約束の宴 06 —お酒の味—







 ——辺りはすっかり暗くなり、追加の照明魔法が張り付けられた。


 誠司さんは女性エルフにお酌をされ、なんだか照れ臭そうにしている。そんな姿を眺めながら私は料理を口に運んだ。


 もきゅもきゅ、ごっくん——この味は、うん、そうだ、例えるならそうだ、『すごい! おいしい! すごい!』だ。ライラの語彙力の低下も頷ける。


 以前食べた木の実の煮っ転がしも美味しかったけど、本気を出したエルフの料理はこんなにも美味しいものかと私は驚いた。



 とっても楽しい。異世界に来てから四年間、狭いコミュニティの中で生きてきたのだ。その生活に不満は全くないが、やはりこうして人と触れ合うのもいいものだ。


 ただ、引っ越しの手伝いをしていた時からそうだったが、レザリアと、私が以前助けた——とは言いがたいニーゼというエルフがどうやら話を盛ってくれたみたいで、集落のエルフ達がひっきりなしに次々と感謝を述べにやってくる。さすがにこれは、どうにかならないかなあ。


「やあ、リナ。何回でもお礼させてくれ。ニーゼの為にその身を犠牲にして傷つき、それでも立ち上がり、隙をみてニーゼを助け出してくれたんだろ? それに、あのルネディをセイジ様と退しりぞけたというではないか。その上私達の引っ越しも手伝ってくれて……君には本当に感謝しかないよ」


「いや……私は何も……はは」


「リナ、私達は友人だ。謙遜なんてしないでくれ。なあ、私達の英雄。それでは良い夜を!」


 こんな調子である。解釈次第では大きく外れた事を言ってないので、否定もしづらい。助けて。と、困り顔を浮かべる私。


 そこに料理の配膳をしていたレザリアが、一息ついたのかジョッキを二つ持って私の隣に座った。


「リナ、楽しんでますか? エールをお持ちしました。一緒に飲みましょう」


「ありがと、レザリア。すっごく楽しいよ。いただくね」


 そう言って私はジョッキを受け取る。エールってビールみたいなもんなんだよね。私は恐る恐るチビッと舐めてみる。何これ、苦い。


 私の表情で察したのか、レザリアが顔を覗き込んだ。


「リナ……苦手な味でしたか? 初めてのお酒ですもんね」


「……うーん、これはちょっと苦手かも……」


「わかりました」


 そう言ってレザリアは私からジョッキを受け取り、一気に飲み干した。よく飲めるな。


「ぷはー。では——」


「……リナさん、隣り座るね。これ葡萄ぶどう酒。飲んでみて」


 レザリアが何か言って立ち上がる前に、ニーゼが葡萄酒を持って私に差し出した。私はお礼を言って、それを受け取る。なんだろう、レザリアの方から殺気みたいなのが漂ってくる。怖い。


 私は葡萄酒をチビッと舐めてみる。何これ、渋い。


 私の表情で察したのか、ニーゼが私の顔を覗き込んだ。


「リナさん、苦手な味だった?」


「……うーん、エールよりは飲みやすいけど……」


「そう……わかった」


 そう言ってニーゼは私から葡萄酒を受け取り、一気に飲み干した。一気飲みは良くないと思う。


 そしてレザリアとニーゼは目を合わせる。


「——こうなったら!」


「——果実酒を!」


 二人は立ち上がり、競う様に早足でどこかへと向かった。何だか嫌な予感がする。私は助けを求めて辺りを見回した。



 ヘザーは——子供達の相手をしている。


 隠れ家に潜んでいた彼等を家に連れて行く際、子供達を抱えていった事で仲良くなった様だ。駄目だ、あの平和な空気を乱してはいけない。


 誠司さんは——エルフの女性達が両隣に座り、困った顔を浮かべている。


 なるほど、こちらと同じ状況って事だ。頑張れ誠司さん。



 そんな感じで助けを諦めた所で、果実酒を持ったレザリアとニーゼが戻ってきて私の両隣に座った。誠司さんと目が合う。よし、お互い頑張ろう、とアイコンタクトを送りあう。


「リナ、お待たせしました。エルフ族秘伝の果実酒です!」


「私も……持って来たよ。飲んでみて」


 私は二人からジョッキを受け取り、まずはレザリアから渡された果実酒をチビッと舐めてみる。何これ、美味しい。


 私はクピクピと喉に流し込んでみる。うん、全然いける!


「の、飲んだ! 見ましたか、ニーゼ、私の果実酒を飲みました!」


 レザリアの勝ち誇った表情に爪を噛むニーゼ。やめて、今、あなたのも飲むから。


 私はニーゼの果実酒もクピクピと飲んでみる。うん、こっちもいける!


「ねえ、レザリア……さっきなんか言った?リナさん、私の果実酒、美味しそうに飲んでるよ?」


 ニーゼの勝ち誇った表情に、くっ!と地面を叩くレザリア。おい、何だよその反応。なんか変なの入れてないよね?


 でも——


「うん、これ、両方とも美味しいし飲みやすい!」


「ほ、本当ですか!? いくらでもあるんで、私の、わ、た、し、の、果実酒を好きなだけ飲んでください!」


「ちょっと、レザリア。リナさん、飲むの初めてなんでしょ? 駄目だよ、酔い潰しちゃ……だからリナさん、私の果実酒だけを飲みなよ?」


 まるで猫の様に睨み合う二人。


 そうだ、初めてのお酒は注意して飲まないといけないんだ。ブランデーチョコで泥酔したキャラを、私はアニメで沢山見てきたではないか。私は気を引き締める。


「気をつけて飲むから二人とも心配しないで。せっかくなんだから、レザリアもニーゼも、楽しんで飲もうよ!」


 私のその言葉を聞き、二人のエルフはハッと我に返った。


「そ、そうですね……ニーゼ、ごめんなさい。相手を思いやる気持ちがあってこそ、ですよね。昨日、セイジ様に注意されました……」


「ああ、セイジ様がそんな事を……こっちこそごめんね、レザリア。そうだね……セイジ様やリナさんにとって楽しい夜にしないとね」


 その二人の言葉を聞き、私は胸を撫で下ろす。


「うんうん。じゃあ乾杯しよ。色んな話、聞かせてね!」


「「はい!」」


 ——こうして美味しいお酒と楽しいお話をしながら、宴は進んでいった。レザリアもニーゼも、とても楽しそうにしている。


 うん、誰かと飲むお酒って、楽しいなあ。



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