『厄災』来たりて 04 —道標—
†
門の詰所に案内された莉奈達は、部屋の窓から覗く外の光景に目を見張る。
空を見れば月が浮かんでいるのに、地面が暗い。まるで、新月の夜の様だ。
莉奈は部屋にあるカンテラを持ち、窓の外を照らして様子を
そうやって身を乗り出す莉奈を、レザリアが慌てて部屋の中へ引き込む。
「リナ。あまり乗り出してはいけません。あの影に捕まったら、逃げられません——」
そう言いながら影を睨みつけ、レザリアは歯
「……ルネディ……
「……レザリア、知ってるの?」
「はい……あの影は、月の明かりが届く場所でしか動けませんので、屋内にいれば大丈夫なのですが……あの人型の影が出ているという事は、まさか、どこかで戦闘が行われている……? それとも……」
莉奈に答えているつもりが、後半は自問自答になってしまっている。レザリアも、この状況を消化しきれていないのだ。
「ルネディ、っていうのが『厄災』の名前なんだね」
「ええ。ただ彼女は昔、エリス様とセイジ様が消滅させました。本当に、ルネディなのでしょうか……それとも別の……」
レザリアは莉奈の質問に答えるが、心ここに在らずといった感じだ。茫然と影を見つめながら思案している。
レザリアは試しに、影に向かい矢を放った。その矢は、影をすり抜け地面に突き刺さる。人型の影は一瞬こちらを見たが、興味なさそうに顔を元の向きに戻した。
「この感触、あの時と同じですね……」
その時、部屋内の兵士の、おおっという
「『救国の英雄』様が、街の外でルネディと交戦しているらしい」
「そうか! なら、何とかなるかも知れないな!」
兵士達の顔に、安堵の色が浮かぶ。だが、その話を聞いた莉奈の心中は複雑だった。
(——え、『救国の英雄』って、まさか誠司さんが『厄災』と戦っているの? 今まで聞いた話から察するに、『厄災』はエリスさんの
急に不安が襲ってくる。
情報を共有しようと莉奈がレザリアの方を向くと、彼女も会話が聞こえていたのか、莉奈に近づきコートの裾を掴む。そのレザリアの身体は、小刻みに震えていた。
「……いけない……いけません。セイジ様一人では……絶対に彼女には勝てない……」
明らかに動揺しているレザリアに、莉奈は小声で聞き返す。
「……どういう事、レザリア」
「……はい。『厄災』はいくら斬っても再生してしまいます。してしまうのです。例えそれが、肉片まで切り刻んだとしても。『厄災』は、強力な魔法などで
「……じゃあ、誠司さん一人だと……」
レザリアに返す莉奈の声は震えていた。
今、誠司さんは——
「……はい。戦い続ける限り、いずれ、殺されてしまうでしょう」
——死ぬ戦いをしている。
莉奈の顔が青ざめる。
——嫌だ。嫌だ。嫌だ。これが終わったら、一緒に旅するって約束したじゃん!
莉奈は居ても立っても居られず、レザリアに、ヘザーに告げる。
「……私、行ってくる」
「リナ!」
レザリアは、悲痛な声を上げ、莉奈の手をつかんだ。
「止めないで、レザリア。大丈夫。誠司さんを連れて、戻ってくるよ」
莉奈は、真っ直ぐにレザリアの瞳を見て宣言した。その莉奈の瞳を見て、レザリアは唇を噛み
「わかりました。ただし、私も行きます」
「レザリア……」
「リナは空から行って下さい。空への攻撃手段はないはずなので。そして、セイジ様を見つけて下さい。場所が分かったら私に連絡を。私が着くまで、決して、『厄災』には手を出さない様に」
「うん、わかった!」
莉奈は元気よく返事をする。やはり、持つべきものは友だ。
莉奈とレザリアは指を組み、通信魔法を唱え、互いを結び合った。その様子を見ていたヘザーが、莉奈に近づく。
「——ヘザー。止めないよね?」
その問いに、ヘザーは口元を緩める。
「ええ。私もレザリアと一緒に向かいますよ。くれぐれも、無茶はしない様に。リナ、セイジを宜しくお願いします」
そう言って、ヘザーは深々と頭を下げ、莉奈に何かを渡す。それを受け取った莉奈は、ヘザーに向けて親指を立てる。そして、兵士がこちらを見ていないのを確認し、窓に足を掛けた。
「ありがとう、二人共——じゃあ、行ってきます」
二人に手を振り、莉奈は空へと飛び立った。それを見送ったヘザーは、
「さて、レザリア。連絡がくるまでの間、あなたにはやって貰いたい事があります」
「——はい、何でしょう?」
不思議そうな顔をするレザリアに、ヘザーはバッグから球体状の物を取り出し、レザリアに渡す。
「こちらに、とある魔法を出来るだけ詰め込んで頂きたいのです。その魔法は——」
†
私は上空に飛び立ち、地上を見下ろす。不味い。勇んで飛び出してみたものの、どこで戦闘が行われているのか
(確か、兵士さん達は街の外って言っていたけど……)
私は広がる地平をにらむが、暗さも相まってよく見えない。
どうしよう、さっきの兵士さん達に聞きに戻るか、運を天に任せるか——そう、私が思案している時だった。
『——私の声が届くかな。君と、少し話がしたい。降りてきてくれるかな』
私の頭の中に、男の声が響く。
最初、通信魔法かと思ったが——違う。知らない人とは魔法のやり取りをしていない。そして、何か、そう、通信魔法と違い、頭の中に直接、語り掛けられているような感じだ。
私は、慌てて辺りを見渡す。すると、城壁の上に先程まではなかった照明魔法が点滅する光が見えた。
私は警戒しつつ、その光の元へと向かう。そして、その光から少し距離を開けて降り立つと、その人物は照明魔法を消した。
『——ありがとう』
再び、脳内に男の声が響く。
私は、観察する。その人物は、赤いロングマントを身に
「……あなた、誰?」
『——私は、周りからは『義足の剣士』と呼ばれている者だ。一部の者には知られているから、後で誰かに聞いてみるといい。そして、私は声が出せなくてね。この様な形でしか話せないんだ、申し訳ない』
義足と聞き、私はその人物の足元に目をやる。確かに、右足が人工物で出来ているっぽかった。だが、それよりも、私は頭の中に響く声に疑問を感じる。
「……それ、魔法じゃないよね」
そんな魔法は、存在しないはずだ。任意の相手に同意なく、一方的に声を送る魔法など。
何より、その響く声に、魔力的なものを感じない。私の質問に『義足の剣士』は答える。
『——この能力に関しては……今は気にしないで貰いたい。それより、急いでいるんだろ?』
そうだった。こんな所で
「うん、そうなの。それで、用件は何?」
その私の問いに、『義足の剣士』はある方向を指差した。
『——この先を真っ直ぐ進みなさい。ゆっくりと、目を凝らして、見逃さないように。いずれ、戦っている光が見えてくるはずだから』
私は驚愕する。何で、この人がそんな事を知っているのかと。困惑する私を気に留めず、脳内の声は続く。
『——私の用件は、以上だ。それだけ伝えたかった』
疑問は尽きない。何故、戦闘が行われている事を知っているのか。何故、私の目的を知っているのか。何故、魔法でない能力を使えるのか——。
だが、考えても仕方ない。今は、誠司さんを見つけるのが優先だ。
「……ありがと。行ってみる」
騙されている可能性も頭をよぎったが、私はこの人の言う事を信じてみる事にした。少なくとも、何が起こっているのかをこの人は知っている。なら、あてもなく捜すよりかは、よっぽどマシだろうと。
私は、『義足の剣士』が未だ指差している一点に向かい飛び立った。最後に、男の声が鳴り響く。
『——彼を……誠司を、宜しく頼む』
その言葉に私が慌てて振り返ると、『義足の剣士』の姿はまるで闇に溶けたかの様に、
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