第一部 エピローグ

エピローグ ①






 ノクスと合流した莉奈達は、城の詰所でお互いに情報交換をし合う。『厄災』ルネディの事、人身売買の件の事。


 西の門での人質奪還に莉奈達が絡んでいた事を知った時、ノクスと誠司は大層驚いたものだ。


 一通り情報共有を終え、ヘザーとレザリアはエルフ達の様子を見に一旦『魔女の家』へと帰っていった。大丈夫そうなら、明日、救出されたエルフを迎えに来るとの事だ。


 それを見送った莉奈は、バッグを持って一人宿へと帰る。そして誠司は、捕まえた男達への尋問を始めた——。





 朝方、誠司の帰って来る音で、莉奈は仮眠から目覚める。


 莉奈はハムサンドをかじりながら人身売買事件の顛末てんまつを聞いた。結局、誠司とノクスが屋敷内で捕らえた男が主犯格だったらしい。


 そして、救出した娘達の証言と捕らえた男への尋問の結果、『生きている娘達』は全員奪還に成功したという事で間違いはないそうだ。


 ただ、過去をさかのぼれば売られた娘、殺された娘も少なくないので、何ともやり切れない気持ちだ。



 さらわれた街の娘達は無事に家に帰し、エルフ達はレザリアの迎えが来るまで教会で待機している。


 問題は『売れ残り』と呼ばれた人達だが、こちらも国が責任を持って保護しケアをするとの事だ。何でもその内の一人は、ノクスの家に仮住まいさせるらしい。


 人身売買グループと癒着していた兵士も、誠司の尋問により判明した。昨夜、莉奈達が懲らしめた一人の他、三人の名前が上がったようだ。


 真夜中にも関わらず騎士団がすぐに動き、名前の上がったその兵士達を全員捕らえる事に成功した。彼らには、重い罪が待っているであろう。


 後は人身売買の取引先だが、こちらは国家間の問題にもなってくるので慎重に動かなくてはならないとの事。時間はかかるかも知れないが、ノクスならきっとやってくれるだろう、そう言って誠司は目を細めた。



 こうして、『人身売買』の件に関しては、一通りの決着をみた。だが、莉奈には一つ、ケジメをつけなければいけない事がある。


 誠司は宜しく頼むと言い、目を閉じた——。







 ——私は目を覚ます。そして、私はいつもの様に自分の身を守る祈りを——。




 激しく肩を揺すぶられ、私は詠唱を中断し目を開ける。私の肩を持ったまま、リナが私を見つめている。


「おはよ、リナ……どしたの?」


「おはよ、ライラ」


 リナの私を見る目が怖い。何かあったの?


 私は、昨日の記憶を呼び起こす。確か、昨日は——思い出し、私の顔が青ざめる。


「……リナ、怒ってる?」


「どうして、そう思うの?」


 間違いない、怒ってる。リナのこんな顔は初めて見る。私はリナの顔を見ていられず、目を逸らし答える。


「……勝手に、街へ行ったから?」


「違う。それも怒ってるけど、そうじゃない」


 まずい、泣きそう。


「……魔法でリナの事、眠らせたから?」


「……やっぱりか。でも違う、そうじゃないんだよ」


 しまった、墓穴だったか——違う違う、それどころじゃない、ちゃんと考えなきゃ。私は頭の中をグルグルさせる。


「……!! もしかして、私のせいで作戦失敗しちゃったとか!?」


 身体が震える。もしそうだとしたら、そうだとしたら……!


「——ううん、ライラのおかげで、全員無事に助けられたよ」


 助けられたと聞いて、私は喜んで顔を上げる。だけど、リナの表情は先程と変わっていない。


「……だったら」


「ねえ、ライラ。正直に答えて。ノクスさんに聞いたんだけどさ、もしかしてわざと攫われたって本当?」


 私は再び目を逸らす。


 それだ。私はお父さんの役に立つ為に、わざと攫われたんだった。


 でも、リナは私の強さを知っている。ちゃんと考えてやったって説明すれば分かってくれるはずだ。


「……うん、そうだよ。でもね——」


 その時だった。パチンという音と共に、私の頬が熱くなる。随分と久しぶりに感じる『痛み』という感触。


 私は驚いて、リナの方を見る。そのリナの瞳は——濡れていた。


「ごめんね……けどさ、けどさあ、なんでそんな危ない事するの!」


「……危なくないよ。ほら、私、結構強いし――」


「そういう事じゃないの!」


 ビクッとする私の肩を軽く揺らしながら、リナは続ける。


「ねえ、ライラ。あなた手とか縛られてたんでしょ? 口とか塞がれてたんでしょ?」


「……うん」


「あなた、自分が強いって言うけどさ……例えばその状態で川に沈められたら、あなた泳げるの?」


 ——そこまで考えてなかった。


 運良く目的の場所に運んで貰えたからいいものの、もし、運んでる途中で誰かに見つかって川に投げ捨てられたりしたら……私は泳ぎ方を知らない。


「……泳げない……沈んでいくと思う……」


「他にもさ! 例えば悪い薬うたれたりとか、あいつら麻痺毒とかも使ってたし! そうしたらあなたがどんなに強くても、殺されたかも知れないし、いけない事されてたかも知れないんだよ!」


 リナの瞳から涙があふれ出した。リナの感情が伝わってきて、私は急に怖くなる。


 そうだ。私は私を強いと思っていたけど、私を殺す手段なんていくらでもあるんだ——私は感情がぐちゃぐちゃで、自分が泣いているのかどうかも分からなかった。


「……ごめん……えぐっ……なさい」


 そんな私をリナは抱きしめ、耳元でささやく。


「ごめんね。私も人の事言えないんだけどさ……私のわがままなんだけどさ……せっかく出来た家族が危ない目に遭うのは嫌なの。怖いの。それでも、どうしても悪い事するなら言って。一緒にしよ?私はライラの、お姉ちゃんだからさ」


「……うん……ごめん、リナぁ……ごめんねぇ……」


 私の背中を撫でるリナの手が暖かい。私は誓う。少なくとも、リナに相談なしに危ない事はしないと。


「ライラ、ひっぱだいちゃってごめんね。痛かったよね」


「……うん。びっくりしちゃった」


「じゃあ、仲直りのお買い物、しに行こっか。誠司さんからお金、いっぱい預かっちゃった」


 そう言って私を引き離そうとするリナを、私はギュッと引き寄せる。今は涙でぐしゃぐしゃの顔を見られるのが、なんだか恥ずかしくて照れ臭い。


「ごめん……も少し、このままがいい」


「もう、ライラは甘えん坊さんだなあ」


 ポンポンと優しく頭を叩かれながら、私はその心地よさに身を委ねる。


 今日は待ちに待ったリナとのお買い物だ。いっぱいいっぱい案内してあげよう。


 私はリナを抱く腕に、ほんの少しだけ力を入れた。





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