『厄災』来たりて 02 —号泣—




 睡眠不足も手伝ってレザリアはハイになってしまっているのだろうと判断したヘザーは、相変わらずパタパタしているレザリアを引きり戸棚へと向かう。


 有事に備え、ライラを強制的に眠らせる事が出来るよう、この家には眠り薬が常備されているのだ。


 ヘザーは眠り薬を布に染み込ませ、レザリアの口に当てがう。程なくしてレザリアの目はトロンとし、やがてスースーと寝息を立て始めたのだった。




 ——そして陽も沈んだ頃、レザリアは目を覚ます。


 いつの間にかベッドに寝かせられ、かたわらには本を読んでいるヘザーの姿があった。レザリアが目覚めた事に気付いたヘザーが、声を掛ける。


「おはようございます、レザリア。よく眠れましたか?」


 意識が覚醒したレザリアは、ヘザーの呼び掛けに答えず、ガバッと飛び起き窓へと駆ける。辺りはもう暗くなり始めていた。


「……そんな……リナ、リナぁ……」


 愕然がくぜんとし、崩れ落ちるレザリア。そんな彼女に、ヘザーは本を閉じ声を掛ける。


「レザリア。私はこれからリナの元へ向かいます。後の事をお願いしたいのですが」


「わ、私も、向かいます! 連れていって下さい!」


「いえ、特殊な移動手段を使うので……その、出来ればお留守番を……」


 その言葉を聞き、レザリアは大声で泣き始めた——家中に響く「わあああああん」という声を聞きつけて、ナズールドが慌ててやって来る程の大声で。


「どうしました、何があったのです!?」


 扉を開け入ってきたナズールドを認めたレザリアは、彼にボロボロと涙を流し訴えかける。


「ナズールド! リナが、リナがああっ!」


 いや、別にリナに何かあった訳ではないが——と、ヘザーは思う。


 ただ結果的に、莉奈に何か起ころうとしていたのは事実だったが——その時点の彼女らには知るよしもない。


 ヘザーはナズールドにかいつまんで事情を説明し、未だ泣き止まないレザリアをさとす。


「レザリア、泣くのをおやめなさい。このままではあなたの流した水分で、この家の床が腐って抜け落ちてしまいますよ」


「ええ、ええ! 抜け落ちるまで泣き続けますとも! リナとの約束を守れないなら、このまま床から落下死してやりますとも! うわあああん!」


 いや、ここは一階だけれど、とヘザーとナズールドは顔を見合わせる。このままではらちがあかない、と先に観念したナズールドが、ヘザーに頭を下げた。


「ヘザーさん、その、レザリアを連れて行ってやってはくれないか?留守番は、私が責任を持ってするので……」


 その言葉を聞き、レザリアはナズールドをチラッと見て、再び「わあああん」と声を上げる。


 もはや演技っぽいものを感じなくはないが——ヘザーもついに根負けをした。


「——わかりました。このままでは本当に床が落ちかねませんからね。レザリア、準備なさい」


「ヘ、ヘザー様! はいっ!」


 ヘザーの言葉を聞いたレザリアは元気よく立ち上がり、いそいそと準備し始めた。これを素でやっているのだとしたら、相当にタチが悪いですね——と、ヘザーは溜め息をつく。


 そして、準備の出来たレザリアをヘザーは部屋に招き入れた。


「レザリア、一つだけ忠告致します。ここから先の部屋で見たものは、絶対に他言しないよう。いいですね?」


「は、はい、わかりました。身命をして、このレザリア、誓います!」


 ——こうして二人は、莉奈の元へと向かう為、書庫へと降りて行ったのだった。






 ——重い、重いよ、レザリアぁっ!


 ヘザーの話を聞き終えた莉奈の感想はそれだった。


 話を聞いている間、ずっと頭を撫でられていたレザリアは赤面している。


 ただ、ヘザーとレザリアが来てくれた事で助かったのは事実だ。もし、二人が来てくれなかったら——莉奈は男達に連れ去られていただろう。


 その場合、状況はどうなっていたか分からないが、今より面倒くさい事態になっていた事は間違いない。


「——ありがとね、二人とも。いやあ、二人が来なかったら、私、今頃殺されてたかもー、あはは」


 仮に殺されていないにしても、今頃、複数人で押さえつけられてはずかしめを受けていたかも知れない。


 アイツら、私じゃ物足りない、とかずいぶん失礼な事をぬかしてたけど――と、莉奈は先刻のやり取りを思い出す。


 少しイラッとし、言うほどなくはないと思うけど、と自分の胸に視線を向ける。その時、その視界の片隅に入ったレザリアの目が座っている事に莉奈は気付いた。


「どしたの、レザリア?」


「……あの男達……やはり、今からでも殺しておくべきでしょうか……」


「うん、兵士さん達の前で、それは止めようね?」


 莉奈が苦笑し、兵士達に目を向けると、何だか様子がおかしい事に気付く。バタバタと慌しくしているのだ。


 不思議に思いその様子を眺めていると、やがて一人の兵士が莉奈達に駆け寄って来た。


「君達、今すぐ屋内に入りなさい。さあ、こっちに」


「え、どうかしたんですか?」


 莉奈は立ち上がりながら、兵士に聞く。その質問に、兵士は言いづらそうに莉奈達に告げた。


「まだ未確認の情報だが……『厄災』が来る可能性があるとの事だ。さあ、急いで」



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