そして私は街を駆ける 16 —儀式①—


 



 誠司は背後に魂の動きを感じ、慌てて振り返る。


 おかしい。魔法により全員眠らされているはずなのに——。


 だが、果たしてそこには——床に倒れ眠っているノクスに向かって、剣を振り上げている一人の男の姿があった。


「ノクス!」


 誠司は声を上げ、投げクナイを取り出す。


 いや、駄目だ、間に合わない——ノクスに向かい、振り下ろされる剣。その時だった。


 眠っていると思われたノクスは転がり、すんでのところで剣を避け、相手の足に短剣を突き刺した。


 悲鳴を上げる男。遅れて誠司のクナイが的確に男の肩を穿うがつ。男は剣を落とし、床にひざまずいた。誠司は急ぎ駆け寄る。


 魔法の影響を受けていないとは、一人だけ対策をしているという事は——完全に見誤っていた。恐らくだが、主犯格はこの男だ。


 倒れ込む男に対し、誠司は腕の関節を外し、脚のけんを切って身動きが取れない様にする。


「大丈夫か、ノクス!」


 ノクスはうめきながら、太ももを押さえている。だが、誠司の呼び掛けに反応し、ノクスは上半身を起こし、ニヤリと笑った。


「……はは、あらかじめ聞いといてよかったぜ」


 ノクスの太ももからは、血がドクドクと流れ出していた。その様子を見て、ノクスが何をしたのか誠司は思い当たる。


「お前、もしかして、自分で刺したのか?」


「ああ。いい眠気覚ましになったぜ」


 ノクスは額に脂汗を浮かべながらも、手甲から投げナイフを取り出し、クルリと手のひらで回した。


 ノクスは持ち前の精神力と、自傷の痛みにより『深き眠りに誘う魔法』を耐え切ったのだ。


「……しかし、準備がいいな。投げナイフなんてお前さん、普段使わないだろうに」


「対リナちゃん用の秘密兵器だ。内緒にしとけよ」



 そう、ノクスは莉奈との模擬戦で、自分の遠距離の攻撃手段のとぼしさを痛感していた。


 なので、実戦では気休め程度にしかならないかもしれないが、常に投げナイフを携帯し、時間がある時は密かに投擲とうてきの練習をしていたのだ。


 まさか、こんな使い方をする事になろうとは思ってもいなかったが。



「……出血がひどいな。えぐりすぎだ、馬鹿」


「俺に何かあったら、妻と娘に『愛してる』と伝えてくれ」


「冗談だろ?」


「冗談だ。勝手に死んだら殺されちまう」


 ノクスは軽口を叩くが、痛みをこらえているのが伝わってくる。


 誠司が止血のための布を探そうとした時だった。背後からゴロ、ゴロと何かを引きずる音が聞こえてくる。


 誠司が振り向くと、幕の裏にいた女性が、こちらに足を引き摺りながら向かって来る姿があった。その足にめられたかせには、鉄球が繋げられている。



 やがて誠司達の元へ辿り着いた女性は誠司に向かい、おずおずと何かを差し出した。


「……あの、これ」


 枕だ。


 そういえば、クナイを投げる時に、床に投げ捨てたのを誠司は思い出した。何か大事な物だとでも思ったのだろうか。いや、ある意味借り物なので大事な物ではあるのだが。


「ああ、これは……いや、ありがとう」


 誠司は女性から枕を受け取り、枕のカバーを切り裂く。そして、その布をノクスの足にきつく巻きつけ止血した。


「よし、ノクス。この枕は君のために使った。レティさんには君から謝っておくんだぞ」


「はあ!? ちょっと待て。俺が言ったらアナにも怒られちまうだろうが」


 大の大人二人が不毛な責任のなすりつけ合いをしている中、その様子を見ていた女性が口を開いた。


「あの……私『傷を癒やす魔法』は使えませんが『痛みを和らげる魔法』なら使えます……」


 誠司は先程の男の呼び声を思い出す。幕の向こうへと叫ばれた名前、確かカルデネと言ったか。


「君の名前は、確かカルデネ君だったかな」


「……はい」


「すまない、お願い出来るかね」


 誠司の返事を聞いたカルデネは、早速魔法の詠唱を始める。


「——『痛みを和らげる魔法』」


 魔法の効果が発現すると、みるみるとノクスの顔が穏やかになっていった。


「おお! 痛くない、痛みが引いていったぞ!」


「……傷はふさがってないので、動かさないで下さいね」


 魔法を唱え終わったカルデネは、ふうと息を吐き、目を伏せた。誠司は枕をノクスに押し付け、カルデネの方を向き、質問をする。


「ありがとう。それで質問なんだが、君が『深き眠りに誘う魔法』を唱えた、という認識でいいのかな」


「……はい、私が唱えました」


 カルデネは肩を小刻みに震わせ、誠司の問いに答える。怯えているのだろう。誠司は優しい口調で話しかける。


「だいたいの事情は察しがつくが……君は何でこんな事になっているのか、よければ聞かせてくれないか」


 カルデネは少し押し黙っていたが、やがて目を伏せたまま、身上を語り始めた。


「……私は、見ての通りの魔族です。エルフと間違われてさらわれた私は、買い手がつかず『売れ残り』となってしまいました」


 カルデネはその痩せ細った今でさえ、その顔立ちからは器量の良さがうかがえ、さらにその身体は扇状的な肉付きをしているのが見てとれる。


 そんな彼女が何故『売れ残り』になってしまったのか——簡単だ、魔族は飼いならせない。


 その高い魔力による、将来的な反逆の可能性。そして、もし魔族を飼っている事が知られた場合、その報復として『東の魔女』などの魔人クラスの者達が動き出すかも知れない。


 この人身売買グループが西の方に来たのも、カルデネを抱えている事が少なからず影響しているのだろう。


 その為、エルフや人間を扱っている人身売買の商品としては、魔族は不適切なのである。


 ただ、本来ならすぐに殺される所を、男達の情欲を満たすために生かされ続けたのはカルデネにとって幸運だったのか、不幸だったのか。カルデネの話は続く。


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