そして私は街を駆ける 17 —儀式②—




「……そして、私は……『売れ残り』の生活を送っている内に……男達の相手をさせられている内に……身籠みごもってしまいました。腹も目立つ様になり、用済みになった私は、いよいよ殺される……そう思いました。他の者を置いて一人だけ逃げるのは忍びなかったのですが……私は生きたかった。そして私は、ある晩、隙をうかがい『深き眠りに誘う魔法』を唱えたのです」


 魔法を唱えれば、周囲の他のさらわれた者達も眠らせてしまう。


 一人で逃げる分には、いくらでも機会はあったのだろう。だが、カルデネはそれをよしとしなかった。誠司もノクスも、先程感じた怒りが再燃している。


 カルデネは息を吸い、腱を切られのたうち回っている男に視線を送った。


「……ただ、この男には効かなかった。この男は、その様な魔法を無効化する装飾品を身につけていたのです。私は逃げる事は叶わず、呆気あっけなく捕まってしまいました。そして、利用価値があると判断された私は、執拗しつように腹を蹴られ……」


 そこまで言って、カルデネは口を押さえ、必死に逆流してくるものを抑え込む。


 聞かずとも分かる。妊婦の腹を蹴るという事は、つまりそういう事だ。


 誠司は、そこに転がっている男と、そしてカルデネにそこまで話をさせてしまった自分に怒りが湧く。


「……ありがとう。すまなかった、話してくれて。最後に、一つだけいいかな?」


 カルデネは口を押さえながら、頷く。



「君は、この男達を、どうしてやりたい?」



 誠司の問いに、カルデネは息を大きく吐いた後、誠司の方を真っ直ぐと向く。その瞳は、赤く変色していた。


「——全員、殺したい! 私の様な思いをする者が二度と出ないように! 二度と不幸な者を出さないように!」


 涙をこぼしながら、カルデネは言い切った。


 誠司は知っている。魔族は怒りに身を任せると、その瞳が赤く染まることを。カルデネの決意を聞き、誠司は立ち上がる。


「分かった。だが、こんな者達の為に君の手を汚す必要はない。私がやる。なあ、ノクス。お願いだ、見ないでくれ。見逃してくれ」


 ノクスは返事をする代わりに、息を吐き静かに目を閉じる。それをちらりと見やった誠司は、ゆっくりと歩き出す。


 そして二人の方を見ずに、粛々と、眠りについてる男達の首を——命を掻き切っていく。

 カルデネの、攫われた者達の、そして『売れ残り』となった娘達の無念を胸に抱きながら、一人、また一人と丁寧にその命を掻き切っていく。


 カルデネは心に刻み込む様に、その赤く染まった双眸そうぼうで、その儀式をただただ見続けていた——。





 程なくして、儀式は終わった。ただ一人を除いて。


 腱を切られのたうち回っていた男は、いよいよ自分の番かと恐怖で震えていた。誠司はその男の髪を掴み、起き上がらせた。


「なあ、お前さん。喜べ。お前さんは楽には死なせんよ。色々吐いて貰わなきゃいけない事もあるからな」


 男の顔が絶望に染まる。誠司は振り返らずに、カルデネに声をかける。


「——なあ、カルデネ君。この男には、死んだ方がマシだったと思わせる事を約束する。だから少しだけ、この男の命に猶予を与える事を許して欲しい」


「はい……お任せします。ありがとうございました」


 カルデネは誠司の背中に頭を下げ、ノクスの元へと這いずっていく。カルデネはノクスの鎧につけられた胸の紋章を確認し、ノクスに平伏ひれふす。


「ノクス様……で宜しいでしょうか。騎士の方とお見受け致します。あの方がした事は、全て私のした事と同義です。この場で起こった事は、全て私の罪です。ですので、あの方をとがめる事の無き様、どうか、お願い申し上げます」


 相手がなんであれ、これだけの数の者が死んだのだ。法の裁きを待たずに、カルデネの私怨によって。それも王国の騎士の前でやったのだから、言い逃れも出来まい。


 私の代わりに手を下してくださったあの方のために、今の私に出来る事はこれぐらいしかない——カルデネはノクスに嘆願し、顔を上げる。


 そんなカルデネの言葉を聞き、ノクスはゆっくりと目を開いた。そして、カルデネの瞳を真っ直ぐ見つめる。その彼女の双眸からは、赤みは消えていた。


「俺は何も見てねえよ。目を瞑って、そんで目を開けたら悪いヤツが死んでた、ただそれだけだ。一体、何が起こったんだろうな」


 予想外の言葉に唖然とするカルデネを他所よそに、ノクスは誠司に声を掛ける。


「おい、セイジ。そろそろ兵士達を呼ぶぞ。下の娘さん達も、気が気じゃないだろうしな」


「ああ、いいぞ。尋問は城で行うとするか」


 誠司は髪を離し、男を解放する。いまや男は、誠司のスキル関係なしに魂の抜け殻みたいな様相を呈していた。


 カルデネは指を組み、誠司に祈りを捧げた。もう諦めていた私の人生を救って下さった方。叶うなら、いつかその恩義に報いる事が出来ますように——カルデネの人生に、新たな目標が出来たのだった。






 と、その時だった。誠司が突然、膝をつく。


 その身体は震え、腕を抱え込み、落ちた刀のカランという音が部屋に響く。そのただならぬ様子に、ノクスとカルデネは驚く。


「どうした、セイジ!」


 ノクスが叫ぶ。


 もしかしたら、あの男に何かされたのか——ノクスとカルデネは、お互い足が不自由ながらも、急いで誠司に向かう。誠司の瞳は小刻みに震えており、恐怖で瞳孔が開いていた。


「おい、どうした、おい!」


 ノクスが再び声を掛ける。恐怖に怯えたその誠司の瞳は、部屋の外を見つめた。


 ノクスは記憶を呼び起こす。付き合いは古いが、こんなに狼狽する誠司は見たことがない。


「馬鹿な……有り得ない……有り得ないんだ……」


 ノクスの呼び掛けに対し、要領の得ない言葉をうわ言の様に繰り返す誠司。やがて誠司は膝を震わせながら立ち上がり、刀を拾う。




 この屋敷の外——街の外の草原に、その『魂』は突然現れた。




 誠司はノクスに、まだ震える声で告げる。


「……あれは間違いない。あの『魂』は見間違えるはずがない。滅ぼしたはずなのに……どうして……」


 その会話の端々から、ノクスは一つの考えに思い当たる。だが、決してそんな事はあってはならないのだ。もしその予想があっているとしたら——そう考えただけで総毛立つ。


「セイジ、まさか……」


 ノクスは言いかけ、言葉を飲み込む。これ以上は口にするのをはばかれる。だが、少しずつ落ち着きを取り戻してきた誠司は、無情にも告げる。



「ノクス。どういう訳か分からんが……間違いない。あいつの『魂』が突然、街の外に現れた……『厄災』ルネディだ」




 ——そう、『厄災』はいつだって、突然やってくる。






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