冒険者莉奈の苦悩 03 —待ち人—





 レティからこってり絞られた三人は、ノクスの家へと向かう。ちょうどアナの仕事終わりの時間に被ったので、彼女も一緒だ。


 ノクスの家はその役職から考えると控えめすぎる造りではある。が、一般的な戸建に比べれば充分に立派な物であった。庭付き馬車庫付きだ。



 アナは玄関を開け、三人を招き入れた。


 その音を聞きつけ、奥から一人の女性がやって来る。


 アナの「ただいまー」という声にも反応する事なく、その女性は誠司に小走りで近づいてきて、挨拶がわりに軽く抱擁をした。


「セイジさん、お久しぶり。元気にしてた?」


「やあ、ミラ。久しぶりだね。ああ、君も元気そうで何よりだ」


 ミラの目には涙が浮かんでいた。誠司と最後に会ってから、十六年程の月日が流れている。喜びもひとしおだ。


 彼女——ミラは、ノクスの妻である。当時、この王国の騎士団の副団長を『やらされていた』という経緯を持つ女性だ。


 誠司は訳あって、ライラがこの世に生まれたての頃、この家に一年程滞在していた事がある。


 その時、彼女には感謝してもしきれない程の世話になった。彼女の存在なしでは、ライラはどうなっていたのか分からないのだから——。


 ミラは涙をぬぐい、思い出したかの様にアナに返事をする。


「おかえり、アナ。ええと、そちらの方達は……」


「あ、私、莉奈って言います。誠司さんの……えと」


 そこまで言いかけて、事情を知っているであろう人に対して娘アピールはいかがなものかと莉奈が言い淀んでいると——。


「ああ、あなたがセイジさんの娘のリナちゃんね。ノクスからいつも聞いてるわよ」


 そう言って、ミラは莉奈にウインクをした。


 莉奈は一瞬呆けてしまったが、すぐにその意図を察し「そ、そうです、そうです!」と首をブンブンと縦に振る——我、強力な援軍得たり!


 元から莉奈は養子の様なもんだと思っているアナと、莉奈は誠司の家族だと認識しているレザリアは、にこやかにその様子を眺める。誠司もこの場は分が悪いとそっぽを向いてしまった。


 続けてミラは、レザリアに視線を送る。その視線に気づいたレザリアは、うやうやしく礼をした。


「私は月の集落のエルフ、レザリア=エルシュラントです。以後、お見知りおきを」


「あなたがレザリアちゃん! 聞いたわよ、リナちゃんと一緒にルネディからセイジさんを助けたって! ありがとね、この人を助けてくれて」


「わ、わ、そんな、私など……」


 ミラから称賛を受けたレザリアは、顔を赤くして莉奈の背中に隠れてしまう。その様子を微笑みながら見ていたミラは、真剣な面持ちで誠司に向き直った。


「あの……今日、ヘザーさんは……」


「ああ、ヘザーは家で留守番している。君達によろしくと言っていたよ」


「そう……なんだ。それは残念……ね」


 ヘザーが居ない事を知りあからさまに肩を落とすミラだったが、次の瞬間には気を取り直して三人を招き入れた。


「さあ、上がってみんな。出来合いのものしかないけど、お菓子ならいっぱいあるから。ゆっくりしていってね!」






 ミラに案内され部屋に入ろうとする誠司を、階段付近で待ちうけていたノクスが呼び止める。


「なあ、セイジ。ちょっといいか」


 振り向いたミラが、何も言わずに頷いた。誠司は莉奈達に断りを入れ、ノクスの後をついて二階へと上がる。


「ノクス、どうしたんだい?」


「いや、お前さんなら察しがついてるだろう」


 ノクスは振り向かずに答える。なるほど、どうやらノクスは、あの『魂』の人物に会わせたい様だ。


 そしてノクスは二階の、ある一室の扉を開ける。そこには——。



「ご無沙汰しております、セイジ様」



 部屋着を着た女性が深々と礼をする。


 先月の人身売買事件。そこで『売れ残り』と称され男達のなぐさみ者にされ、挙げ句の果てにその力を犯罪に利用された悲運の魔族、カルデネの姿がそこにはあった。


「やあ。ノクスの家に一人保護されていると聞いたが——まさか君、だったか」


「はい。ノクス様には多大なるご厚情をたまわっております」


 そう言ってノクスの方へ向かって深々と礼をしようとするカルデネを、ノクスは手で制し着席を促す。


 カルデネに続き、誠司とノクスも椅子に座る。テーブルを囲み三人は顔を向かい合わせた。


「しかし、良かった。あの時の君は痩せ細っていたからな、心配していたんだ。大分血色もよくなったね」


「そんな、心配して頂けてたなんて……ひとえにノクス様と、あの時救って下さったセイジ様のおかげです」


 誠司の言う通り、ひと月前と比べれば今のカルデネは健康体そのものだ。これが彼女本来の姿なのだろう。少しは元気も出てきた様だ。


 誠司は安堵する。彼女の境遇を考えれば、自ら命を絶つという選択肢もあったのだろうから。


 そこで、ノクスが急に思いついたかの様に、カルデネに話しかけた。


「ああ、そうだカルデネ。口が寂しいと思ったら飲み物がないな。座らせた後でなんだが、茶を入れてきてくれねえか」


「これは申し訳ございません、気づかずに。すぐに用意致します」


 急ぎ退室するカルデネに「よろしくな」とノクスは声をかける。その様子を見た誠司は、カルデネが充分離れた事を確認し、声を潜めた。


「——なあ、本題はなんだ。内緒話なら彼女のいない所ですればいいだろう」


「——一度顔を合わせたかったからな。単刀直入に言うぞ。カルデネをお前さんの所で引き取ってくれないか」


「——な!?」


 意味が分からない、といった感じで誠司は驚く。一体、何がどうなったらそう言う話になるのだ。


 誠司はあごで続きを催促する。


「——いや、色々理由はあるんだが……」


「——待て、ノクス。カルデネ君が上がってくる」




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