約束の宴 09 —宴の終わりに—







「……ん、うぅん……」


 私は目を覚まし、まどろむ。


 ええと……なんだっけ。確か、レザリアとニーゼの体温が心地よくて——うん、どうやら寝てしまった様だ。


 ここは馬車の中か。誰かが運んでくれたのか?


 遠くで笑い声が聞こえてくるので、そんなに時間は経ってないようだ。


 そこで私は、私を覗き込む視線に気付く。


「……あ、リナ……起きてしまいましたか……」


 ふと見ると、レザリアが私をじっと見守っていた。口の端から血を流して。


「ちょ、ちょっとレザリア、血、血! どうしたの!?」


「……お気になさらずに……リナは安心して寝てて下さい……くっ……」


 いや、気にするなって無理だろ。何があった。私は真顔になって聞く。


「ねえ、お願いレザリア。どうしたの? 何かあったの? 教えて。正直に」


「……リナには関係ない……いえ、ありますが……」


 レザリアは複雑そうな表情を浮かべたが、自身を真っ直ぐ見詰める私の視線に耐え切れなかったのか、意を決して教えてくれた。


「……その、ニーゼが……よ、よ……」


「……よ?」


「……夜這いをしない様に見張っています……簀巻すまきにしてあるので大丈夫だとは思いますが……」


 ——ん? 夜這いってあれだよね? なんかえっちなやつ。


「いや、さすがにそれはないんじゃ……って簀巻きってあなた」


「……いえ、先程も見たでしょう、酔った彼女の姿を……あれはやりかねません、あの泥棒猫……」


 レザリアが歯軋りをする。私は上体を起こし、先程の様にレザリアの血を指でぬぐってあげた。


「いや、私が言うのもなんだけどさ。自意識過剰かもしんないけどさ。あなたの方が私としては危……いや、その、何というか……あなたは大丈夫なの、レザリア?」


 言葉を濁す私。言ってて恥ずかしい。


 そうだ、彼女は添い寝ぐらい普通にしてくる。それが口から血を流しながら、耐え忍んで見詰めているだけとは——いや、軽くホラーだろ。


「……自意識過剰なんて、自分を過小評価しないで、リナ……今、私がどれだけ艱難辛苦かんなんしんくを耐えているか……」


 レザリアはクルッと後ろを向く。なんとその後ろ手には、縄がギチギチに巻かれていた。


「ちょ、ちょっと、どうしたのソレ!?」


 驚いて声を上げる私に、レザリアは再びこちらを向いて呟きだす。


「……ナズールドに……巻いてもらいました……何かあったら……サランディアに……約束が……私がリナを……守らなきゃ……ふふ……」


 呪文の様に呟くレザリア。いや、だから怖いって。


「もー、いいから後ろ向いて。ほどいてあげるから。私、レザリアのこと信じてるから。ね?」


「いえ、これは自制の為の——」


 その時、外から「動けないよー、もれちゃうよー」という声が聞こえてくる。ニーゼの声だ。


 今、彼女は簀巻きにされてて——マズい。万が一漏らしたりした日にゃ、彼女は数千年もの間、十字架を背負う事になる。


「ちょっと行ってくる!」


 慌てて立ち上がろうとする私。だが、レザリアが私の服の裾を噛み、引っ張る。


 その勢いに引っ張られた私は、再びトテンと座り込んでしまった。代わりにレザリアが立ち上がる。


「いけません、リナ。敵の策略かもしれません! 私が見てまいります!」


 そう言ってひらりと馬車を飛び降りるレザリア。あなたは何と戦っているんだ。


 私はやれやれとため息を吐き、再び横になる。


 誠司さん達と飲み直そうとも思ったが、やめておこう。眠いし、ふわふわして心地よいし、何よりお酒、怖い。


 それに、私も泥酔したら痴態をさらけ出してしまうかもしれない。


 今だって、誰かに私の過去の生活、そして、その想いを吐き出したくて、知って欲しくて、仕方がないのだから。そんなのは、誠司さん一人で充分だ。


 でも、なんだかんだ、今日は、楽しかったな。レザリアもニーゼも、私に、弓を、教えてくれる、って、言ってた。楽しみだ、なあ……。


 ——私の意識が急速に遠ざかっていく。今度こそ本当に、おやすみなさい……。









 ——翌早朝、陽が辺りを照らし始めた頃。広場に一瞬の光がきらめく——。





 いつもの様に詠唱を終えた私は、辺りを見回す。地面に数名のエルフが気持ち良さそうに横たわっている。


 ただ、昨夜行われた宴の後はそれなりに片付けられていた。きっとお父さんがやったのであろう。


 私はキョロキョロとリナの姿を探す。とりあえず見当たらない。


 私は近くの家を覗き込む。そこにはエルフ達が雑魚寝をしており、その中に本を読んでいるヘザーの姿があった。


 私に気づいたヘザーが本を閉じ、音を立てない様に私の方へと近づいて来た。私はヘザーに手を振る。


「——おはようございます、ライラ」


「——おはよ、ヘザー。リナ知らない?」


「——リナなら馬車の中で寝ているみたいですよ」


 声を潜め話す私達。私はヘザーにお礼を言い、馬車へと向かった。昨日は楽しめたのかな、リナ。


「——リナ、起きてる?」


 私がそおっと馬車の中を覗くとそこには——気持ち良さそうに両手を広げて寝ているリナ。


 そして、その腕には何故か簀巻きにされているニーゼと、何故か後ろ手を縛られているレザリアが幸せそうにリナに寄り添い、寝息を立てている姿があった。



(——……ずっるういいぃぃっっ!!)



 私は心の中で叫び声を上げる。これ知ってる。はーれむってやつだ。


 ずるいずるい、私も!——と間に割り込んで、私も『リナはーれむ』の一員になろうと考えたが……思い留まる。


 自身の欲望を優先させ、万が一眠ってしまったら大惨事だ。


 実は過去に、日中、気持ち良くてリナの腕の中で眠ってしまった事が何回かある。その後の展開は推してしるべし、だ。


 とりあえずリナが「むにゃむにゃ……」と幸せそうにしているので、良しとしよう。


 楽しかったんだよね、リナ。ふふ、私って、大人だなあ。


 私は広場に戻り、一番高い木を探した。そして、その木をぴょんぴょんと駆け登り、足場のしっかりした枝を選び降り立つ。


 朝日が眩しい。今日も一日が始まる。私は木の上で伸びをする。おはよう世界、今日もよろしくね——。






 ——こうして、ささやかな宴は終わった。英気を養った彼女達は、予定通り三日後にサランディアに向けて旅立つ。


 果たして『厄災』ルネディは現れるのか——今はただ、満月の夜を待つしかない。


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