約束の宴 07 —莉奈の宴—







「だぁかぁらぁ、リナさぁん、結婚しよ? 私の王子さまぁ」


 ニーゼが甘えた声で私に腕を絡ませてくる。前言撤回。お酒、怖い。




 ——あれから私達はかなり飲んでいる。特に、エルフ二人。


 私はというと、酒宴が決まった時に誠司さんから教わった「定期的に立ち上がって、気持ち悪くなっていないか確認しなさい」とのアドバイスを実践しながら飲んでいる。


 その結果から判断するに、全然酔っていない。少し気分が良いくらいだ。多分、お酒強いかもしんない。


 と、思っていたが——


「ニーゼ、私は女だよ? それともあれかな、私のこと、男だと思っている? 胸か? この胸のせいなのか?」


 ——いけない、私も酔っている様だ。思わず自虐ネタを言ってしまった。そんな私の言葉を聞き、ニーゼは私の胸に顔をうずめて言う。


「何言ってんのお? リナさんの世界のことは知らないけどお、同性婚も重婚も当たり前じゃない。だからあ、結婚しよ?」


 なるほどね。重婚の話を出す所を見るに、ニーゼは寛容さをアピールしているに違いない。ふんふん、束縛しない女なのね。


 それか、私の第一夫人の座を狙っているのか——とりあえずあれだ、返して、私の初プロポーズ。


 そんなニーゼの顔を、レザリアが手のひらでぐぐっと押し返す。


「……ニーゼ、いい加減になさい。リナが困っているではないですか……」


 おっ、レザリア、ナイスフォロー!


「……しかし、重婚ですか……そうですね……そうすれば皆が幸せに……ふふ」


 そうつぶやくレザリアの目は座っていた。


 たまにレザリアは、考えている事を声に出してしまっていると思われる闇モードっぽいのが発動するが、酒に酔ったレザリアは常にこのモードになるみたいだ。


「ね、いい考えでしょ。レザリアもぉ、一緒にリナさんとぉ、結婚しよ?」


「……私が第一夫人なら」


「ああ、もう。ちょっと待ちなさい、二人とも。そもそも私、まだ結婚とか考えてないから。相手の気持ちあってこそでしょ? というか私達、友達……なんだよね?」


 なんか冗談では済まされなくなりそうな気配がしてきたので、私は慌てて止める。


 その言葉を聞いたニーゼが、突然その瞳に涙を浮かべた。おい、ここで涙はずるいぞ。『女の涙に男は弱い』ってヘザーが言ってた。いや、私は女だが。


「ふええん、分かってるよお。分かってるけどさあ!」


 私の胸でぐずるニーゼ。あ、やばい、可愛いかも。私はニーゼの背中をポンポン叩く。だが、それを見たレザリアがいきり立ってしまった。


「ニーゼ、もう許しません! 私だって……私だって我慢しているのにいぃ」


 今度はレザリアがポロポロと泣き始める。泣き上戸なのか? 私は酔いで気分のいい事もあり、レザリアに手を差し伸べた。


「もう、レザリアも、ほら。私が胸貸したげよう! 物足りないかもしんないけど。なんてね、あはは……」


 くっ、自分で言っておいて自分にダメージが。


 だが、飛びついてくるんだろうなという予想とは裏腹に、レザリアは唇を噛み締め耐えている。どころか、唇の端からツツーと血が流れている。


「ど、ど、どうしたの!? 血が出てるよ!?」


「……いえ、ご心配なさらず。セイジ様と約束したので……今日何かあったら……私は……サランディアに行けない……」


 涙を流しながら綺麗な顔で微笑むレザリア。めちゃくちゃ我慢していた。本当に身命をしていた。


 そんなレザリアを見るのが居たたまれなくなり、私はレザリアの血をぬぐいながら話しかける。


「これぐらいはいいんじゃないかな? それに、ほら、何だか肌寒くなってきたし! うん、そうだよ、友達同士なら普通だよ、普通! と、も、だ、ち同士ならねっ!」


 私は念の為、友達という単語を強調しておく。レザリアは三十秒ほど「あー」とか「うー」とか言っていたが、やがて観念したかの様に私の胸にポスンと顔をうずめた。よしよし。


 そしてニーゼはというと、何だか大人しいと思っていたらいつの間にか私の胸の中ですやすやと寝息を立てていた。こいつめ、幸せそうな顔しやがって。


 私はレザリアの背中をポンポンと叩く。暖かい。何だか眠くなってきた。そうだ、今日の昼、いっぱい歩いたんだった。


 私の意識が遠ざかっていく。ふわふわした気分だ。今はこの身をゆだねよう。おやすみなさい——。



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