約束の宴 08 —誠司の宴—







 誠司は莉奈達に気を配っていたが、今日はもう大丈夫そうだ。彼女達は幸せそうに寄り添っている。


 誠司にお酌をしてくれていた女エルフ達は、酔い潰れたのか横で気持ち良さそうに寝息を立てて転がっていた。彼女達は誠司のペースに合わせてしまったのだ。ちなみに誠司は、素面しらふの範疇である。



 子供エルフ達はすでに住居で寝ており、ヘザーは「私が様子を見ますので、皆様はお寛ぎ下さい」と住居に残り、子供達のかたわらで読書をしているとの事だ。


 今は残ったエルフ達と誠司で談笑をしている。今の事、昔の事、人間の事、エルフの事——そして『厄災』の事に話が及ぶ。



「なあ。そういえばルネディが現れた時、ここら辺りも影に覆われたのかな? あの時の様に」


 彼等は二十年近く前の『厄災』を経験している。その誠司の問いに、エルフ達が考え込む。


 まず口を開いたのは、ナズールドだ。彼はこの集落の長であり、誠司の評価では正しい事を選択出来る人物だ。ちなみに彼も、素面に近い状態である。


「すまない、私は『魔女の家』の中にいたので気付かなかったが……誰か気付いた者はいるかな?」


 ナズールドはエルフ達を見渡す。とはいえ、起きている女エルフ二人は当時は街におり、三人の男エルフの内、一人は魔女の家でナズールドと一緒にいたはずだ。


 残るは——森の中に潜んでいたという男エルフ二人が、顔を見合わせて頷き、口を開いた。


「そのルネディが現れたという時間、私達は集落に向かっていました。ですが……その様な異変はありませんでしたね。当時、確かに影の影響のあった場所です」


 彼の言葉に、もう一人の男エルフも頷く。彼等も程よく酔っているようだが、受け答えはしっかりとしている。誠司は唸り、考え込む。


「そうか……やはり『厄災』の力をコントロール出来る様になっているのか」


 当時はこの森一帯も影に覆われていた。しかも、月の出ている間はずっと。人型の影は別だが、地面を覆う影を出したり引っ込めたり、範囲を広げたり狭めたりしたという記憶はない。


 その誠司の言葉に反応し、女エルフが手を上げた。


「その……単純に弱体化しているとかではないんでしょうか」


 だが、誠司はゆっくり首を横に振った。


「だったらいいんだがね。地面の影はともかく、戦闘においては昔以上かもしれない。当時見なかった攻撃をバンバン繰り出してきたよ。それに——対話もしてきた」


 対話という言葉にどよめく一同。


 そう、当時の『厄災』は言葉の通じる相手ではなかった。まるで本能の赴くままに行動しているかの様だった。理性とは程遠い存在。


 その昔を知る彼等に、ルネディを放っておくという選択肢はない。当時、多くの人が苦しめられ、死んでいったのだ。また被害が出る前に、なんとか食い止めねば——。


 深く考え込み険しい顔をする誠司に、ナズールドが声を掛ける。


「セイジさん。我々に出来る事があれば何でも言ってくれ。微力ではあるが、いくらでも力を貸すよ。なんたって、私達は友だからな」


「すまないな、ナズールド。その時は頼らせて貰うよ。ただ、まあ、酒の席でする話じゃなかったな。失礼」


 そう言って頭を下げる誠司に、エルフ達が慌てふためく。ナズールドはそんな誠司の肩に手を置いた。


「頭を上げてくれ、セイジさん。友とはいえ、私達の『英雄』である事に変わりはないんだから。英雄が簡単に頭を下げてはいけないよ」


「はは、耳が痛いな。だがそれは、君達が勝手に私を英雄だと思っているだけだろ?」


 誠司は笑いながらジョッキを手に取る。


「時にセイジさん——」


「なんだ?」


「結婚は考えてないのかい?」


「んぶっ! な、なんだ急に!」


 軽くむせる誠司に、ナズールドは飄々ひょうひょうと言う。


「いや、なんかさっき、あっちの方から結婚、結婚って声が聞こえてきたからさ」


 ナズールドは親指で莉奈達のいた方を指す。なぜか今は簀巻すまきにされたエルフが一人転がっているだけだ。ちょっと目を離した隙に何かあったらしい。


「わ、私と莉奈はそんなんじゃないぞ!?」


「おや? 誰もリナの事とは言ってないが……ああ、もしかしてセイジさん……」


「違う! 断じて違うぞ! あれは私の……む、娘みたいに思っているあれだ! そんな目で見たことなどない!」


 酒をいくら飲んでも赤くならない誠司が赤くなっている。これはエルフの天然ゆえの発言なのか、それともナズールドに弄られているのか——どちらにせよ、誠司が自爆した事に間違いはない。


「はは、分かってるよセイジさん。ただセイジさんがその気なら、その相手をこの集落から見繕って貰って構わない、という話さ。なんならめかけでも構わないよ」


 ナズールドの言葉を受け、二人の女エルフが髪を整えたりほっぺをピタンと叩いたりしている。一人の男エルフが鏡を取り出して身だしなみを整えているのは、ネタなのか、なんなのか。


「い、いや。私にはエリスが……」


「うん、知っているよ、君が一途なことくらい。まあ、気が変わったら言ってくれ。こちらはいつでも歓迎だ。いやあ、残念だったね、君達」


 ナズールドが目を細めてエルフ達を見ると、女エルフ二人と男エルフ一人のしょげている姿が映った。男エルフ君はガチだったのか——と、ナズールドは内心冷や汗をかく。


 誠司はナズールドに揶揄からかわれたと気付き、苦笑いを浮かべる。だがそれにより、『厄災』の話をして少し重くなってしまった空気が瞬く間に払拭ふっしょくされてしまった。


 ——やはり、君は長として相応しいよ。


 誠司は感服しながら酒を飲み干す。馬車からレザリアがやってくるのが見える。誠司は他愛もない会話を、心から楽しむのだった。



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