エピローグ ②
†
誠司は目を開ける。いつもの、見慣れた何もない空間。誠司は闇に向かい声を掛けた。
「おい、管理者。いるか」
誠司の呼び掛けに、管理者と呼ばれる存在が闇から姿を現した。
「いるよ、いつでも。僕はこの場の概念そのものだからね」
そういつもの様に言ってゆっくりと歩み寄ってくる管理者と呼ばれる存在に向かって、誠司は吐き捨てる。
「なあ、管理者よ、喜べ。私は死ねなくなった」
「死ねなくなった?死にたがりの君が? 一体、何があったんだい」
言葉通り受け取るなら非常に喜ばしい事だが、どうやらそうではない様子だ。管理者と呼ばれる存在は、誠司の言葉を待つ。
「別に、好んで死にたいと思っていた訳ではないがね——」
そこまで言って一息つき、誠司は続けた。
「——『厄災』だ。『厄災』ルネディが復活した。死んでもいいとか言っている場合ではなくなった」
その言葉を聞き、管理者と呼ばれる存在は絶句する。『厄災』だって? 復活? 彼女の犠牲は無駄だったのか?
「セイジ……復活ってルネディだけかい?」
「分からない、何もかも。くそっ、どうなっているんだ!」
誠司は語気を荒め、床を殴る。
今でこそ落ち着いているが、この空間にやって来た頃の誠司は——エリスを失った頃の誠司はいつもこんな感じだった。誠司も、そう、決して強い人間という訳ではないのだ。
「——すまなかったな、取り乱してしまって」
「いいんだよ、セイジ。僕でよければ、いくらでも話を聞くよ。いくらでも愚痴をこぼしてくれ。もっとも、僕にはそれぐらいしか出来ないけどさ」
「充分だ——君にはまた、迷惑を掛けてしまうな」
「気にするな。僕には感情というものはないからね」
嘘だ。誠司の影響かは分からないが、誠司と話していると心が揺さぶられる事がある。恐らくこれが感情というものなのだろう。
管理者のそんな思いを見透かしたかの様に、誠司は言う。
「いや、君には感情があるよ。下手な人間より、よっぽどね。じゃなかったら、君など呼び出さずに壁にでも話しているよ」
「ありがとう、セイジ。だけど、君は今すごく疲れた顔をしている。一旦、寝た方がいいんじゃないかい?」
管理者と呼ばれる存在の言葉に、誠司は少し考え込み、従う。
「——そうだな。今日は本当に疲れた。起きたら、話を聞いてくれ」
そう言って誠司は横になり、昨日に引き続き、持ち込んだ枕に頭を埋めた。その枕のおかげだろうか、昨日の誠司の寝顔はいつもよりも穏やかだった様な気がする。
「——おやすみ、セイジ」
管理者と呼ばれる存在は、祈る事しか出来ない。
誠司にはこれから苦難が待ち受けているのだろう。神様は意地悪だな、もう彼は充分苦労をしてきたではないか——。
管理者と呼ばれる存在は憐れむ様な視線で誠司を眺めながら、再び闇の中へと消えてゆくのだった。
†
街へ行く準備をして階下に降りたライラを、思わぬ人物が出迎える。
「アナ! なんでいるの!?」
「やっ、ライラちゃん、おはよー。いやあ、あたしもびっくりしちゃったよー」
受付で頬杖をついているアナに、ライラが駆け寄る。後をついて降りてきた莉奈が、アナに声を掛けた。
「あなたがアナさんね。私、莉奈。この
「あはは、いいのいいの。無事で何より。あなたがリナちゃんね。うちのお父さんから話聞いてるよー」
どゆこと? と不思議そうな顔を浮かべるライラに、莉奈が説明する。
「ライラもお礼言わなきゃだよ? アナさんね、ノクスさんの娘さんなんだって。攫われたライラの後をつけて、ノクスさんに連絡してくれたんだよ?」
「わわ! それはとんだご迷惑をおかけいたしましたっ!」
ライラは慌ててペコリと頭を下げる。アナにまで迷惑を掛けていたなんて。その姿を見て、アナは微笑んだ。
「いやあ、あたしもすぐ気づければよかったんだけどねえ。お父さん、リナちゃんの事はリナちゃんって言うんだけど、ライラちゃんの事は『セイジの娘』って呼んでたからさ。名前聞いてもすぐにピンとこなかったんだ、ごめんねー」
アナに謝られ、「私が悪いの!」と、ぶんぶんと手を振るライラ。その仕草を見て、再びアナの顔に微笑が浮かぶ。
わざと攫われたなんて知られたらアナに申し訳ない——そう考えたライラは話題を変える為、先程から抱えている疑問を再び彼女にぶつける。
「にしても、アナ。どうしてここにいるの?」
「ああ、あたし、ここで働いてるんだ。普段は夜、ホールで働いてんだけどね。たまにこうして店番もやってるの。まったく、遅番の後に早番とかやんなっちゃう。レティさんも大概だよねえ」
口ぶりとは裏腹に楽しそうに笑うアナ。なんだかんだ言っても、ここでの仕事が楽しいのだろう。ライラもつられて笑う。
「んじゃ、私達そろそろ行くね。また後で」
「お姉ちゃんとお買い物だったよね。気をつけてね。あ、そうそう——」
アナに手招きされ、ライラは近づき耳をぴょこんと立てた。アナは身を乗り出して、耳打ちをする。
「——あそこのクレープ屋さん。本気で食べたいんだったら、十一時半に並べば間違いなく買えるから。お姉ちゃんに食べさせたいんでしょ?」
「!!——うん! うんっ!! ありがと、アナ!!」
ライラはアナの手を握り、ぶんぶんと上下に振った。
その様子を眺めていた莉奈は、やっぱりライラは人と仲良くなるのが得意なんだなあと、少し嬉しく、そして少し寂しく感じる。
人から愛される才能。
実は莉奈こそ、その『特性』を与えられているのだが——その考えに至らない限り彼女がそれに気付く事はないだろう。
「じゃあ、行ってきまーす!」
「うん、行ってらっしゃーい」
扉を開け外へ向かう二人は、にこやかに手を振るアナに見送られる。
こうして莉奈とライラは、街へと駆け出して行ったのだった。
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