『レザリア』の物語 Ⅰ —後編—

 



 リナと別れてから丸一日近く。今、私はリナに会う為にヘザー様のバッグを潜っている所です。どんな仕組みなんでしょう。


 予定とはだいぶ違いましたが、ヘザー様のお陰でなんとかリナの元に辿り着けます。しかし、あの書庫にあったものは一体——。


 いえいえ、考えてはいけません。ヘザー様から口止めされているのです。それよりも今はリナです。きっと私の事を待っていてくれている事でしょう。さあ、あなたのレザリアがもうすぐ着きますよ——。


「——リナ! 遅くなりました、約束通り——」


 ——私の目にとんでもない光景が飛び込んできました。苦しそうに座っているリナ。あの、綺麗な顔に殴られた跡?まさか、口から垂れているのは、胃液——


 ……誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ、誰にやられた?誰が私の想い人に手を出した!?……


 それからの事はあまりよく憶えていません。ただ、ザランという男が卑劣で強敵なのは覚えています——。




 ヘザー様の介入のお陰でザランにとどめを刺す事が出来た私は、ようやく冷静さを取り戻します。


「お疲れ、レザリア。ニーゼさんに回復魔法お願い!」


「あ、はい、わかりました!」


 ああ、そういえばいましたね、そんなのが。まあ、普段いがみ合っている私達ですが、私は彼女より大人です。大変な思いをしながらもエルフ族の誇りを示してくれた事ですし、今日は素直に労ってあげるとしましょう。


「ニーゼ、よく頑張りましたね——『傷を癒やす魔法』」


 こうして私はニーゼの傷を治してあげた訳ですが——なんとニーゼは恩をあだで返しやがります。なんとニーゼは、リナの胸に飛び込み抱擁をしたのです!


「なっ、なっ、なっ、何をしているのですっ、ニーゼ、ふしだらなっ!」


「レザリア。私はこの方に抱きしめられてしまったの……そして、頭を……」


 え? 頭? 頭といいましたか?そんな……まさか……リナってそういう……いえ、まだです、本人に聞いていません!


「……リナ。それは事実ですか?」


「ん?……あー、そういえば、まあ……」


 ショックです。まさか、目の前で寝取られてしまうとは……私は何を信じればいいのでしょう。



 ただ、この後いっぱいリナが頭を撫でてくれたのでよしとしましょう。そうです、私はちょろいんです。




 と、まあ、話はここで終われば良かったのですが、やつが現れました。『厄災』ルネディです。どうやらセイジ様が戦っているみたいです……。


 話を知った途端、リナは飛び出して行きました。危ない事はやめて欲しいのですが……私が彼女に惹きつけられたのも、その眩しさあっての事なのでしょう。


 私とヘザー様も、リナから通信が入るまで待機です。


「——『灯火の魔法』——『灯火の魔法』——『灯火の魔法』——『灯火の魔法』——『灯火の魔法』……」


 私はヘザー様から預かった球に、必死に魔法を詰め込みます。リナの事を想って——。


「——『灯火の魔法』——『灯火の魔法』——『灯火の魔法』——『灯火の魔法』——『灯火の魔法』……」


 しばらくして、リナから通信が入りました。


『——レザリア、見えた! 場所は西の門から壁沿いに北上、角まで来たら——』


 よし、出番です。リナ、待ってて下さい、なんだかフラフラしますが必ず駆けつけますゆえっ!



 兵たちの視線や人影を避け、私達はリナの元へと駆けます。ええと、角まで来たら——そこで私はとんでもない光景を目にします。


 空に浮かぶは『灯火の魔法』の光。それがビュンビュン飛び回っています!


「……うそ……リナ、私が行くまで手を出さないでって……言ったのにぃ……」


 私はこの二日間で、一体何回意識を飛ばしてしまったのでしょう。自分史上最高記録更新です。


 ただ、今回はそれほどの時間ではありませんでした。


『——……リア……ザリア』


 リナの声が聞こえます。最高の目覚めです。ヘザー様に担がれている私は、そのまま応答します。


「——ひゃい、レザリアです!」


『——ひゃいって何だ?……じゃなかった。レザリア、助けて! やって欲しい事があるのっ!』


『レザリア、助けて』——大変です、リナが私を求めています! 私は興奮で身震いしながら、リナに返事をします。


「——なんでしょう、このレザリア=エルシュラント、死ねと言われれば死にますともっ!」


『——死なないのっ! 今どこらへん? 巨人は見える?』


 リナの言葉を聞くまでもなく、私はシャドウゴーレムらしき姿を確認し、注視していました。なんですか、アレ。


「——はい、見えます!」


『——じゃあ、合図したら狙撃して欲しいの! あの中にルネディがいる。本体の位置は頭ら辺、首の位置が一致してるって——』


「——分かりました。確実に五十メートルまで近づきます。合図と共に撃てばいいんですね」


『——え? うん。そうだけど……』


 私はヘザー様から飛び降り駆け出す。


「——リナ、通信はそのままで。目測から、約十三秒後に準備を完了予定。それ以降、好きなタイミングで合図をお願いします」


(……百五十……百……)


『——……うん! 任せたよ、レザリア!』


「——はい——」


(……五十!)


「——レザリア=エルシュラント、準備完了です。いつでもどうぞ」


 私は集中する。周りの雑音が遮断される。今は、矢をつがえ、リナの一言を、ただ、待つ。



 そして——



『——今!』



 リナの声を合図に私は矢を放つ。シャドウゴーレムの首元に真っ直ぐ飛んでいく矢。その結果を見る事なく、次の矢を放つ、放つ、放つ——。


 五セット目を撃ち終えた所で、ようやくシャドウゴーレムは私の方を振り向いた。遅い、遅すぎる。私は相手に向かい、吠えた。


「——ルネディーーっ!」


 ——……。



 こうして、私達はルネディを撃退する事に成功しました。さすがは私のリナ。


 そして私とヘザー様は魔女の家に一旦帰り、翌日の晩、打ち合わせの為にリナの泊まっている宿で合流します。そこで事件は起きました。



 下に行くと出て行ったっきり、セイジ様がなかなか戻ってきません。私はトイレついでに階下に様子を窺いに行きました。そこには——。


「——じゃあ、始めようか。なあ、セイジ。ウチの備品が足りないようなんだが、心当たりはあるかい? あるよね?」


「レティさん……一体何がなくなってたのかね」


「はあ? とぼけんじゃないよ。枕だよ。枕が一つ足りないんだよ」


「いや……それは……」


 大変です。セイジ様が恰幅のいい女性に責め立てられています。あんなセイジ様を見るのは初めてです!


 本能が警告しています。『引き返せ』と。


 セイジ様には申し訳ありませんが、バレない内に引き返した方が良さそうです。気付かれない内に——


「あと、そこに隠れてるやつ。盗み聞きとは感心しないね。出ておいで」


「ひゃう!?」


 バレてました。なんなんですか、この人は。まさか、セイジ様の様な能力持ち……?


 私がいる事がバレてしまったセイジ様は、しまったという顔で目をギュッと瞑ってしまってます。ど、ど、どうしましょう!?


「エルフの嬢ちゃんかい。セイジ、アンタの連れかい?」


「い、いや……彼女は……」


「セイジ様……」


 私は震える声でセイジ様の名を呼びました。セイジ様は頭を抱えます。なんででしょう?


「知り合いなんだね。おかしいねえ、宿帳には名前が無い様だけど。お嬢ちゃん、名前は?」


 はっ、そういう事ですか! ヘザー様のバッグを通してやってきた私は、いわば不法滞在者。言い訳をしようとしましたが、彼女の圧に押され——


「れぇ、れぇ、レザリア=エルシュラントですぅ……」


「すまない、レティさん、彼女は……」


「あん?」


「……いや、宿代は勿論払うよ。最初からそのつもりだ……ああ、そうだレザリア君。部屋にいるノクスを呼んできてくれないか」


「まだいたのかい!」


 こうして私とセイジ様、そして巻き添えを喰らったノクス様はレティさんに小一時間、みっちり搾られたのでした。ノクス様を盾にヘザー様を隠し通したのは、セイジ様の優しさでしょう。



 そんな事もありましたが、これから私の新たな日々が始まります。


 月の集落の引っ越しも終え、掟を破った罰として『魔女の家』に家事手伝いとして勤める、今日が初めての日。


 ——リナが、温泉が、私を待っています!


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