エピローグ ③





 色々な物を見た。色々な物を買った。美味しい物も沢山食べた。幸せな時間。


 莉奈はライラに服を選んであげる。すっぽり被るタイプのローブではなく、前開きの白いローブ。うん、大人っぽい。


 莉奈も、自分の服を買う。もうすぐ五月だ、夏に備えて——と、あれやこれやと考えて選ぶ。やはり、自分で選んで買うのは気持ちがいい。


 クレープは待った甲斐があり、格別に美味しかった。この世界にもクレープがあるんだ、と莉奈は驚く。


 二人してかぶりつき、そして口の周りにつくクリームを見て笑い合う。


 ライラは色々な場所を知っていた。アナのおかげだ。


 二人は街を満喫する。楽しい、とても。


 街を一通り見て回るだけで、一日はあっという間に過ぎ去っていく。もう、夕暮れだ。


 沈む夕陽を高台から眺め、二人は名残惜しそうに宿へと戻るのであった——。






 そして夜遅く、『妖精の宿木』の一室には莉奈と誠司、そして再びバッグを通して合流したヘザーとレザリアの姿があった。四人は情報とこれからの行動を共有する。


 まず、人身売買のグループを追って返り討ちに遭ってしまった二人の男エルフだが、こちらは無事に合流出来たらしい。


 あの晩誠司達と別れたナズールドとレザリアは集落に寄り、エルフだけにしか分からないメッセージを残してきたのだ。


 それを見た男エルフ達は『魔女の家』に向かい、今は家で休息を取っている。これで月の集落十三人の全員の生存が確認出来た。



「レザリア君。もしよかったら、君達、私達の結界内に引っ越してきたまえ。あの場所を知るものはもういないと思うが、念の為だ」


「よろしいのですか、セイジ様!」


 そう、それはエルフ達の懸念点だった。一度、悪意ある者に知られてしまった場所に戻るべきか、どうするか。かといって、いつまでも誠司達の家に厄介になっている訳にもいかない。


 その点、結界内なら安全だ。知る者しか辿り着けない魔法が掛けられているのだから。レザリアは深々と頭を下げた。





 扉を叩く音がする。ノクスだ。本日分の事後処理を終えた彼も、情報交換の為にやってきたのだ。


「なあ、リナちゃん。城では大騒ぎだぜ。見張りの兵が見ていたんだ」


「へ? 何が?」


 首を傾げる莉奈。ノクスは楽しそうに笑い、咳払いをして物々しく語る。


「影に覆われる街、『厄災』出現の報せ。その兵士は、地上で動く光を見た。通信によると、『救国の英雄』が戦っているらしい。その兵は手に汗を握り、彼の応援をしていた。んで、そこに別の光が現れる。その光はまるで燕の様に空を飛び回り、『厄災』を翻弄しているではないか。やがてその燕はこの地を照らす程の大きな光となって、地面に降り注いだ。固唾を飲んで見守っていると、この地を支配していた影が引いていくではないか。ああ——『救国の英雄』と『白い燕』が再びこの地を救ってくれたんだ、ってな」


 莉奈は目を覆う。


 結局、莉奈のやった事といえばちょこまかと動き弓矢をペシペシ撃っていただけだ。だが遠くから見ると、ノクスの語った通りに見えたのかも知れない。


「……ノクスさん。絶対、絶対に私だって言わないでね」


「いや、リナちゃん。もう遅い。リナちゃん昨日の夕刻頃、空飛んでただろ?」


「あっ……」


 そう、莉奈はライラを探す為、浴びる視線を物ともせずに街を飛んでしまったのだ。


「それを見た兵がいてな。それでルネディを撃退した後、一回城に来たじゃねえか。そん時にその兵もいて、ああ、あの人だって裏で話してた訳よ。んで、さっきの話が耳に入って……多分、街にも広まるかもな。まあ、悪気はないんだ、許してやってくれ」


「そんなあ……言論統制しといてよ……」


 天を仰ぐ莉奈を見て、ノクスはこらえ切れずに笑う。


 まあ話は盛られているかも知れないが、ルネディ撃退に大きく貢献したのは事実だ。昨晩莉奈が詰所から帰った後、誠司が照れくさそうに、そして自慢気に語ってくれた。今更、訂正の必要もないだろう。





 打ち合わせは進む。誠司と莉奈は念の為、次の満月までサランディアに滞在する事にした。


 ルネディの言い残した『次は是非、満月の夜に』という言葉を警戒してだ。さすがにまだ復活は出来ないと思うが——それでもしばらくは、満月の度にサランディアに滞在する事になるかも知れない。


 ノクスも、暫くは満月の夜は屋外に出ない様に国民に徹底させると言っている。後は、ルネディの出方次第だ。





「そう言えばノクス。『義足の剣士』という人物に心当たりはあるかね」


 誠司はふと思い出し、ノクスに尋ねる。ノクスは「ああ」と言い髭を撫でる。


「ここ数年で知られた名だ。本名は知らねえ。なんでも、剣士最強……いや、魔法使い含めても最強だといわれているな。なんたって、竜の単独討伐も成功したらしい。その話が本当なら一度手合わせしてみたいが……そいつがどうした?」


「……いや、ありがとう。少し気になっただけだ」


 莉奈の話を聞く限りでは、義足の剣士はこちらに敵意はない様だ。


 だが、誠司の事を知っている。莉奈の事も分かっている様だった。


 そしてその人物は——『厄災』の場所を知っていた。しかも、それ程までの強さを持っていながら『厄災』自体は放置したのだ。


 もしその人物がルネディ復活に一枚噛んでいるのだとしたら——かなり厄介な事になる。『転移者』の可能性も考えると、どんなスキルを持っているのか分からないからだ。


 如何いかにせよ、いずれは本人に会う必要がある。


 ——『義足の剣士』にしろ『厄災』にしろ、相対する為にはもっと力をつけなくては——誠司は心に誓った。





 翌朝、ヘザーとレザリアは救出したエルフ達を連れ『魔女の家』へと出発した。


 莉奈との別れを惜しみレザリアは相変わらずジタバタしていたが、それに加えニーゼも無言で莉奈にしがみついてきたので引き剥がすのに苦労した。


 どうにか引き剥がし彼女らを見送った莉奈に、ライラが膨れっ面で腕を握ってくる。


「もう! リナ、モテモテじゃんっ、ずるいっ!」


「なあに、ライラ。嫉妬しちゃった?」


 意地悪く言う莉奈に、ライラは顔を赤くする。


「そ、そんなんじゃないもんっ! 調子に乗らないのっ!」


「ふふ。じゃ、今日もお買い物行こっか」


「うんっ!」


 今日も快晴だ。絶好の観光日和だ。莉奈達はまだ見ぬものに思いを馳せ、街の中へと消えて行く——。







 ——あれから一週間程経過し、私達は満月の夜を迎えた。


 結論から言うと何事もなく、至って平穏な夜が過ぎて行った。少なくとも、今月は。


 それを確認し、とりあえず安堵した私達は一旦家に戻る事にした。なので今日がお買い物最終日だ。


 私とライラは相変わらず街をを満喫している。だけど、そんな私は——頭を抱えていた。



(……どうしよう、どうしよう、どうしよう! お金、使い過ぎだよね!?)


 そう、私は浮かれていた。異世界に来て初めての街。あれも欲しい、これも欲しい。元の世界で節約にいそしんでいた私は何処へ行ってしまったのだ。


 しかも駄目押しに、誠司さんが『気兼ねなく好きな物を買いなさい』と毎日過剰なお金を渡してくるのだ。駄目だ、あの人、子供の教育に向いてない。何処から出てくるんだよ、あのお金。


「リナ、どったの?」


 ベンチに突っ伏す私を心配して、クレープをもしゃもしゃしながらライラが顔を覗き込んでくる。


「いや、あのね。お金使い過ぎだなあって……」


「そなの?」


 そだよ! 毎日クレープなんて有り得ないんだよ? 贅沢過ぎる!


 それに、私もいい歳だ。いつまでもニートしている訳にもいかない。お金を——お金を家に入れなければ!


 私はうつろな目で呟く。


「……働かなきゃ」


「え! 働くって、リナ、お家出ていっちゃうの!? やだっ!」


 目を潤ませて訴えるライラの言葉にハッとする。


 そうだ、働くとなったら家から通う訳にはいかない。あの家を出て行く事になる。それを考えると、途端に寂しくなる。 


「あー、じゃあ、やっぱり、もう少しいいかなあー、なんて……」


「ほんと!? やった!」


 そう言って、ぴょんぴょんと飛び跳ねるライラを見て私は思う。この家族は人を駄目にする家族だ、と。


 自己嫌悪に押し潰されそうになりながらも私はなんとか立ち上がり、ライラを連れ街を歩き出す。彼女は楽しそうだ、とっても。ちくしょう。


 私は現実から目を背ける様に空を見上げ、目を細める。ああ、今日も世界は美しいなあ——。


 そんな私の目に、ふと、一つの看板が目に入った。私はその建物の前で立ち止まる。そうか、もしかしてこれなら——。


「リナ、どしたの? 早く行こっ!」


 くるくる回って駆け出すライラ。私は慌てて後を追いかける。


「待って、ライラ。もう——」





 その建物の扉を、ひと月後に莉奈は開く事になる。その建物の看板にはこう書かれていた。



 ——『冒険者ギルド』と。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る