『厄災』来たりて 10 —『厄災』去りて—
『すごいわね、セイジ。正直、ここまでやられるとは思わなかったわ』
地中から響く声。ルネディの影は拍手をする様に手を動かした。
「馬鹿にしてるのか?」
『そんな事ないわよ。エリス抜きで、あなたがここまでやれるとは本当に思っていなかったし。それに——』
ルネディの影が
『——あなただけじゃ、私を殺せない事も確認出来たし』
「安心しろ。次は、殺す」
誠司の言葉に、ルネディの影は肩をすくめる仕草をした。
『ああ、そう。頑張ってね。あと、そこのセイジの娘』
突然呼ばれた莉奈は「ひゃい!?」と間抜けな返事をし、誠司の背中に隠れる。
『あなたも大したものね。あなたがいなければ、あの場でセイジを殺せていたのに』
「殺しちゃ駄目!」
莉奈は思わず脊髄反射で言葉を発してしまう。その言葉に、首を傾げる影。
『どうして?あなた達は、私を殺そうとしてるのに?』
「う……それはごめんだけど……とにかく駄目なものは駄目なのっ!」
その言葉に、ルネディはふふっと笑う。
『あなたは娘ですし、まあそう思うのは当然ね。気持ちは分からなくもないわ』
「——ルネディ、一つだけ訂正させてくれ。彼女は私の娘でも何でもない」
突然、二人の会話に誠司が割り込んできた。その誠司の言葉に莉奈は慌てる。
「わあっ、誠司さん、しーっ、しーっ!」
「……いや、君の為に言ってるんだぞ」
誠司は声を潜め、冷たくあしらう。そんな二人の様子を見て、ルネディは
「あはは! 心配しなくても、家族だから狙うとかしないわよ。私は、私を殺そうとする者を殺すだけ。ただそれだけ。それにしても、あなた、リナといったわね。本当に面白い娘」
誠司は鼻を鳴らしルネディの真意を表情から探ろうとするが、その影からは何も読み取れない。
莉奈は突然褒められ——たのか? と、キョトンとしている。
「——なあ、ルネディ。お前は本当に、あのルネディなのか?」
『ふふ。そうと言えばそうだし、違うと言えば違うかもね。でも、もし違ったら、あなたは私を見逃してくれるのかしら?』
「——いや。『厄災』は全て滅ぼす」
『そ。じゃあ、無意味な質問ね』
ルネディは興味を失くしたかの様に吐き捨てる。これ以上のやり取りは意味がない、という風に。
『さあて、私が生き返ったという事は、マルティやメルも生き返っているかもね。動ける様になったら、探しに行こうかしら。邪魔しないでね』
「もしそうだとしたら、ぞっとするな。生き返っていたら教えてくれ。私が殺しに行くから」
その言葉に、ルネディの影があからさまに怒りの感情を覗かせる。
だが、それを睨む誠司の頭に、莉奈が「とうっ」と手刀を入れた。
「いつっ!」
「……煽る様な事言わないの! 勝つ方法ないんでしょ!?」
小声で説教する莉奈。その様子を見たルネディは気が抜けたのか、クスクスと笑う。
『リナ。立ち場が違えば、私達、案外仲良くやれたのかも知れないわね。まあ、また殺し合いましょう。そうそう、凄腕のエルフの娘にもよろしくね。次は是非、満月の夜に。それまで、ごきげんよう』
そう言い残し、ルネディの影は消えた。それと同時に、この地を支配していた影も引いていく。あたりはすっかり平穏な状態に戻っていった——。
ルネディの気配が去っていく。それを確認した誠司は肩を落として深く息を吐き、その場に座り込んだ。
「ねえ、誠司さん……一つ質問があるんだけど」
「何だ」
「マルティ? とかメル? って言ってたけど、それって、もしかして……」
「——ああ、『厄災』だ。私達が過去に相手取った『厄災』は、全部で七体いる」
「……マジかあ」
莉奈は目の前が真っ暗になる。たった一人の、しかも万全でない『厄災』相手にこれだ。そいつらが徒党を組んで襲ってきたらどうするというのだ。
どうか、『厄災』はこれで終わります様に——。
背後から足音が聞こえる。莉奈は駆け寄ってくるレザリアに手を振る。彼女は少し離れた場所から、矢をつがえたまま様子を
そして、莉奈目掛けて走って来たレザリアは、ぴょんと彼女に抱きつく。
「リナ、リナ! 無事で良かった! 私が行くまで手を出さないで、って言ったじゃないですか!」
「いやあ、あはは……つい」
「つい、じゃないですよお!」
レザリアはぷんぷん怒りながら、莉奈を抱きしめる腕に力を入れる。痛い。
遅れて、ヘザーが溜め息を吐きながらやってきた。
「大変だったんですよ、リナ。レザリア、気を失ってしまって」
「だって、だってえ!——」
——レザリアの想定では、こうだったらしい。
まず、莉奈が誠司とルネディを見つける。そして、レザリア達に連絡。ここまでは、想定通りだ。
その後、莉奈がレザリア達が向かっている事を誠司に伝え、一旦身を引かせる。
そしてレザリア達と合流し、皆が揃った所でルネディと戦うなり逃げるなりしよう、と。
それが急いで来てみれば、白い光が空をビュンビュン飛び回っているではないか。
それを見てしまったレザリアは、それまで『灯火の魔法』を唱え続けて魔力切れを起こしていた事も相まって、卒倒してしまったのだ。
そうして、気絶したレザリアをヘザーが肩に担ぎこちらに向かっている最中で、莉奈からの通信魔法が入る。
その声を聞き、レザリアはガバッと目を覚ました、との事だった。
莉奈は「おーよしよし」とレザリアの髪を撫でる。レザリアはご満悦の様子だ。その様子を眺めていた誠司が、疑問を口にする。
「君達がここに来た理由は分かった。通信魔法で莉奈とやり取りしていたんだな。しかし、莉奈。よくこの場所が分かったな」
「あ、そうだ。誠司さん、『義足の剣士』って人知ってる?その人にこの場所教えて貰ったんだけど。その人、誠司さんの事知っているみたいだったよ」
誠司は過去の記憶を思い返す。だが——。
「——いや。初めて聞く名前だ。どんな人だ?」
「えっとね、ロングマントにフード姿で顔は見えなかった。でも、一部の人には知られてるって言ってたかな。あ、そうそう、これ重要かもしんない。その人、口がきけないみたいで、通信魔法を使わずに私の頭の中に直接語りかけてきたけど……」
その言葉を聞き、誠司に緊張が走る。
通信魔法にもいくつか種類があるが、全て相手との魔法の唱え合わせが必要だ。
未知の魔法ならそれでいいが、もしそれがその者の持つ『スキル』だった場合——その人物は、転移者の可能性が出てくる。しかも、誠司の事を知っているというではないか。
誠司は知り合いの転移者を思い浮かべる——いや、彼の能力はもっと別の物だ。彼じゃない。
「——二人は、その人物に心当たりはあるかね?」
誠司は、ヘザーとレザリアに問いかける。だが、二人とも首を横に振った。
「なら、街であたってみるか。案外、ばったり出くわすかもしれないしな。よし、皆、そろそろ街へ帰ろうか」
こうして、ルネディを撃退した四人は街へ——
「……あの、レザリア。そろそろ離してくれると嬉しいんだけど」
「いやですう。目を離すと、リナ、すぐ危ない目に遭うのでえ、グスッ」
「……ヘザー、ごめん、お願い」
「はい、かしこまりました」
こうして、無理矢理莉奈から剥がされてジタバタしているレザリアを抱え、四人はサランディアの街へと帰って行く。
その四人の姿を、月はただただ静かに見守っていたのだった——。
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