第五章 『厄災』来たりて

『厄災』来たりて 01 —『厄災』来たりて—





 ——『厄災』ルネディ。かつてこの地をむしばんだ脅威。


 その昔、ライラが生まれる前、誠司とエリスが消滅させた相手。


 そいつが今、誠司の探知に引っ掛かった。かろうじて平静を取り戻した誠司は、刀を鞘に収め、深呼吸をする。




「ノクス。私が見てくる。ここのことは頼んだぞ」


「待て、セイジ。俺も行く!」


 ノクスは誠司を引き止め、よろよろと立ち上がろうとする。だが、痛みが無いとはいえ傷は塞がっていない。ノクスは身体を支えきれずに、膝をついてしまう。


「ノクス。すまない、今の君では足手まといだ——もっとも、私一人でどうにか出来る相手でもないがね」


 誠司はそう言い、自嘲気味に笑う。


 そう、誠司一人では『厄災』に勝つ事は出来ない。絶対に。だが、それでも行かなくてはならない。


「クソ! 回復魔法の使い手が来たら、すぐに治して貰って向かうからな……いや、待ってられねえ。そうだ、今すぐライラちゃんを一瞬でいい、起こしてくれ!」


「いや、気持ちは嬉しいが、君は民衆を屋内に避難させる事に尽力じんりょくしてくれ。ルネディに本気を出されたら、屋外にいるのは危険だ。君も彼女の能力は、知っているだろう?」


 ノクスは頭を掻きむしる。


 誠司の助けになりたいのは山々だが、ノクスは国に仕える身だ。まずは民衆の安全の確保の為に動かなくてはならない。


「ああ、ちきしょう、後で必ず行くからな! セイジ、死ぬんじゃねえぞ!」


「ああ。エルフ達と酒を飲む約束をしているんだ。死ぬつもりはないよ」


 誠司はそう言い、ノクスに手を上げ部屋を出て行った。それを見送ったノクスは、すぐに通信魔法を立ち上げ兵士達に指示を送る。



 そんな二人のやり取りを見ていたカルデネは、その会話の内容からただならぬ事が起きていると察知する。


 『厄災』の話は知っている。それを打ち倒した『白き魔人エリス』の名も。


 魔族の一部には、エリスを崇拝する者もいるくらいだ。ただ、人間嫌いの一部の魔族には彼女を嫌悪する者もいるのは残念ではあるが。



 だが、そのエリスの尽力により滅ぼされた『厄災』が復活してしまったらしい。それが本当なら、ただならぬ事態だ。


 そして、誠司。記憶が確かなら、エリスの伴侶は『セイジ』という名だったはずだ。


 そうか、あの人が——場違いながら、カルデネは自分を助けてくれた男が既婚者だった事に、少なからずショックを受けている自分に驚く。そんなつもり、ないのに。ごめんなさい。


 カルデネは気を取り直し、祈りを捧げる。


(……どうかエリス様。あの人が……あなたの伴侶が無事に帰って来れますよう、お願い申し上げます)







 西の門では、莉奈達は暇を持て余していた。


 兵士達は莉奈達に軽く事情を聞き、先に人質の保護と事情の聴取、そして、倒れている男達の連行の準備をしている。


 その後、莉奈達に詳しく聞き取りを行いたいとの事なので、邪魔にならない様に壁際でレザリア、ヘザーと共に大人しく座って待っている。


 ヘザーは、まだ時間がかかりそうだとバッグから本を取り出した。その様子を見て、莉奈は先程の出来事を思い出し、二人に質問をする。



「ねえ、そういえばあなた達。私の見間違いでなければ、そのバッグから出てきた様に見えたんだけど?」


 莉奈の質問に、ヘザーは本を開こうとした手を止め、莉奈に説明をする。


「ああ、実はこのバッグ、家の書庫に繋がっているのですよ」


「書庫? そんなのあったっけ?」


 莉奈は考える。あの家に書庫などなかったはずだ。


 ただ、ヘザーは毎回違う本を読んでいるので、どこにしまってあるのだろうと疑問に思ったことはあるが。


「はい。私の部屋から直通で、地下にあります。このバッグは私しか使えませんが、あの書庫に存在する物なら、何でも出し入れ出来るのですよ」


 そんな便利な物があったなんて。そして、もう長年住んでいたあの家にそんな場所があったとは——と莉奈は驚く。そこで莉奈は、一つの疑問が浮かんだ。


「じゃあさ、じゃあさ。エルフさん達、そのバッグで送ってあげればよかったんじゃない?」


 エルフ達をバッグで送れば、移動の手間がはぶけたはずだ。その莉奈の真っ当な質問に、ヘザーは苦笑し答える。


「それも考えましたが……あの部屋には見られたくないものが多いのですよ。本来であれば、レザリアにも」


 そう言って、ヘザーはレザリアをジロリと睨んだ。


 そのヘザーの視線に気づいたレザリアは「だって……だって……」と言い、莉奈の腕に自分の腕を絡ませる。ヘザーは、ふうと息を吐き、詳細を説明する。






 ヘザーとエルフ達は夜通し歩き、『魔女の家』へと向かう。


 道中、会敵はそれなりにしたものの、レザリアの孤軍奮闘により危なげなく進行が出来た。


 こうして、一行は無事に家に辿たどり着いた。そしてヘザーはレザリアに手伝って貰い、エルフ達に部屋を割り当て食事を振る舞う。


 それがひと段落した所で、レザリアはもう待ちきれないと、出発の準備をし始めた。



「レザリア。どこへ行くのです?」


「ヘザー様、どうか止めないで下さい。私、リナと約束したんです、必ずリナの元に馳せ参じると!」


 では——と言い駆け出そうとするレザリアの襟首えりくびを、ヘザーは掴む。レザリアの足がパタパタと虚しく空回りした。


「お待ちなさい、レザリア。目の下のクマが酷いですよ。いいから休みなさい」


「どうかお離し下さい、ヘザー様。ああ、私が行かないとリナが、私のリナがあっ!」






「はい、一旦ストップ、ヘザー」


 淡々と話すヘザーを、莉奈は止める。隣ではレザリアが「あわわわわ」と目をグルグルさせている。


「ねえ、レザリア。さっきも気になったんだけど……私ってあなたの所有物だっけ?」


「い、いえっ! ゆ、友人っ、そう、友人ですっ! 深い意味はありません、ゆえっ!」


 出会って二日程でこんなに懐いてくれるのは嬉しいが、なんか行き過ぎている様な気もする。あの時は冗談かとも思ったが、本当に寝ないで来ようとしていたなんて。


 莉奈は空いている方の手でレザリアの頭を撫で、優しくさとす。


「もう。嬉しいけど無茶しちゃ駄目。それでレザリアに何かあったら、私だって悲しいんだよ?」


 レザリアは「ひゃっ!」と声を上げ、莉奈を絡める腕に力を入れる。レザリアは小さい声で「そういう所ですう」と呟いたが、莉奈の耳には届かなかった。


「まあ、いいや。ヘザー、続けて」



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