冒険者莉奈の苦悩 08 —冒険者ランク—






「あのう、冒険者になりたいんですけど、どうすれば……」


 こっそり受付に向かった私だったが、レザリアはすぐに気づいて追っかけてきた。しかも興味津々の冒険者達を引き連れて。お願い、見ないで。


 私の呼び掛けに、事務作業に没頭していた大きな丸眼鏡の女性が笑顔で反応する。


「はい、何やら盛り上がってましたね。私は受付を担当しているクロッサです。推薦状はお持ちですか?」


「あ、はい。三人分あります」


 私は誠司さんに渡された封書をそのまま渡す。「では確認しますね」と言ってクロッサさんは封を開け確認し始めた。


 やがてクロッサさんの動きが止まる。ん? 誠司さん書き間違えたか?と、思ったのだが——。



「み、三つ星冒険者ああぁぁっっ!?」



 突然クロッサさんが素っ頓狂な声を上げた。後ろの冒険者達もざわめき立つ。クロッサさんは急いで手元の魔法書をめくり、推薦状をかざしている。ところで何、三つ星って。


 やがて、何かを照会していたらしいクロッサさんは「間違いない……」と呟き、取り繕う。


「コホン、失礼致しました。いえ、すいません、三つ星冒険者なんて数えるくらいしかいないもので……」


「あの、そもそも三つ星冒険者ってなんでしょう?」


 私の言葉を聞いたクロッサさんは一瞬呆気にとられた様だったが、すぐに推薦状を私の方に向け説明してくれた。


「ここにギルドカードの写しがありますが……こちらに星の印がありますよね」


「あ、模様かと思っていました」


 クロッサさんは左右反転したギルドカードの星の部分を指差す。


 実は昨晩、誠司さんが推薦状を作る様子をなんとなく眺めていたのだが、その時にギルドカードを見せて貰った。


 なんでもギルドカードは魔道具と呼ばれるものらしく、紙に当てて魔力を込めると写しを取れるらしい。


「まず、冒険者になった方は無印から始めて貰います。こちらは基本、採集系のクエストしか受けられません。それらをこなしつつ、魔物討伐の実績を積めば一つ星にランクアップ出来ます」


 そこまで聞いて私は、おや?と思う。


「あの、魔物を討伐したってどうやって判断するんですか?」


 そうだ。この世界の魔物は倒すと粒子になって消えてしまうではないか。申告制だと、虚偽申告が横行しそうなものだが。


 その私の疑問に答える為に、クロッサさんはギルドカードのレプリカを取り出した。


「このギルドカードは魔物を倒した際に出る粒子——魔素を記録出来ます。首からぶら下げておけば大丈夫だと思いますが、余裕があれば、粒子に向かってカードをかざして下さい。こう、パタパタパタ〜とすればより確実です」


 そう言いながら、クロッサさんはカードを団扇うちわの様に扇ぐ動きをした。なるほど、と私は感心する。


「へえ、すごいんですね」


「すごいですよね。どうなっているんでしょう。なので、遠距離からの攻撃を専門とする人や、魔法使いさんなんかは気をつけて下さい。せっかく倒したのに、距離が遠いままだと記録されませんから。あ、と言っても、身の安全が第一ですよ?」


 ニッコリと笑うクロッサさんに、ライラとレザリアは神妙な顔で頷いた。


「さて、そうして一つ星になったら、魔物討伐のクエストが受けられます。そこで実績を積み、ギルド長に認められれば二つ星に。そこまでくれば、全てのクエストを受注出来ます」


「じゃあ、三つ星って……」


 私の質問に、クロッサさんはえりを正した。


「はい。その強さを証明し、誰もが認める偉業を成し遂げた者、です——」


 そこまで言って、クロッサさんは周りに聞こえない様に声を潜めた。


「——例えばあなた達の推薦者のセイジさんは、国を救った功績が認められ三つ星冒険者になったと記録されています。納得の三つ星ですよね」


 そりゃ『救国の英雄』と持て囃されているのだ。詳しい話は知らないが、周りの反応を見るにそれだけの事をやったのだろう。ライラは誠司さんが褒められているのが伝わったのか、とてもニコニコしている。


 そこで、渡した推薦状を三人分確認していたクロッサさんの手が再び止まる。その手はワナワナと震えていた。なんか嫌な予感が——。



「元騎士団長のノクスウェル様の推薦までええぇぇっっ!?」



 背後からどよめきが起こる。ちょっと待て。頼んでないぞ。何書いちゃってんの、ノクスさん。というか、クロッサさん、肝心な所で大声出すな。


「え、え〜と。こ、『この者、サランディア王国の危機を救った立役者故、その扱い、熟慮されたし。何があっても私が責任を持とう。 ノクスウェル=ベッカー』ですって!?ど、どうしましょう、ギルド長、ギルド長〜!」


 ——やってくれたな、あのオヤジ。私の脳内に親指を立て笑顔でウインクするノクスさんの笑顔が浮かんできた。ちきしょう、いい笑顔しやがって。


 私は待つ、奥にすっ飛んで行ってしまったクロッサさんを。なんだか後ろの人の気配が増えた様な気がする。嫌だ、振り向きたくない。助けて。


 私は隣にいる二人に視線を送るが——ライラもレザリアも私の方を見てニヤニヤしている。ああ、もう、敵しかいない。


 私が針のむしろの心地で耐え抜く事十分じっぷん、クロッサさんが戻ってきた。


「お待たせしました。それで、あのう、とりあえずノクスウェル様の推薦を受けた……リナさん?」


「あ……はい、私です……」


 おずおずと返事をする私に、おずおずとクロッサさんはとんでもない事を言い始める。


「リナさんは一つ星スタートという事で宜しいでしょうか……?」



「一つ星いいぃぃっっ!?」



 今度は私が大声を上げてしまった。ごめんクロッサさん、人の事言えないや。


「ひいっ! ごめんなさい、ごめんなさいっ! 三つ星スタートじゃなくてごめんなさあいっ!! さすがに前例がないものでえっ!」


「え? 何を……言ってるの……?」


 私はキョトンとする。そんな私にクロッサさんは涙目で説明してくれた。


「だって、ノクスウェル様の推薦って事は王国の推薦ですよ!? しかも国を救ったって言ってるじゃないですか! リナさんが二つ星冒険者なら三つ星冒険者にランクアップする事案ですよ!? でも、システム上、初登録で出来るのはこれが精一杯で……あまりお待たせする訳にもいきませんし……くすん……もう一度話し合ってきます……」


 そう言って眼鏡を上げ涙を拭いながら再び奥へ行こうとするクロッサさんを、私は慌てて引き止める。


「ちょ、ちょっと待って! そんなんじゃないからっ! 私、無印でいいの。いや、無印がいいのっ!」


 そんないきなり星付きなんてたまったもんじゃない。分不相応だ。後ろから「謙虚だ……」「さすが……」「記録狙いか……?」という声が聞こえてくる。やめなさい。


「いえ、無印とか出来ませんって! 国の印章が押されているんですよ!?そんな人を無印冒険者にしたら国に目をつけられてしまいますってぇ……ギルドの評判にも関わってしまいます……」


 うな垂れるクロッサさん。彼女もまた被害者だ。というかノクスさんやりたい放題だな。国の印章使うな。私の『後でお説教リスト』がどんどん増えていく。


「分かったよ、クロッサさん。一つ星でいいよ。ごめんね、ノクスさんには後で言い聞かせておくから……それで手続きお願いしますね」


「はい、申し訳ないです……ではまずこちらの紙に——」


 ようやく手続きが出来ると私は安心した。


 もう少しの辛抱だ——そう思っていた私の考えは、はっきり言って甘かったと思い知らされる事になる。



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