そして私は街を駆ける 15 —『深き眠りに誘う魔法』—





 誠司達は女性達を部屋に待機させ、階上へと向かう。侵入者の気配に気づいたのか、相手は三階に集まって迎え撃つ動きを見せている。


 逃げる気配がないのは、誠司にとって僥倖ぎょうこうであった。全員、殺せる。誠司は、ずっと抱えていた枕をノクスに投げ渡した。


「おい、セイジ。なんだこりゃ?」


「ああ。敵はどうやら『深き眠りにいざなう魔法』を使えるらしい。枕だ。存分に使え」


「はあ?……って、本当に枕だ」


 ノクスは投げ渡された物が枕だと確認し、気の抜けた声を上げる。てっきり、何かを包んだ袋だと思っていたのだが。


「それはレティさんの宿の枕だ。何かあったら怒られるぞ」


「馬鹿野郎、俺は大剣使いだ。両手がふさがるっつうの」


 そう言ってノクスは枕を誠司に投げ返す。


「にしても『妖精の宿木やどりぎ』か。偶然だな。ウチの娘には会ったか?」


「は? アナちゃんか?」


「ああ。あそこで看板娘やってるんだぜ」


 二階には誰もいない。誠司達は三階への階段を駆け上がる。そして、その階上には大斧を持った屈強な男が、誠司達の行手を阻んでいた。


「てめえら、止まれ!」


「そうか。今、いくつになった?」


 誠司は男の事は意に介さず、ノクスに語り続ける。


 男は大斧を勢いよく薙ぎ払った。誠司はそれを軽く飛び避け、前方に駆け抜ける。刀を鞘に収める音が遅れて聞こえてきた。


「今年で二十二だ。あ、本人は年齢気にしてるから言わないでやってくれ」


 ノクスは男を蹴り飛ばし、道を開ける。呆気なく倒れゆく男の胴体から、頭が転がり落ちていった。誠司達は駆ける——。



 そして、三階の広間部分。そこには二十名弱の男達が各々の武器を持ち、侵入者の到着を待ち構えていた。


 誠司達の姿を確認すると、逃がさない様にと誠司達を取り囲む様に動き出す。リーダー格っぽい男がニヤニヤしながら口を開いた。


「んだよ、たった二人だけか? おい、お前ら絶対に逃がすなよ」


 誠司はその言葉を無視し、用件を伝える。


「なあ、死ぬ前に教えてくれ。商品の引き渡し場所を」


「はあ? 今から死ぬ人間に教えてどうする。言う訳ねえだろ」


「そうか」


 誠司は刀を抜き、構える。


 眠りの魔法を使う者の位置は分かっている。部屋の奥、幕で仕切られている所の裏側だ。今は嬉々として詠唱の準備をしている所だろう。


 なので、いつ『深き眠りに誘う魔法』が飛んでくるか分からないこの状況では、魔法使い狙いにしろ、目の前の男達相手にしろ、悠長にしている時間はない。


 ——誠司の、相手の魂を屈服させるスキルは、自分の方が格上だと示さなければならないのだから。


 本来なら、魔法使いを真っ先に殺すのがいい。それが一番簡単だ。


 ただ問題は、恐らく主犯格であろうその魔法使いしか引き渡し場所を知らない場合だ。


 相手が自分より弱ければいい。


 だが、もし相手がエリスに匹敵する、魔族を超越した『魔人』クラスだったら——その様に誠司が逡巡しゅんじゅんしている時だった。ノクスが誠司に耳打ちする。


「セイジ、通信が入った。西の門にて、人質の保護に成功」


 その言葉を合図に、誠司は殺気を解き放つ。男達が恐怖で一瞬固まる。エルフ達にやってしまったアレだ。


 誠司は部屋の奥に向かい、駆け始める。考えるのはやめだ。ただ、殺戮さつりくすればいい。


 正気に戻った男達が誠司の行手を阻むが、ほんのわずかな足止めにしかならなかった。



 そして後方では、ノクスも男達の群れに飛び込む。


「フンッ!」


 さやごと力任せにぎ払われたその大剣は、その一振りで五人を戦闘不能にさせる。


 ノクスは気付かない。気付いていたとしても全く意に介さなかっただろう。その五人の内の二人は、ザランに匹敵する程の力の持ち主であったのだ。


 だがノクスの大剣の一振りの前では、皆、等しく平等である——。




「カルデネ、そっちにいったぞ!」


 この状況に焦った男の声が、部屋の奥に向かって叫ばれる。その時だった。部屋の奥からピンク色の霧が広がってきたのは。


(思ったより早いな……やはり巻き込むか)


 魔法使いの思惑は、この部屋の者全員を眠らせることだろう。そして、皆眠った後で、ゆっくり誠司達を殺せばいい。


 ただ——


(——予測済みだ)


 誠司はピンク色の霧に向かい駆けて行く。そして、いよいよその霧と接しようとするその瞬間、誠司は霧に勢いをつけて飛び込んだ。


(——ライラ、すまない、起きてくれ)


 誠司の身体が光に包まれる。そして、一瞬の後、そこには白いローブを身にまとった少女が顕現けんげんした。



 少女はいつもの様に自分の身を守る祈りを——



「ふにゃ?」



 ——魔法の影響内で目を覚ました少女は、飛び込んだ勢いそのままに投げ出されながら、すぐに深き眠りに誘われてしまった。


 ライラの身体が光に包まれる。ピンク色の霧を抜けた所で、誠司はこちらに戻ってきた。


 誠司は姿勢を低くし駆け抜け、部屋の幕を切り裂きその裏側へと出る。そして、その裏側にいる人物に刀を——。



「え?」



 誠司の振り下ろす刀が止まる。


 そこには、痩せ細ってうつろな目をした、先程の部屋の者を連想させる魔族の女性が、怯えて座り込んでいたのだった。


 思わず固まってしまった誠司に、女性は「……あ……あ」と、背後を指差した——。




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