『厄災』来たりて 03 —月下美人—
†
誠司は駆ける。城壁の
誠司は駆ける、草原を。覚えのある『魂』へと向かって、一直線にひたすらに駆け続ける。
誠司は駆けながら、
(……満月でないのは、せめてもの救いか)
誠司は
あれは、満月の時に真価を発揮する。特に、戦いにおいては。
だが半月とはいえ、月が出ている以上は彼女の独壇場であろう。戦略もクソも無い。ただ、やれるだけの事をやるだけだ。
やがて誠司は辿り着く。かつて消滅させた相手の元へ。誠司は駆ける速度を落とし、唾を飲み込み、彼女へと近づいて行く——。
それは草原の中にポツンとある、背の丈くらいの岩の上に腰掛けていた。
それは歌いながら、真っ直ぐに空に浮かぶ月を眺めていた。
それは胸元の強調された、黒いゴシックドレスを身に纏っていた。
あの時のままだ。月の明かりに照らしだされた彼女の姿は、美しい。『月下美人』——そんな言葉が脳裏に浮かんでしまう。
そんな事を考えてしまった自分自身に、誠司は悪態をつく。最悪だ、
やがて『厄災』は、その長い魔族の耳をピクリと動かし、近寄ってくる気配に気付く。そして彼女は、ゆっくりと誠司の方を振り向いた。
「——あら、あなたは……そう、確かセイジとか言う人間ね。お久しぶり、でいいのかな。私を殺した人」
ルネディは口元を指で隠し、クスクスと笑う。誠司は刀を抜き、その切っ先をルネディへと向け、問いかける。
「——何故、貴様が生きている、ルネディ」
「ふふ。それは私が聞きたいわ、セイジ。私はあなたに殺されたはずなのにね。ねえ、あなた、ちょっと老けたんじゃない?」
何故、コイツは会話をしようとする——誠司は疑問に思う。あの時、コイツはここまで理性的でなかったはずだ。分からない。
誠司はすぐにでも斬りかかりたい気持ちを抑え、刀を向けたまま、ルネディを睨み会話に付き合う。
「あれから二十年近く経っているからな。そのぐらいの時間でも、人間は老けるものだ」
誠司の返答にルネディは驚いた表情を見せる。
「あら。もうそんなに経っていたのね。あの女、エリスは元気なの?」
「エリスは——もう、いない」
その言葉を聞き、ルネディは誠司を見詰める。真意を測ろうとしているのか。
誠司は目を逸らさず、ルネディを睨み続ける。ややあって、ルネディは表情を変えることなく口を開いた。
「ふうん、そうなんだ。ご愁傷様。じゃあ、あなたに私は殺せないわね。だったら、放っておいてくれると嬉しいんだけど」
「見逃せと?それは出来ないな。殺せなくとも、殺すまでだ」
誠司は刀を構える。その様子を見たルネディは、ふんと鼻を鳴らし、地面に降り立った。そして——彼女は『厄災』の力を発動させる。
その瞬間、月明かりで照らされていたはずの辺りは影に覆われた。
誠司は舌打ちをする。あわよくば、彼女が『厄災』の力を失っている事を期待したが——無駄だった様だ。今頃、この地域一帯が影に覆われている事だろう。
彼女の『厄災』の力の一つは、月の出ている間、この地を影で覆う事。
それは、太陽が出ていても、月さえ空に存在していれば発動する。
そして、その間は月齢に応じて地表に届く光を
短期間なら大して問題ではない。が、長期に渡るといずれ来るのは食糧難、ひいては、生態系の破壊に繋がってしまう。
そして、もう一つ——ルネディが手を上げると、影から無数の人型の影が生えた。その影達が、誠司を取り囲む。
これだ——誠司は警戒する。
その影は月の明かりが届く場所なら発現し、攻撃を受け付けない。影を斬るのは不可能だから。だが、影は相手を掴む事が出来る。その相手を握り潰す事も。とんだチート能力だ——と誠司は毒づく。
「ねえ、セイジ。せっかく生き返ったんだから、私はのんびり暮らしたいの。あなたが私を見逃してくれるのなら、この影を引っ込めてもいいんだけど?」
「はん、信じられるか。そもそも、お前が『厄災』の力をコントロール出来るなんて、聞いた事ないぞ」
ルネディは「今、やってみせたじゃない」と呆れた顔で言う。
そうだ、誠司の持つ違和感はそれだ。あの時『厄災』は、ただそこにいるだけで、能力を発動していたのだ。
「ねえ、本当にやる気なの? 私を殺す手段を持たないあなたが?」
「……ああ。『厄災』を滅ぼすのは、エリスの遺志であり、私の意志でもあるのだからな」
「あ、そ。まあ、私としては、邪魔する人は全員殺しちゃえばいいだけだから」
ルネディが邪悪な笑みを浮かべる。それを合図に、影達が一斉に動き出した。
そして誠司も、ルネディを討たんとその一歩を踏み出したのだった。
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