そして私は街を駆ける 12 —反撃—




 バッグから出て来たヘザーは莉奈からバッグを外し、自身が出てきたバッグの中に手を突っ込む。その中から別の声が聞こえてきた。


「わ! これ、どうなってるんですか!?」


 ——レザリアの声だ。


 莉奈は今のこの状況を理解出来ている訳ではないが、突然の援軍に安堵あんどし涙を浮かべる。


「——おい、何だてめえは!」


 突然現れた人物に驚き、男の一人がヘザーに腕を伸ばす。


 ヘザーは男を一瞥いちべつすると、バッグの中に突っ込んでいる手はそのままに、空いている方の手で相手の腕をつかんで——


「えっ」


 ——力任せに壁につける。


 鈍い音と共に、男は壁に打ち付けられた。そのひしゃげ方から、何本か骨が折れてしまっているのは間違いないだろう。


 そしてヘザーは、バッグからレザリアを引き上げた。


「——リナ! 遅くなりました、約束通り——」


 そこまで言いかけたレザリアは、莉奈の姿を見て固まる。苦しそうに座っている莉奈。顔には殴られたあとがあり、口から胃液を垂らしている。


 レザリアは、頭の中が瞬時にして熱くなるのを感じ、周りの人物達を睨んだ。


「おい、お前たち。私の友人に何をした?」


 レザリアはゆっくり立ち上がり、細剣を抜き歩き始める。そのただならぬ雰囲気に、男達は一歩引いてしまう。


「答えろ。私のリナに何をした!?」


 レザリアは吠える。莉奈は「ん?」と何か引っかかったが、まあ、気にしない事にする。


「威勢がいいねえ、お嬢ちゃん。ただねえ、止まった方がいいと思うなあ」


 ザランの言葉で、その腕の中に捕らえられている同胞の姿に気づき、レザリアは歩みを止めその名を呼ぶ。


「……ニーゼ」


「ほおん、ニーゼちゃんっていうんだあ。大変だねえ、君のせいで集落の場所がばれて、今も皆んなの足枷あしかせになっている」


 クックッと笑うザランの言葉に、ニーゼの瞳が絶望の色に染まった。


 先程の無表情から一転、ザランは相手をあざけり笑う——そう、彼は相手を見て表情という名の仮面を被る。その相手にとって、もっとも効果的であろう仮面を。


 だがそんなザランの思惑とは裏腹に、その様子を冷ややかな視線で見つめていたレザリアは再び歩き始める。


「おい」


 ザランは、ニーゼの三本目の指を折った。


「――――ァァッ――!!」


 パキィという音と共に、ニーゼの押し殺す叫び声が漏れる。だが、レザリアの歩みは止まらない。


「……おい、ずいぶんと薄情だな」


 ザランの声を無視し、レザリアはニーゼに語りかけた。


「聞きなさい、ニーゼ。今、我々の為に……我々の同胞を救う為に、セイジ様が動いています」


 レザリアの言葉を聞き、ニーゼの瞳が輝く。


「しかもセイジ様は、全員生還を目標に掲げておられました。だから、ニーゼ。その為なら我等誇り高きエルフ族、指の十本や二十本、命の一つや二つくらい、惜しくはないでしょう?」


 レザリアの言葉に、ニーゼは大きく頷いた。


 こいつらは何を言ってるんだ? と、ザランは困惑する。莉奈も頭の中は疑問符で一杯だが、いい加減慣れてきた。まあ、エルフという種族はこういうものだろうと思うことにする。


 止まらないレザリアに焦りを覚え、ザランは躊躇ちゅうちょせずニーゼの四本目の指を折るが、ニーゼは息を荒くしながらも、その口元は笑みをたたえていた。


 ——駄目だ、こいつに人質は通用しない。


 そう、判断したザランは、舌打ちと共にニーゼを横に突き飛ばし、曲刀を構えレザリアに相対した。


 その好機を、莉奈は見逃さなかった。莉奈は全速力で飛び、突き飛ばされたニーゼを拾い上げ、門の上へと避難する。


 そして、レザリアに指で輪っかを作って『大丈夫』のサインを送る。その合図を見たレザリアは、ザランに切り掛かっていった——。






「大丈夫? 痛かったよね、つらかったよね……」


 莉奈はニーゼを抱きしめ、頭を撫でた。ニーゼは張り詰めていたものが解けたのか、莉奈の胸に顔を埋めスンスンと泣いている。


 そのか細い背中をさすりながら、莉奈は戦況を見下ろす。


 やはり、ザランという男は強い。レザリアと互角か、それ以上に打ち合っている。


 そしてヘザーは——ああ、見るまでもないか。莉奈は、男達に憐憫れんびんの眼差しを送った。







「あなた達、見た所、骨を折るのが好きみたいですね」


 ヘザーは衛兵を捕まえ、力任せに腕の骨を折る。衛兵は叫び声を上げ、その場に転がった。


 ヘザーは、逃げられない様に衛兵の足を踏み付け、折る。再び上がる悲鳴。


「どうしました? まだ折られ足りませんか?」


「……クソ、化け物め。骨を折ったのはザランだけだ!」


 ——先程壁に打ち付けられた男は意識を失くしている。そして、骨を折られた衛兵は地面に転がっている。残っているのは後二人だ。


 その二人に向かい、ヘザーは歩き出す。


「くそったれ!」


 そう吐き捨て、御者の男がきびすを返し馬車に走って行った。


 その様子を上から見ていた莉奈は、男が何をしようとしているのか察し、ヘザーに叫ぶ。


「ヘザー! まだ馬車の中に人質がいる!」


「——そうですか」


 莉奈の叫びを聞いたヘザーは後を追おうとするが、目の前に男が立ち塞がった。


「いかせねえよ!」


 男はナイフを構え、ヘザーを牽制けんせいする。


 だが、ヘザーはお構いなしに男に向かっていった。そして、紙一重で突き出されたナイフをかわし——


「ちょ、えっ」


 ——ヘザーは男の首をつかみ、勢いよく御者の男に向かってた。


「へ?」


 御者の男が振り返った時には、投げられた男の顔面が間近に迫っていた。


 とてもじゃないが、避けられるハズもなく——グシャッという音を立てて、男二人は地面を転がった。その男達にヘザーは静々しずしずと近づいてゆく。


「……なんだよ、てめえは」


 息も絶え絶えな男の質問に、ヘザーは「ああ」と答える。


「——そう言えば自己紹介がまだでしたね。私の事は、ヘザーと呼んで頂ければ」


 そう言って、ヘザーは二人の男の足を、パキッ、ゴリッと折った。




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