「アナ。ライラちゃんは強いぞ。いや、強いというか——そうだな。例えば、俺とセイジが戦えばお互い勝ったり負けたりするだろう。だが、少なくとも俺はライラちゃんには勝てねえ。負ける事もないだろうがな」
「え? そうなの!?」
アナは驚く。父の強さは伝え聞いている。王国一の剣士だと。その父が——負けず嫌いの父が、『救国の英雄』に勝つ事はあってもライラには勝てないと言うのだ。一体何者なの、ライラちゃん——。
そこに誠司が口を挟む。
「まあ、私の方が勝ち越しているがね」
「ほう、そうだっかな? 何なら今から手合わせしてみるか?」
——負けず嫌いはノクスだけではなかった。
目を見合わせ、お互い口角を上げながら立ち上がろうとする二人にミラの怒声が飛ぶ。
「あなた達、いい加減になさい!」
「……あ」
「……はい」
シュンとなって大人しく座る二人。場が緩やかな空気に包まれる。
涙など流さなくても、男は女に弱いのだ。ライラがいたらメモを取っていただろう。そんな想像をし、莉奈は口元を緩ませた。
——こうして、ノクス家の夜は更けてゆくのだった。
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