冒険者莉奈の苦悩 05 —観察—
注文通りのぬるくなったコーヒーを飲み干した誠司達は、顔合わせの為、カルデネを連れ莉奈達のいる部屋へと向かう。
部屋の中、ソファーに座りテーブルを囲んでいる彼女達は、クッキーをつまみに
部屋に入ってきた誠司に気づいた莉奈は、彼に笑顔で声をかけた。
「や、誠司さん。私、冒険者になる!」
突然の言葉に、誠司は茫然とする。
冒険者だって?
今までの思い出が胸中に去来する——そうか、莉奈もついに——。
だが、誠司は決めていた。彼女が自分の人生を選んだその時は、笑顔で送り出そうと——。
「そうか。寂しくなるな。それで、いつ頃家を出ていくのかな?」
「……え?」
寂しそうに笑う誠司を見て、今まで話をしていた女性陣全員が固まる。その反応を見て、誠司も「え?」と固まる。
やがて莉奈は——寂しそうに呟いた。
「……そっかあ。ここでも私は、いらない子なんだね……」
すっかりしょげかえる莉奈。何だか空気がおかしい。
その場の状況を察したミラが急いで立ち上がり、誠司に耳打ちをした。
「——違うの、セイジさん。リナちゃん、家にお金を入れたいから冒険者になりたいんだって。西の森の依頼があったら、空き時間に出来るかもって……」
それを聞いた誠司の顔がみるみる青ざめる。
——不味い、不味い不味い不味い!
そういう事だったのか。いらない子扱いなんて、莉奈にとってのトラウマそのものではないか。
鼻をすする音が聞こえてくる。誠司は慌てて莉奈の前に座り込んだ。
「いや、違う、違うんだ。すまない、勘違いしていた! あの、うう、そうだ、君が私に愛想を尽かして家を出て行くんじゃないかと、そう勘違いしてたんだ!」
誠司は自分を下げ、弁明する。必死だ。
「……本当? 私、あの家にいてもいいの?……ぐすっ」
「当たり前じゃないか! それは前から言っているだろう。それに君がいなくなったら誰が私の相手をするんだい」
まあヘザーがいるが、この場では誠司はその存在を棚に上げておく。
莉奈も誠司が勘違いしていた事が分かり、逆に恥ずかしくなり強がった。
「そ、そうだよね! 私がいなきゃ誠司さんみたいな偏屈親父の相手、誰も出来ないもんねっ!」
酷い言われようである。だが自分のまいた種だと、誠司はぐっと
——とりあえずこの場が落ち着きそうだと判断したノクスは、カルデネの件をミラとアナに耳打ちする。
事前に話を聞かされていた二人は、カルデネの願いが叶い安堵の表情を浮かべた。
誠司は立ち上がって、莉奈とレザリアにカルデネを紹介しようとするが——果たしてこの流れで言っていいのか?と思案する。
だが、説明しない訳にもいくまい。誠司は平静を装い、二人にカルデネを紹介する。
「ンンッ。それでだな、二人とも。紹介する。こちらがカルデネ君。訳あって、しばらくうちで面倒を見る事になった」
「カルデネと申します。ご迷惑をおかけしますが、宜しくお願い致します」
誠司の紹介を受け、カルデネは二人に深くお辞儀をした。それを見た莉奈は納得した様に声を上げる。
「……ああ、だから私は用済み……」
「こら、誤解を招く様な事を言うんじゃない」
誠司は莉奈とレザリアに近づき耳打ちをした。
「——例の件で『売れ残り』として扱われていた女性だ。優しくしてやってくれ」
その言葉で二人は察する。
人身売買の件の詳細はある程度聞いていた。誠司は言葉を濁していたが、そこで女性達がどの様に扱われていたかという事も。
莉奈は立ち上がり、笑顔でカルデネに手を差し出した。
「私、莉奈。よろしくね」
「はい、リナさんですね。よろしくお願いします……」
おずおずと手を差し出すカルデネ。だが、莉奈はその手を引っ込める。驚いた表情を見せるカルデネに、莉奈は言った。
「だーめ。私には敬語禁止。こういうのって最初が肝心だからね。悪しき前例もあるし」
そう言って莉奈は後ろを向き、そこに座っているエルフをジト目で睨んだ。レザリアは「うぅ……」と顔を赤くしてうつむく。その様子を見たカルデネは、クスッと笑う。
「うん、わかった、リナ。よろしくね」
「よろしくね、カルデネ!」
二人は固く握手をする。
莉奈はカルデネの顔を見る。綺麗な人だ。思わず見惚れてしまう。
そして、胸。
アニメでは胸が大きく描かれがちだし、それは需要に応えた結果なんだと思っていた。
だが実際に異世界に来てみると、やたらと胸が大きい人が多い気がする。胸がファンタジーだ。居た
「なんなんだろうね?」
「いや、君が何を言っているのか分からないが、そろそろ解放してあげたらどうかね」
莉奈はハッとしてカルデネの手を離す。カルデネの顔は赤くなっていた。続けてレザリアが立ち上がる。
「わ、私は、レザリア、だ。よ、よろしく、な」
「……レザリア。無理しなくていいんだよ?」
「うぅ……無理でした。私はレザリア。レザリア=エルシュラントです。以後お見知り置きを……」
「よ、よろしく、レザリアさん」
こうして顔合わせを終え、誠司達はテーブルについたのであった。そこで誠司は切り出す。
「せっかくだ。ライラを少しだけ起こそう――」
†
——少女は目を覚ます。そしていつもの様に自分の身を守る祈りを——
部屋の中に現れた光。そこに現れた少女の肩を莉奈は揺すり、詠唱を中断させる。ライラは目を開け、寝ぼけ眼で莉奈を見つめた。
「ふにゃあ……おはよ。どったのリナぁ……」
魔法の力で先程眠りについたばっかりだ。ライラの頭はまだ回っていない。
莉奈は笑顔でライラを優しく引き離す。不思議そうな顔を浮かべる少女を、ミラは駆け寄り抱きしめた。
「わわっ……」
「ああ……ライラちゃん。こんなに大きくなって……」
彼女のその目は、涙を
ライラはミラに抱きしめられたまま、頭を回転させようと頑張る。
「……ん。お姉さん、誰?」
「お姉さんだなんて……ふふ、お世辞も言える様になったのね」
不思議と懐かしい感じがした。とても暖かい。ライラは眠る前の記憶と結びつける。もしかして、この人が——。
「ライラ。この人がノクスさんの奥さんの、ミラさんだよ」
横で見守っていた莉奈の言葉に、ライラの記憶が結びついた。
アナから聞いた。莉奈が言っていた。ヘザーが教えてくれた。この人が——ライラはぎゅっとミラを抱きしめる。
「ありがと……ミラさんがいなければ、私どうなっていたか分からないって、ヘザーが教えてくれた。ごめんね、私、思い出せなくて。ありがとね……私を育ててくれて……ほんとに……ありがとう……」
頭が回らないながらも必死に言葉を伝えようとするライラ。そんな健気なライラの頭を、ミラは優しく撫でた。
「いいのよ、覚えてる訳ないじゃない。ライラちゃん、うんと小さかったんだから……ごめんね、起こしちゃって。眠いよね?」
胸の中で小さくコクンと頷くライラを、ミラは引き離す。魔法の効果が残っているのか、ふらつくライラの肩を莉奈が支えた。
「ごめんね……ミラさん……今度いっぱい……おはなし……しよ……」
よほど眠かったのだろう。そう言い残しライラは瞬く間に光に包まれる。それと入れ替わりで誠司が現れた。
「——随分早かったな。ミラ、挨拶は出来たかい?」
「……ええ……ええ。ありがとうね、セイジさん。あの
「——そうか」
涙ぐむミラの言葉に短く言葉を返す誠司。
ただ、その一言の中には、万感の思いが込められていた。その様子を周りは優しい目で見つめる。
——ただ一人、あらかじめ状況を説明され、その一連の様子を『観察』していたカルデネだけは深く何かを考えている様であった——。
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