冒険者莉奈の苦悩 04 —プレゼン—






 カルデネの気配を感じた誠司が注意を促す。二人は咳払いし、普通の会話を装った。


「なあ、ノクス。満月の夜の対策はどうなっている?」


「ああ、満月の夜は外出禁止令を出してある。兵士にも照明魔法を配置させる。出来る指示は出してあるさ——」


 そのタイミングで扉がノックされ、カルデネが顔を出した。


「あの、すいません。お茶っ葉を切らしているみたいで……コーヒーならご用意出来ますが……」


「うん、私は構わんよ。熱々のコーヒーを、程よく冷ましたものを頼む」


「あ、俺もそれがいいな」


「わかり……ました……?」


 首を傾げ部屋から遠ざかるカルデネを確認し、二人は再び声を潜める。


「——で、なんでだ?」


「——まず一つ目。カルデネは顔もいいし、スタイルもいいだろ?血色が良くなってから尚更だ」


 誠司はカルデネの姿を思い浮かべた。確かに彼女は控えめに言っても、顔も体付きも平均以上のものを持っている。


「——ああ、まあ、そうだな」


「——正直に言う。ミラやアナの手前、うちにずっと置いておくのはかなり気まずい」


 なるほど。今はいいとしても、いずれは災いの種になってしまうかも知れない。


 ミラとしても、旦那が外見が若くて美しい女性をいつまでも家に置いておくのは面白くないだろう。


「——それもそうだな。だが、うちにも……ヘザーがいるじゃないか」


「——重々承知だ。だがヘザーさんだったら……彼女だったらどうすると思う?」


 誠司は考える。確かに彼女だったら——そう、彼女ならカルデネを放ってはおかないだろう。


「——一つ目の理由は分かった。だが、まだ首を縦には振れんぞ」


「——よし、二つ目だ。これが一番重要なんだが……彼女は男性に対し心的外傷を持っている。男に話しかけられただけで恐怖を感じてしまうらしい」


 心的外傷——トラウマというやつだ。無理もない。男共にあんな目に遭わされたのだ。


 だが——。


「——いや、待て。君や私とは普通に話せてるじゃないか」


「——それがうちで引き取った理由でもあるし、セイジ、お前さんに打診している理由でもある。彼女は俺達なら大丈夫だそうだ」


 そうなのだ。人身売買グループの話を彼女に聞く時も、男の兵士では怯えて何も話せなかった。


 そういう訳でノクスが直接対応したのだが、それでも休み休みでの聞き取りとなった。彼女の受けた傷は、深い。


「——なるほどな。住む場所ぐらいだったら私がこの街に用意してもよかったが……そういう事情なら難しいな」


「——ああ。そして、三つめ。何よりカルデネがお前の下で働く事を希望している」


「はっ?」


 思わず声を上げてしまった誠司は、慌ててカルデネの動向を探る。動く様子はない。恐らく、律儀に熱々のコーヒーが程よく冷めるのを待っているのだろう。


 誠司は再び声を潜める。


「——ちょっと待て。何で私なんだ」


「——いやあ、色々思う所もあるんだろうよ。まあ話した感じ、惚れた腫れたとかの話じゃなくて献身だろうな。恩義に報いたいって口癖の様に言ってるぜ、この色男」


 どっちだよと突っ込みつつ、誠司はカルデネの為に何かしたっけかと思い返すが——した。思いっきり。カルデネの怨みを晴らしまくったんだった。


「——いや、でもなあ。働くったってする事ないぞ? レザリア君まで来る様になってしまったし」


「——別にいいんじゃねえか?君は居てくれるだけでいい、とか適当な事言っとけば」


「——だがなあ……」


 尚も渋る誠司に、ノクスはとっておきの切り札を出す。


「——よし、四つ目だ。この俺に、そしてミラに少しでも感謝してくれているのなら……ここが恩の返し時だぞ?」


 ニヤリと笑うノクス。


 実は恩を返しているのはノクスであり、彼も誠司から感謝されるいわれはないと思っているが——この話を出した以上、誠司の性格上断れないのは分かっている。


 事実、してやられたと誠司は苦笑いを浮かべた。


「——それを言われちゃ断れんな。分かったよ。ただし、一時的にだぞ?ただでさえ女性が増えて居心地が悪いんだから」


「——ありがとな、セイジ。いやあ、これで俺の肩の荷も降りるってもんよ」


「——くそ、代わりに私の肩にのしかかったがね。とりあえず落ち着いたら、不本意ではあるが『東の魔女』にでも相談してみるよ」


 ——『東の魔女』と聞き、そう言えば、とノクスは思い出す。乗り出していた身を引き、背もたれに背を預け誠司に尋ねる。


「なあ、そう言えばその『東の魔女』さんがいる国。今、国境を封鎖しているらしいが……セイジ、おまえ何か知らないか?」


「封鎖? それは穏やかじゃないな。しかし、何故世捨て人の私に聞く。君の方が世情にはよっぽど明るいだろうに」


「いや、だって『東の魔女』から手紙来てただろ?」


「……ああ、そう言えば——」


 手紙はノクス経由で届くので、彼が知っているのは当然である。誠司は思い返す。東の魔女からの手紙の内容『そっちが来い!』。


 もしかしたら彼女の国に何か起こっているのかも知れない。そのせいで身動きが取れないのか——。


 だが——こちらもそれどころではないのだ。第一、詳しく内容を書かない彼女の方が悪い。と、誠司は思う。


 なんだかんだ言って、その取り付く島もない返事の内容に誠司も拗ねているのだ。


 そして誠司は目を背ける。最悪の可能性の一つから——。


「——いや、彼女からの手紙は要領を得ないものだったよ。まあ、その内行く事になるだろうから、その時に聞いてみるさ」




 そこまで話が進んだところで、誠司達は普通の会話に戻る。しばらくして、コーヒーを淹れたカルデネが戻ってきた。


「お待たせして申し訳ございません」


 そう言いながら彼女がテーブルの上にカップを置いたタイミングで、ノクスが声を掛けた。


「喜べ、カルデネ。セイジのとこに住まわせて貰える事になったぞ」


 その言葉を聞き、最初は信じられないといった表情を浮かべたカルデネだったが、すぐさま誠司にひざまずいた。


「私の様な者をありがとうございます。何なりとお申し付け下さい。セイジ様のご命令とあらば、どの様な事でも致しますので」


 ああ、これはきっと汚れていないレザリア君だな——と失礼な事を感じとった誠司は、カルデネに優しく声を掛ける。


「顔を上げなさい、カルデネ君。こちらからも条件があるんだ」


「はい、何でしょう」


 カルデネは口をキッと横に結び、誠司を見つめる。普通、条件と言われたら少しは警戒しそうなものだが——何でも聞き入れる準備が出来ている、そんな目をしていた。


「まずは期間だ。私も君が独り立ち出来るよう手を尽くしてみるが……とりあえずは君が一人で歩ける様になるまで、それでいいかな」


「分かりました。それでは、私がいつまでも一人で歩けない場合は……」


「ん? まあ、その場合は……放り出す真似は出来ないからなあ。それでも一人で歩ける様になるまで……か?」


 ああ、しまった。これはもしかしたらしたたかなレザリア君なのかも知れない——が、言ってしまった以上誠司は後には引けない。


「お優しいのですね。ご迷惑をお掛けしない様、努力致します」


 ——よかった。綺麗なレザリア君だ。


 先程から階下よりクチュン、クチュンとくしゃみの音が聞こえてくるのは果たして偶然なのだろうか。


「そして、後一つだ」


 その誠司の言葉にも毅然たる眼差しで真っ直ぐ誠司を見つめるカルデネ。誠司は頬を緩め、息をついた。


「私は堅苦しいのが苦手でね。今の君の態度はまるで主君に対するそれだ。そうじゃなく、君にもいたかな、気のおける家族や友達や恋人の様な存在が。出来れば私とあの家に住む者に、その様に気楽に接して欲しいんだ」


 その言葉を聞いたカルデネの頬がわずかに赤くそまり、彼女はうつむく。だが次の瞬間——


「はいっ!」


 ——元気良く頭を上げて返事をする彼女の顔には、満面の笑みが満ち溢れていた。その彼女の笑顔は、美しい。


 彼女の半生は、その恵まれた容貌のせいで苦労してきた。襲われたり、追放されたり、攫われたり。


 それでも生きたがりの彼女は、誠司の為に、自分の為に、ささやかな幸せを掴む為にその一歩を踏み出すのだった——。


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